▼ 第十一話『染み付いた自己防衛1』
家に戻ると、どっと疲労感に襲われた。
重いおもーい深いふかーい、溜息を吐いて足元に纏わりついてくるタマの相手もそこそこに階段を登る。途中「今日の食事当番交代」と呟くとミカミはあっさり「良いですよ」と頷いてくれた。
「私、鯖の味噌煮と、揚げ出し豆腐が食べたい」
急な要望にも、はいはいと二つ返事で頷いてくれる。
因みに料理も私よりミカミの方が上手い。部屋の扉を開けると確実にミカミもついて入ってきそうだったので
「一人になりたいんだけど」
という要望も出したがこれはあっさり却下された。
「考え事の邪魔はしませんから、一緒にいさせてください」
と微笑まれては私も、ノーとはいい辛い。
勝手にすればと強気に出るのがやっとだった。正直、私には反省点ばかりだ。結局持ち帰ってきた手土産も乱暴にベッドの上へと放った。
中身は何を隠そうスケッチブックだ。我ながら情けない。
ああ、もう! と勢いに任せてベッドにダイブ。
ベッドの隅も軋む音がしたのでミカミも腰掛けたのだろう。私は顔も上げずに枕を鷲掴んで頭の上に抱え込み唸った。
「ゼロではない可能性に賭けることは悪くないと思います。息子さんが、もし何か変わってしまったとしても、貴方は何も変わらないでしょう?」
消沈してしまっていたおばさんにミカミが掛けた言葉が頭に残った。
ゼロではないとミカミはいったが、限りなくゼロに近いということは良く分かっていた。でも、おばさんは「ええ、もちろん」と微笑んで何かが吹っ切れたようだった。
おばさんは本気でこのままで良いなんて微塵も思ってはいない、生きて欲しいんだ。でも、光を失って苦しむ祐真くんを見るのも辛いし支えていく自信もまだなくて。
きっと怖かったんだ。
そして、おばさんは決意を固めた。
だとしたら、私は……私は、どうしてあげられるんだろう?
それに全く予想していなかったとはいえ自分の意思で身体に戻らない祐真くんに、腹立たしさすら感じてしまった自分が情けない。
「ミカミー、死んじゃうとどうなるの?」
布団に遮られくぐもった声で訪ねた私にミカミは真面目に返事をくれる。
「無に還るだけです」
しかし、その返答に不服を申し立てるため、私は後頭部に抱えていた枕をぽいっと放って体を起こした。
「無って何よ。無って」
「そのままの意味ですよ。リセットされて再利用」
髪乱れちゃってますよ。と笑いながら私の髪を手櫛で整えてくれる。私はされるままになりながら両膝を抱え込んで益々眉間の皺を濃くした。
「リセットってことは生まれ変わるってこと、よね」
でも、それは祐真くんが救われるって事じゃないと思う。ていうか救うって何よ、私何様? ミカミは神様だけど私はタダの人だ。
何か凄いことが出来るわけじゃないし、現に私は祐真くんを気遣うことすら出来なかった。
祐真くんは、ついていないとそれが辛いと最初から私にいっていたのに。
髪を整えてくれていたミカミの手が、今度はよしよしと私の頭を撫でる。ずんずんと頭が沈んでいく気がする。うーっと唸り声しか上げられない私にミカミはいつもの仕方ないな、というような笑みを溢しているのだろう。
「ひなたさんって傷つけられることには慣れているのに、誰かを傷つけてしまうことには全く不慣れなんですね」
ぎっとベッドが軋んだので、それ以上寄るなといいたくて顔をあげると遅かった。既にミカミの顔が目の前にあって、ひっと声を殺した私の額に軽くキスをする。
「ちょちょちょちょーっと! 何すんのよ!」
ばばばっと慌てて額を押さえてミカミから距離を取った私にミカミはころころと楽しそうに笑う。
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