種シリーズ小話:銀狼譚
▼ 小種97『お と も だ ち』

 

「アリシアさん、これは」
「ありがとう、もう今日は良いの。とても助かったわ」

 にこり。
 今日の課題を受け取ってあたしは名前も知らないクラスメイトを見送った。

 ふぅ。
 内職代わりに請け負っている仕事の方が忙しくてなかなか……けれどあたしもそろそろ底がつきそうだ。
 中級階位。
 これでは家を盛り立てる事なんて到底できない。
 あのどうしようもない兄や弟、まだ小さい子も居るし……なんとかしないと。
 誰かの後ろ盾を得て、というのも考えないわけではないけれど、正直自分でなんとかしたものでないと信用できない。その誰かの後ろ盾だって、いつまで続くか分からない。
 信じられるのは自分が築き上げてきたものだけ。
 それだけが自分を支えてくれる。

 あたしが家族を守らないと。

「―― ……シア……アリシア」
「っはい」

 人の気配には過敏になっているはずなのに気が付かなかった、慌てて余所行きの笑顔を浮かべて振り返れば

「エミル様」

 これまであたしに直接話しかけてくる事なんてなかった王子様だ。隣り良い? といわれて断る理由はない。この人があたしに声を掛けてくるということは他に理由はないわよね。

「どうかしましたか?」
「ああ、うん……その」

 少しいい淀んだのが良い証拠だ。彼の好意は明け透けだからわかりやすい。
 あたしとしてはそこも好感が持てるところだと思う。

「マシロに何かありましたか?」

 ぴくりとわずかに肩を跳ね上げた。ふわりと頬が朱色に染まる。そんな風に思える人が居るのはとても羨ましいことだ。あたしは誰かにそんな気持ちを抱いたことはない。

「最近、様子がおかしいんだ」
「……そういえば最近見ませんね。授業が開けたら直ぐにいなくなるし。研究テーマでも見つけたかなと思ったんですけど」

 マシロはそれほど薬学に熱心という学生じゃないと思うけれど、ここでは急に何かに目覚めてしまう生徒も少なくない。
 もともと素養の強いものしか階位は上がらないし、上がったって事はそれだけのものをもっている。

 だからそれは性みたいなものだ。
 あたしにはあの子の力は分からないけど。

 そんなことを思案しているとエミル様はふるふると首を左右に振った。

「ギルド事務所に走っているみたいなんだ」
「何か急を要することでもあるのかしら?」

 首を傾げれば尚首を振る。

「金銭的な事じゃないと思うんだ。なんていうか……」



 ふぅと嘆息した。

 ―― ……僕では力不足で……。

 そんな風に王子様まで、凹ませるマシロは流石だと思う。
 あたしは、このあとどうすれば良いのだろう。

『彼女の憂う原因を聞き出して貰いたいんだ。マシロ、君のことをとても良くいっていたし、僕もそうだと思うから……』

 恩を売るには最適の相手。そのはずだから、いつものあたしならきっちりと見返りの話もすべきなのだけど……あたしには遠慮しているほどの余裕もないし。

 それなのに、結局何もいえなかった。
 ただ、分かりましたと笑っただけ。

「ああ、そうだ」

 用は済んだとばかりに席を立てば呼び止められる。

「アリシア……君も何かあるなら相談に乗るよ?」

 告げられふわりと毒のない笑みを向けられる。心の中を見透かされたような気がして、かぁっと顔が熱くなった。
 ここで告げれば、この人がなんとかしてくれるかもしれない。
 金銭的なことをクリアすればとりあえずはもう暫らく凌げるはずだ。そうすれば……そう思ったはずなのに、口から出た台詞は否定的なものだった。

「―― ……何もありませんわ」
「そう? 依頼にはそれ相応の対価が必要となるのは当然のことだし、それは遂行者の権利でもある……」
「エミル様は、ギルドへ持っていく依頼と同じだと?」

 淡々と重ねるから問い返せば、エミル様は逡巡して言葉を濁らせた。

「……お願い、かな」

 どこかすまなさそうに、恥ずかしげに口にしたエミル様はやはり人好きのする方だと思う。
 自然とあたしの頬も緩み柔らかい気持ちになる。

「困っている友人を放って置けるほど薄情でもありません。マシロのことは気にはなってましたし……」
「うん、凄く心配」

 隠すことも恥じることもしない、真っ直ぐな好意。
 口先だけで好意を示してきたあたしには少し眩しい。そんなことを思い出しながら、戻ってくる友人を待つ。

 ―― ……アリシア。君が今、ううん、これからかもしれないけれど、立ち止まることへの活路はマシロが拓いてくれるよ。彼女をお願い。

 いって握られた手が熱い。

 はぁ、種って幾らくらいするのかしら。
 これまで種屋と縁のなかった自分を褒めるべきか、知っておくべきだったと嘆くべきか多少迷う。

 あの子が、金銭的な問題への活路を拓くとは到底思えないんだけど……出た笑いは苦いものだけれど、あの子を思い浮かべるときはどこか優しい気持ちになる気がする。

 そして、暫らくすれば、随分とくたびれた様子の友人がふらふらと戻ってきた、あの面で何でもないとか口にしたら、ただじゃおかないと何故か胸のうちで息巻いていた。

「―― ……貴方ボロ雑巾みたいね」





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