神様と私の幽霊奇談(神様と私シリーズ)
▼ 第七話『終焉の色2』

「じゃ、始めようか?」
「媒体はどうしますか?」
「流石、一級神。俺に合わせてくれるの? それでは、札で」

 短い会話の中で手法は決定されたようだ。

 ミカミが軽く手首を振ると次の瞬間には五枚の札が握られていた。何か文字が刻まれているが、凡人の私には分からない。傍を離れないでくださいね、と、念を押され私が頷くのを確認するとミカミは札を解放した。

 それらはミカミの手から解き放たれると、淡く輝きひゅっと風を切って天井と四方へと散り壁に貼りついた。

『陽出神、陽沈む神、天を支える神、地治める神・全ての神の皆の理を一級特使大社ミカミに委ねる』

 ミカミの声に応えるように札を中心に淡く光を放ち始め空間全体に魔法陣が浮かび上がる。

『外界の全ての理を拒絶する』

 玲瓏と響き渡る声に空間が共鳴する。
 視覚は出来ないが部屋全体が何か壁のようなもので隔離されたような感じがした。序でのように私の足元から周りがほわりと柔らかな光の壁に包まれた。

 そっと触れると少し暖かい。

「僕はここまでです」
「え、そうなの? これ何?」
「はい。ひなたさんはそこから出ないでくださいね。貴方はとても美味しそうに見えると思うのであちらからも隠してあります。あとは彼が何とかするでしょう」

 中央に向かって伸ばしていた腕を下ろすと、いつもと変わらない調子でミカミは告げる。美味しそうって……私が人間だからか、それとも魂云々? まあ、その答えは必要ない。
 動かなければ問題ないということだろうし。そして眺めていただけだった先生は、ミカミの詠唱が終わると同じくして中央に歩み寄った。
 先生は先ほどまでの全く緊張感の欠片も感じさせない表情を消し、ほぼ無表情になっていた。普段茶目っ気のある先生は、仔犬のようだけれど、今は対峙している先生は、陶器の人形のように整って美しく、息を呑む。

 そして、こちらを一度も見ないまま、ミカミと同じように一枚札を取り出すと闇の渦巻く中心へとはらりと落とす。ゆっくりと落下する札が床につく直前、ぱんっと光って数え切れないくらいの札となり闇を覆った。

「私、死神ってもっと黒っぽいイメージがあったんだけど」

 どちらかといえば先生は白い。
 着ている服もいたって普通だ。白のワイシャツにスラックスだし手にしている鎌と普段とはほぼ真逆の銀髪でなかったらいつもと大差ない。でもなんていうか白いイメージが浮かぶ。

 ミカミはお日様ほどぎらぎらとはしていないが、私的には木漏れ日のような感じだ。
 そして、先生は夜の闇に浮かぶ真っ白な月。凛としていてその動きは流麗さを感じる。とはいえ私は口にした後でしまったと思ったが遅い。

 こんなことでは、またミカミに想像力が乏少だと言われそうだ。しかしミカミは意外にも「そうかもしれないですね」と頷いてくれた。

「彼は導く者ですからね。導かれる先は光であって欲しいのは、生きるものの当然の望みのようなものではないでしょうか?」

 それに……といいかけてミカミは一度口を閉ざした後、一つ溜息を落として呟いた。

「漆黒や、闇を支配するものをひなたさんは知っているでしょう?」

 ミカミの呟きに私は頷いた。
 もちろん脳裏にはカエサルの姿が思い起こされる。彼の存在自体が正に闇と呼ぶにふさわしかった。私がカエサルと右京さんのことを思い出して閉口すると廊下から聞き馴染んだ声が聞こえてきた。

「明日で良くね? もうそろそろ最後のやつらも戻ってくるだろうし」
「だから要はついてこなくて良いって言ってるじゃない。忘れた楽譜を取りに来ただけだし」

 由良と柊木だ。
 その会話に私は部屋の隅に纏められていた譜面台に視線を走らせる。その一つにクリアファイルが乗っかっているのが目に付いた。

 多分あれだ。

 ということは此処へ入ってくるつもりだ。思わず扉を押さえに走ろうと思った私の腕をミカミが慌てて掴む。
 離れたところで先生の「あ、一匹逃げた」という不吉な声が聞こえる。
 ミカミは直ぐに私を背に廻し形を得ない黒い影を片手で散らした。

「大丈夫ですから、僕を信用してください」

 自分のおかれた状況を忘れかけていた私は「ごめん」と小声で謝ると、仕方ないなという風にミカミが息を吐く。そして、ミカミがふっと指先を下から上へと走らせると先ほどと同じように周りが包まれる。少し肩を落とした私は譜面台へと視線を走らせるとファイルは無くなっていた。

「ここと現実のホールは似て非なるもの、となっていますからお互いに干渉することはありません」

 私の浮かんだ疑問に答えるためか、単に説明を付け加えただけかは分からないがミカミがそういい終わるとほぼ同時に

「はい、終了」

 という先生の声が聞こえ、ぱんっと何かが弾けた音と共に光の粒子が辺りに舞った。幻想的なその光景に刹那息をすることさえ忘れそうだったが「戻りましょう」とミカミに手を引かれ現実に戻された。


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