種シリーズ小話:銀狼譚
▼ 小種96『もう一匹の白銀狼』

 

 ぐっと前足に体重を掛ける。
 さらにぐぐっと体重をかけてじりじりと前のめりになり、はらりと木の上の葉が地面に舞い落ちたのと同時に、がっ! と掻いて踏み切った。
 だんっと壁を蹴って一息に屋根の上まで駆け上がる。

 ―― ……十分だな……

 屋根の上で腰を下ろすと、全身を撫でていく風に開いている片方の瞳を細め、鼻を鳴らす。
 自ら犯してしまった罪の証のように、片目は失ってしまった。
 この程度で済んだのは、奇跡といっても過言ではないことくらいは群での生活で分かっている。
 これ以上の罰は頭首の主が許さなかったと聞かされた。

「もう十分だと……そう判断した。白月の命に我々が背くことはない」

 頭首の甘さは健在だ。彼はまだ長としては年若く攻撃性の薄い質(たち)、群でそれを良しとしない者が居ないわけではない、自分も不満を抱えていた一人だ。
 しかし、その甘さに救われる者の立場に自分がたつとは思わなかった。
 勝手に群を抜け独断で人間と関わり、争いに荷担した。前頭首であれば、粛清されて当然。

 それなのに、群のことまで託されてしまった。
 裏切り者を代理に据えるなど有り得ない。

 しかし、頭首はだからこそだと笑った。同じことを繰り返せばどうなるか一番よくわかっている者がやると良い……。

「帰るのか?」
「―― ……頭首が戻る心づもりがないのであれば、それを伝える者が必要だろう」

 ふんっと嘆息したところで、とっと頭首が隣りに腰を下ろした。

「そうだな。私のことと、白月光臨のことを」
「刹那のことだ。私は何もいわないが、そうかと納得するものばかりではないと思うが」

 あの少女がそうであるかどうか、は、分からない。けれども、この世界の理で生きて居るとも思えない。

 そして、日を変えずして都を後にすることにした。
 そう決定した直後改めて白月にあう機会があったが……。
 肝の据わった少女だった。私が傷を付けたことを告げても、ああ……と納得しただけでそれ以上の感情を浮かばせることはない。
 震えが走っても仕方ない状況であるにも関わらず。だ……。

 殺されるかと思ったから……そう口にしたくせに、そうなることに恐れを抱かない。
 愚者か賢者かのどちらかだろう。
 力があるとは思えないから。

 長の選んだ主だ。後者であることを祈ろう。

「―― ……もう二度と貴殿とあうこともないだろう」

 告げればほんの少し瞳が陰った。人間の心持ちなど分からない。分からないけれど、後ろ髪を引かれる気分は少し解した。

 何日か掛けて群と合流すると……

「長はっ! 頭首はどこっ!」

 シラハに食ってかかられた。受けてきた報告はするが、これはまた一波乱ありそうだ……。
 我々は変わらぬ事を由とする種族であったはずなのに、これほど時代の流れを直接受けることになるとは思わなかった。





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