神様と私の幽霊奇談(神様と私シリーズ)
▼ 第九話『気鬱な幽霊』


 ずっと曇っていた空が晴れて、月明かりがはっきりと私たちの影を映し出す。街灯の明かりもあるから放射線状に伸びた影が手をつないだせいで全部繋がって見えた。

「ねぇ、どこら辺で先生が怪しいと思ったの? それに、祐真くんは?」
「え……ああ、くじに細工したところです。小鳥遊さんはここです」

 暫らくお互い何もいわなかったが、痺れを切らした私が口火を切った。
 やっぱりあのくじ引きは仕組まれてたのか。

 僕だってひなたさんと組みたかったのに……と、ぼやきながらミカミは胸ポケットから小さな箱を取り出した。見覚えがある。

「それって、カネシロが入ってるやつじゃないの?」

 細かな細工まで酷似しているように思えた。
 しかし、ミカミは違いますよ、と微笑んで親指と薬指で箱を支え人差し指で器用にあっさり箱を開ける。ぽんっという小さな音と共に祐真くんが咳き込んで出てきた。

「急に何するんですか! ミカミ先輩」
「少し時間を稼いであげただけですよ」

 ミカミの台詞に祐真くんは一瞬目をぱちくりとしたが、その後直ぐに眉間に深くしわを刻んだ。

「貴方、何者なんですか? ボクにこんなことをしたり! それに」
「祐真くん!」

 祐真くんの疑問も尤もだし少し遅すぎるくらいだと思うけど、ここでミカミが素直に「神様です」なんて答えようものならもっと話が長くなる。
 私はミカミの手を解くとオーバーリアクションで二人の間に割って入った。続ける会話も考えていなかったので、あーとか、いーと、いいながら両腕をばたばたさせてしまう。

 私、何をやっているんだろう。

「暁先輩はミカミ先輩の味方なんですね!」

 ぶーっと両頬を膨らませて可愛らしく不貞腐れている。
 別にミカミの味方というわけでもないが、祐真くんの味方でもない。

「そういうわけじゃないけどね? 今回は一応、ミカミは貴方を助けたわけだから、お礼はいった方が良いよ。貴方は今幽体で体がないんだから、死神とかに見つかっちゃうと消されちゃうかもしれないんだよ? そうしたら、もうどれだけ生きたいと思っても生きられないし、おばさんだって悲しむよ」
「死神、居たんですか?」

 祐真くんの突っ込みに私は答え損ねる。
 だって高等部の保健医が死神ですよーなんて、もし、祐真くんがいつもの生活に戻った時の無駄知識でしかないだろう。私は口の中でもごもごとそうじゃないけど……と次の言葉を捜した。

「貴方のような定まらない者を狙うのは、何も彼らだけではありませんよ。貴方の肉体は今一応生を保っています。それを失ったものが欲しがらないわけはない。夜の闇は心の闇に力を与え欲するものへと手を伸ばす……紛れるには良いですがそれ以外には適しているとは思えません。貴方も決めかねているのならば闇は避けた方が良い」
「ミカミ?」

 ミカミの様子が何かおかしい。
 私の第六感的な部分が警笛を鳴らす。不安になってミカミの腕を引いても、ミカミはちらと私を見て、刹那瞳を伏せ、話を纏めた。

「そういうことです。僕はひなたさんの味方ですし、彼女が望むから貴方を保護しました。ですが、そうでなければ手を出したりしません」
「ボクは夜の闇に食われてしまえと?」
「貴方の自由です」
「ミカミっ!」

 神様は優しくないし慈悲深くもない。
 分かってる。

 でも、今迷っている祐真くんにミカミの言葉はきっと厳しすぎる。思わず私はミカミの腕をぐっと掴んで声を張り上げていた。ミカミは、私の気持ちが分からないわけじゃない。理解できるかどうかは別として、分からないわけではないから、また始まったといわんばかりに大息を吐き、それでも、口を閉じてくれた。
 祐真くんは少しすねたようにそっぽを向いていたが、ほんの少し辛そうに眉を寄せている。祐真くんは体に戻りたくても戻れないわけだし、ミカミの話じゃ戻れるのに戻っていないみたいに聞こえる。

 そこに私は妙な違和感を感じる。
 祐真くんは戻りたいのに、戻れないはずだ。
 でも、ミカミの雰囲気では意図的に戻ることを選んでいないようにも取れる。私の心はまたざわざわとざわめく。

「戻りたいん、だよね?」

 当然そうだと思っていた。だけど、不安と同時に、急に脳裏に浮かんだ疑問を口に出さずにはいられずに呟くと、祐真くんは体を強張らせた。

 ―― ……え? どういうこと。

「ボクは先輩の傍にも居られるし、このままで別に問題ないです」

 凄く、凄く聞き取り辛い小さな声でそう紡いだ祐真くんに私は確信した。祐真くんは、自分の意思で肉体から離れたままなんだ。
 そう気がついてしまったら、一気に頭の中が混乱した。どうして? 何故? の疑問符が浮かんでは消えを繰り返す。

「何それ、心配しなくても、もう友達じゃない? 元気に退院すれば一緒に学校へも行けるし。今のままじゃ、祐真くんの時間は止まったままなんだよ? それに私やミカミは普通に見えてるし話してるけど、お母さんとだって話出来ないでしょ? 良いわけないじゃん」
「じゃあ体があれば良いんですか? あれば生きてるってことですか? 暁先輩なら分かってくれると思った! だって、ボクはいつもついていなくて嫌なことばかりで……それに、体に戻ったからって、元の生活が保障されるんですか? 同じ毎日? まさか……あんな毎日はいらない」

 分かるよ。分かるけど、分からない。私は一度だってそんな風に考えたことない。
 ミカミの腕を掴んだままになっていた手にぎゅっと力がこもる。ミカミは、やれやれとでもいいたげだったが私の手に手を重ねて包み込んでしまうと「帰りましょう」と繋いだ。

「私まだ祐真くんと話が!」
「ひなたさん。貴方が小鳥遊さんの心配をしているのは良く分かります。ですが、貴方のことを心配している人もいるんですよ、もう夜は遅いです」

 決して強くいわれた訳ではないし、いつも通りの穏やかな声色だったにも関わらず、その言葉に反抗は出来なかった。私はミカミからも祐真くんからも視線を外して、こくんと小さく頷く。
 それを確認したミカミの足並みにそろえて私も止まってしまっていた足を進めた。

「……それに、ボクはもう……」

 背後で祐真くんが何事か呟いたがはっきりと聞き取ることが出来なかった。



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