▼ 第十一話『染み付いた自己防衛2』
「ひなたさん」
「な、何よ」
警戒心剥き出しの私にミカミは優しく微笑む。
「取り合えず、我慢しなくても良いと思いますよ? 痛みを知る者は、大抵痛みを与えることに鈍感になるものです。でも、ひなたさんは怖いんですよね。だから、解決策を講じようとするのも悪くないと思いますし、それもひなたさんの良いところだと思いますけど……」
我慢しなくて良いんです。と、重ねられぽんっと肩を叩かれた。
それが凄く痛くて……凄く、痛かったから……
―― ……ぽろっ
涙が零れた。
それでも尚、ひっう……と声を殺す私にミカミは、ふわりと微笑んで腕を伸ばすと私をすっぽりと包み込むように抱き締めてくれた。
「今、ひなたさんだって傷ついているんです」
耳元でそっとつむがれる言葉に疑問符が浮かぶ。
―― ……私が、傷ついている?
もう私は自分の感情には鈍感になっていた。そうしないと今までの私は折れてしまいそうだったし、真っ直ぐ立つことだって出来なかった。
不運少女の汚名は伊達じゃない。
だから誰かが傷つくのも傷つけられるのも、嫌だ。
どれ程痛いかよく分かるから……。
だから正面切って自分の感情を突きつけられると、どうして良いか分からなくなる。
私は何も知ろうとせず語ろうとしていた。
祐真くんに生きることを押し付けようとしていた。
そのことが彼にとってこの先どれ程の重さを持っているのか私は考えもしなかった。
自分が運が悪いから、ついていないと溢す人の気持ちは判ったつもりでいたんだ。
だから、私は祐真くんの傷に気がつかなかったし、取り乱す彼を沈めてあげることが出来なかった。
私は何もしなかった。
ぎゅっとミカミの背に回した腕に力を込める。同じだけの力で抱き返され安堵する。私は甘え方が分からない。ずっといっぱい我慢してきた。奥歯を噛んで耐えてきた。そうしないと、これまでの私は簡単に折れていたから……。
でも、こうしてミカミに優しくされるのは心地良いし、甘えても良いと、甘やかされているんだと思う。
***
「―― ……ミカミ」
「はい?」
どのくらいそうしていただろう。散々泣いたからちょっと疲れたし、それに何というか、改めて我に返ってみるとこの状況はちょっと……
「あの、さ。もう、大丈夫なんだけど、その、ちょっと恥ずかしいんだけど、どうやって離れよう?」
ごにょごにょとミカミの胸に額を押し付けて溢した私に、ミカミが肩を揺らしたのが分かった。
む、五月蝿いな。
「それでは、僕がこのままひなたさんを押し倒すので熱烈なラブシーンでも」
「するかっ!」
どんっとミカミを突き飛ばして抗議する。
ミカミは簡単に離れると、ニコニコと両手を肩の高さで振って「冗談ですよ」と口にする。
何となくバツが悪くて「えー、ごほん」とわざとらしい咳払いをして私は立ち上がった。
「とりあえず、反省はした。無しにすることも出来ないし」
「出来ますよ」
ぶつぶつと呟いた台詞に、あっさりと返事が返ってきて「は?」と聞き返していた。ミカミはなんでもないことのように出来ますと重ねる。
「時を戻すことが出来ます」
「じゃあ、それで解決じゃん」
おお! と手を打った私にミカミはうーんと唸る。祐真くんが図書館から落下する前に戻れば良いんだからそれで全部まるっと納まるじゃない?
「いくつかリスクが伴います。一つはこれが禁止されている行為であること。そしてもう一つ、小鳥遊さんはその必然から逃れられないということ」
この二つです。顔の横で一本ずつ指を立てながら話を進める。
「まず禁止行為であることは、ひなたさんが望むなら構いません。ですが、もう一つが問題です。必然……そうですね、分かりやすくいうなら運命とか宿命とかそういうものであるということです。必然の事項は偶発的なことによって現実のものとなることが多いです」
「じゃあ、図書館から落ちたのは偶発的なことだとしても、光を失うということは必然だったということ? そして、逃れられないってことは遅かれ早かれ再び偶発的な出来事によってもたらされるってわけね」
理解が早くて助かります。と、ミカミが頷いたところで私は溜息を吐いた。ようするに、結果的に問題は変わらないから今まで保留にしていたわけかと納得する。
「それじゃ、その方法は却下。それに、私のためか、せいか分からないから、やっちゃいけないことをわざわざやるようなことはしないで」
付け加えた私に、ミカミは何かに気がついたように「ああ」と一人で頷いて「すみません」と詫びた。分かってるのかな? 本当に? 私は呆れたように肩を竦めた。
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