神様と私の幽霊奇談(神様と私シリーズ)
▼ 第八話『死神の名』

 気がつけば隣りを歩く先生も、すっかり元通りだ。手ぶらだし

「先生、懐中電灯」

 ぽつりと呟くと慌てて後にしてきたホールへ走って、懐中電灯片手に戻ってきた。駄目だこいつら、神様だとか死神だとか、いっておきながら全く持ってそんな緊張感持ってない。
 はあ、と肩を落としつつスタート地点へと足を進めていると、神様二人が雑談している。いまいち内容も分からないし我関せずで居ることにした。

「それにしても時間が掛かりましたね? 略式詠唱とか出来なかったんですか?」
「無理。普通出来ないよ、俺まだ三級免許しか持ってないし? それよりも、ミカミくんなら詠唱破棄すると思ったのに、略式使うと思わなかった」
「ああ、何か詠唱ってあった方が格好良いかなと思って。折角ひなたさんも一緒だったので」

 ミカミの馬鹿な台詞に先生が、ああ、と頷く。
 でも、頷かなくて良いよ先生、そこは突っ込んどくところだから。
 かわりに私が自ら突っ込もうかとも思ったが、正直ミカミの下らない策に乗せられるところだったので自粛した。格好良いとは思わなかったが、綺麗だと思ったし少し見直した。

 でも、口にしない。絶対調子に乗る。

 それに、ミカミの人外的な部分は私にほんの少し壁を作る。
 当然のようにそこにある、神様と人との隔たりを感じずにはいられない。ミカミはその壁を容易に取っ払って来てしまったようなものだけど、私はそうはいかない。

 私は、人の中でも無力で特別な価値などないタダの凡人なのだから。
 その事実が、時折私の胸を締め付けていることを、この神様は知らない。ずっと、知らないままで居て欲しい。

 だって……それじゃあまるで、私が歩み寄りたいのを足踏みしているようだ。
 私が……ミカミを求めているみたいだ……。

 

 ***



 結局私と先生はリタイア組み。
 この程度のことでリタイアしたのは私たちペアだけだった。

 先生は、みんなが首を長くして待っているところに辿りつくと、いけしゃあしゃあと余りの恐怖心に暴走し逸れたといってのけた。そんな信じ難い話あるか! と、いいたい所だが、何故かみんな納得し私は“頑張ったで賞”を受けた。
 何もないけれど、藤堂委員長がそういい放って私たちを迎えたんだ。少し残念だけど先生の働きがあってか校内の嫌なものが明らかに減っていたので良しだ。

「そういえば彼の名前は何ですか?」

 学校からの帰り道、途中まで柊木と由良も一緒だったが二人と別れてから、ぽつとミカミが訪ねた。私は何を今更というように

「シイナ先生だよ」

 そうさらりと答えたが、あれ? 確かそうだったと思う。改めて聞かれると、妙な感じだ。みんなシイナ先生と呼んでいる。もちろん、私もそうだ。それにこれまで疑問なんて持たなかったけど。
 椎名、シイナ? 苗字だっけ名前だっけ? 自分の曖昧な記憶に首を傾げると、ミカミはくすくすと笑いを溢した。

 ああ、多分これが記憶操作なんだ。と実感した。

「で、何であんなことになってたの?」

 私は何となくバツが悪くて、一つ咳払いをしてからミカミに説明を求めた。ミカミはほんの少しだけ間をおいて話し始める。

「ここが神無台だからだと思います。神無月以外に土地神が居ないとされるのは珍しいことなんです。だから、ここはそういうものが集まりやすい」

 しみじみと話をするミカミに、そういうもの? と首を傾げれば柔らかく瞳を細めて、のんびりと続きを話してくれる。

「神になろうとするものとか、神を嫌うものとか、その類の話ですけどね。それらが溜まっていくと力場が出来て歪や穴を作ってしまうんです。今回は魂が溜まってしまっていたので死神領域だった……他には負の想念とかも溜まると力場を作ってしまうことがあります。そういうのは土地神が居れば、浄化するのも仕事の一つだったりするんですけど、ね?」
「別にミカミのせいじゃないでしょ」

 話を続けるうちに明らかに肩を落とし始めていたミカミに突っ込む。

「何でもかんでも、自分のせいだと思わないほうが良いよ。それこそオコガマシイってもんだし」

 あ、ちょっと慰めすぎたかも。
 ふとそう思って、いつもなら上がったテンションで抱き付かれそうなものだから、つい身構えたが珍しく「そうですね」と頷いただけだった。
 不思議に思って顔を覗き込むと、何だか物思いに耽っていて、私の言葉などどこ吹く風。

 妙な感じだ。
 肝試しに出掛けるまでは普通だったと思うけど。機嫌が悪い、のかな? そんな風に頭に過ぎったが直ぐに否定するように頭を振り

「ミカミ?」

 と、何となく不安になって呼びかけると、ミカミは、はたと我に返った。

 そしていつもと同じように「はい?」と返事が返ってくる。私、何かミカミの気に触ることでもしたかな? ……いや、まぁ、いつもしてなくもないけれど。
 そうやって考えると我ながらミカミが不憫に思えてくる。こういうのってミカミに対する甘えだと思うけど、ミカミがどう捕らえているのかは私には分からない。
 私が呼んだだけで特に用があるわけではないと悟ったのか、ミカミが足を止めて口を開く。

「手、繋いでも良いですか?」

 は? と、聞き返しそうになってミカミを見上げると思いの外、真面目に口にしていたので「別に良いけど」と呟くに留まる。その返事にあからさまに、ほっとしたような顔をして私の手を取ると、またのんびりと歩き始める。
 いつもなら勝手に人の手をとるし、私が振り払うのも日常茶飯事だというのに、もしかして、先生と手を繋いでいたのを気にしてたのかな? ってミカミに限ってまさかその程度……ねぇ? その答えは誰も持っていなくて私は直ぐに忘れてしまった。

 

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