種シリーズ小話:紅譚
▼ 小種9『騎士の心得』

 護るほうにとって護り易い相手と護り難い相手というのがある。

 僕の場合は二種類の人間にわけられるんだけど、まず一種は……命を軽んじる、もしくは覚悟を決めてしまっている相手。

 そして、もう一種は……。

 * * *


 暇を持て余して、僕はのんびりしようと中庭の夢見草の大枝を陣取り、幹に背を預け足を枝の上に投げ出した。
 今日も天気が良いなぁと空を見上げたのは僕だけじゃないようで。

「良い天気ー」

 夢見草の隣にあったベンチに山ほど薬草を積んだ籠を、どさり、と置いてその隣に腰掛けたのはマシロちゃんだ。
 次の授業の準備だと思うけど、声を掛けてくれれば手伝ってあげなくもないのになと、ぼんやりその姿を見下ろす。休憩するつもりなんだろう、んーっと身体を伸ばしたあと、大きなあくびを一つ零した。
 何となく見ちゃいけないところを見たような気がして声を掛けそびれる。

 まあ、小休止だろうし直ぐに立ち去るだろうと思って、僕は最初の目的に戻った。あくびがうつったのか僕まで出てしまう。噛み殺すと目じりに溜まった涙を拭って瞼を下ろす。

 うとうととし始めた頃、人の気配が近づくのと僅かな話し声で目を覚ます。ここの生徒は室内に居ることが多いから、気になって目を開けた。下を見下ろすと、マシロちゃんはまだ居た。

 ―― ……う、うそ……寝てる?

 もしかしなくてもこの陽気にうとうとしてしまっている。なんて無用心なんだっ!
 近づいてきているのは図書館生徒二名だけど、多分目的はマシロちゃんだと思う。早く気が付いて起きてどこか行ってくれれば良いのにと願っても、あのマシロちゃんがそれを叶えてくれるとは到底思えない。

「エミルさんにも護るようにいわれてるし……」

 ぼやくように小声で漏らして、僕は、よっと木の枝から降りた。
 ぽさっと芝生の上は軽い降り心地だ。

「あー、悪いんですけど。この辺で足、止めてもらえます?」

 馬鹿みたいに縦ばかりに伸びた二人を見上げて、出来るだけ穏便にと声を掛けた僕を二人は見下す。

「王子様の犬には用事ないの」
「お姫様にお近づきになりたいなーと思っただけだし、別にとって食ったりしないって」

 まぁ、見下されるのも罵られるのも個人的には慣れてるから良いんだけど……。

「それなら起きてるときにしてあげればどうですか?」

 下心アリアリな連中に嫌気が差す。
 はぁ……と出てくる溜息を誤魔化すこともしない。こういう馬鹿はこの手の屈辱に敏感だ。明らかに嫌悪と怒りを表情に出した。

「っ何だよ、チビ」
「大した素養もないのに、いつまでもこんなとこに居ないほうが良いんじゃないの? なぁ?」

 いって笑い合う。つまりこいつらは”合う”相手が居ないと何も出来ないタイプだ。ぐんっと伸びてきた腕に胸倉を捕まれる。
 一発くらい受けてから抵抗したほうが、後々エミルさんの処理が楽かもしれない。どうせ大した力はない。
 そう思って受ける心積もりを整えたのに

「ちょっと! 何やってんの!」

 掴れていた腕が弾かれた。同時に寸前まで視界に映っていた姿が入れ替わる。

「一人に二人で囲むなんて! それにっ居ないほうが良いなんてことあるわけないでしょっ! 自分の馬鹿な言葉で簡単に人を傷つけて良いわけないのに、そのくらいも分からないの!」

 ―― ……マ、マシロちゃんーーっ!!

 もう本当勘弁して。頭を抱える暇もない。
 マシロちゃんの勢いに二人が気圧されている間に僕はマシロちゃんの手を取って「こっち!」と引いた。刹那、薬草籠を忘れていたことに足を止めそうになるから強引に引いた。


 はぁはぁはぁ……

 マシロちゃんの息が上がってしまったので、暫らく走ったら足を止めた。追い掛けてくる様子もないし多分、大丈夫。
 けほっと息を整えながら「大丈夫?」と聞いてくるマシロちゃんに益々呆れる。

「マシロちゃん……あんまり無謀なことしないでください。相手がアレだったから良かったけど、そうじゃなかったらマシロちゃんが殴られてたかもしれない」
「え、そう、だね? 考えてなかったよ。あ、あれー? アルファ息上がってない」

 まだ肩で息をしつつ、あははーと笑うマシロちゃんに益々脱力する。この程度で息が上がるのは普段の運動不足がたたってるからだ。

「それから、あんなところでうとうとしないでね!」
「え?」
「マシロちゃんは、ここで数少ない女の子なんです。大抵の場合僕らが居れば寄って来ないし、利口な相手なら闇猫の息が掛かってるマシロちゃんに手を出そうなんて馬鹿居ないです。でも、一人で無防備にあんなところで寝てるのを見つけたら、良くないことを思いつく馬鹿が居るってことです!」

 珍しくまともに説教しているのにマシロちゃんはきょとんとしている。
 打っても響かない太鼓は打ち甲斐がない……カナイさんはいつもこんな風に僕を見てるのかな? それでも打ち続けるカナイさんは馬鹿かお人よしだ。

「あー……もしかして、アルファがいじめられてたわけじゃないの?」
「はい?」

 眉を寄せた僕にマシロちゃんは合点がいったのかぽんっと手を打った。

「なんだ、そっか。私アルファがいじめられてるんだと思って焦っちゃって」
「僕が? 図書館生徒にいじめ……って有り得ませんから! あってもマシロちゃんが前に出てどうするんです! マシロちゃんじゃどうにも出来ないでしょ」
「うん、まあ、そうなんだけど、あの人たちアルファよりずっと大きかったし人数も多いし、加勢したほうが良いかなぁと思って」
「思わなくて良いです! 強さは大きさで決まるわけではないし……兎に角っ! 金・輪・際! あんなことしなくて良い」

 思わず強い声を出してしまって、しまった! と思ったのにマシロちゃんは曖昧に微笑んでほりっと頬をかくと「そうだよね」と一人納得していた。そしてぽんぽんっと僕の両肩を叩く。

「分かる。分かった。アルファだって男の子だもんね。女の子に護られるのは嫌だよね。うん、うちの弟もちっさいときそうだったよ。喧嘩の仲裁に私が入ったらそれはもう烈火の如く怒ったよ。うん」

 だから、違うんだっていってもこの人、人の話なんて聞かないんだろうな。どうしようもないと思うと深い溜息が出た。

 ―― ……もう諦めよう。

「……も、どうでも良いです。薬草、頼まれてたんでしょ。さっきのとこ見に行って無くなってたら温室取りに行きましょ」

 マシロちゃんが、うん。と素直に後ろを付いてくるのを確認してから僕は足を進める。

 護るほうにとって護り易い相手と護り難い相手というのがある。
 僕の場合は二種類の人間にわけられるんだけど一種は……命を軽んじる、もしくは覚悟を決めてしまっている相手。

 そして、もう一種は……このマシロちゃんみたいな相手だ。


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