▼ 第十二話『死神と日向ぼっこ2』
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「おや、お姫様はお休み中?」
ひなたが心地よい寝息を立て始めるとのんびりとした声が掛かる。
いつも根無し草のように、ふらふらとしている雰囲気の男は、ひなたが丸くなって眠っている直ぐ傍まで歩み寄って、腰を折る。
「無防備な顔して寝ちゃって、可愛いね」
ふふっと風の囁きのような笑いを溢して、ひなたの顔を覗き込んだあと、誰の了承を得ることもなくその傍へと腰を下ろした。
隠すこともなく怪訝な顔をしているミカミに、彼はにっこりと微笑んだ。
「この気配は放置しておいた方が良いのかな?」
ふっと宙を掴むように手を泳がせてそう口にした男に、ミカミは一つ溜息を溢して頷いた。
「ええ、狩らないで置いてもらえると助かります。シイナさん」
「シイナせんせ。ね?」
にこにことシイナに訂正されて、ミカミは呆れたように息を吐くと「シイナ先生」といい直した。
あっさりと口にしたミカミに、シイナはゆーるりと口角を引き上げて、僅かに嘲笑を含んだ笑みを浮かべる。
「一級神様に“先生”だって、ふふ、きーぶんいぃ」
「それならもう少し愉快そうにいったらどうです」
「―― ……別にぃ、気分は良いけど愉快ではない。というか、どうでも良い」
片方の足は投げ出して、もう片方の膝を抱え込みその上に顎を載せたシイナはそういって、喉の奥で欠伸を噛み殺し「それにしても」と、話を続けた。
「助かる……か。暁さんがそれを望むから? 大事なんだね、この子が……変なの。何でまた一級神ともあろうものが人間なんかを? 気まぐれってわけでもなさそうだし」
遊び道具程度にしか思わない上級神もいるのにね。と、加えたシイナにミカミは眉を寄せた。自分をそんな輩と並べてもらっては困る。生命に対する冒涜であり嫌悪の対象とすべきだ。
「別にシイナ先生にお話しするようなことないと思いますけど?」
「えー、つれないなー。俺も、ひなちゃんには惹かれてたクチなんだよ? 前から目をつけていたのに、ひょこり出てきた一級神様に横取りされてさ。面白くないったらないよ」
大仰に肩を竦め唇を尖らせて、子どものように愚痴るシイナに、ミカミは怪訝そうな表情が戻ることなく「貴方が?」と眉を寄せる。
「もちろん。神族だろうと、魔族だろうと興味持つよね、こんな子。だって有り得ない。幸運が枯渇している状態なのに魂が翳らない。それに、この土地神のいない地と共鳴してる」
にやりと口角を引き上げたシイナにミカミは肩を竦めて何のことやらととぼけた。
「うわ。知らぬ存ぜぬってやつですか?」
「ところで、シイナ先生。リストには上がっているんですか?」
「あのね、何の前フリもなく話題を百八十度変えるのよそうよ」
盛大に溜息を吐いて愚痴たシイナに、ミカミは「それで、どうなんです?」と重ねた。引く気はないようだ。シイナはもう一度深く溜息を吐いて頭を振る。
「ミカミ様は良い性格していらっしゃるようで。あのさ、俺たちのリストが漏洩厳禁なの知ってて聞いてます、よね。もちろん」
「ああ、そうでしたね」
「悪いけど、幾ら俺でも漏らせない」
ゆっくりと首を横に振りながらそういったシイナから、ミカミは一目も外さず「なるほど」と頷いて微笑んだ。
―― ……刹那訪れた沈黙
背にした木の枝で羽を休めていた鳥が、逃げるように飛び立っていく。
特にミカミが何か口にしたわけではないし、行動に起こしたわけではない。それでも、シイナの額はじわりと汗ばむ。息苦しさすら感じるこの一角のみでの静寂
「……一応、載ってません」
結局それに堪えかねたシイナが折れた。
にっこりと満足そうに微笑んだミカミに対し、シイナは膝を抱えてその間に頭を沈めた。
「俺は悪くない。絶対悪くない。大体、一級神に逆らえるわけないし? ……それに相手は神秘部だしこういうのきっと専門分野だよ。そうに違いない、きっとそうだ、だから俺が勝てるわけないよ、我慢できるわけないじゃん……ああ、一級神に脅される俺。超可哀想過ぎる……」
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