種シリーズ小話:紅譚
▼ 小種8『カナイとマシロ』


「次は、道具屋によって……」
「カ、カナイ」

 私は今日も今日とてギルド依頼に精を出している。そして、今日の雇い主は小憎たらしいカナイだ。買い物に付き合うという簡単なものだったし、テラとテトに他の依頼が今日はないのだと聞いたから妥協したところなのに……。

「ちょっと、待ってよ!」
「お前、リーチが短いからって遅いんだよ」
「あ、あのねぇ、そう思うなら少しくらい荷物持ってくれたって良いでしょっ!」

 両手に抱え込んだ荷物のバランスを保ちつつ、攻撃しても「ああ?」とカナイに凄まれ少し萎縮する。別に怒っているわけじゃないのは分かってるけど……。

「今日の俺は何だ?」
「依頼主様です」
「それで? 俺が荷物持つわけ?」
「いいえ! 私がお持ちしますよっ!」

 カナイのいうことは一々尤もだ、尤もなんだけどもうちょっと優しくても良いと思う。エミルやブラックなら絶対こんなことさせない。

 ううーっ! と、恨みがましくカナイの後頭部を睨みつけるが、仕方ない。今日の私は小間使いに徹するしかない。
 直帰ということもあり代金は前払いで受け取ったし適正価格にほんの少しだけ色がついていた。

「道具屋では何買うの?」
「小刀と天秤の錘、試薬紙」
「た、束で買うの?」
「いや、違う。お前の手が空いてないからな」

 ……持たせるの前提なんだ。

 カナイって容赦ない。
 はあ、と溜息を零したがカナイは気にするでもなく話を続ける。

「それにこれは全部お前のだ」

 付け加えられた台詞に首を傾げる。
 全部あると思うけど……確かエミルの部屋から発掘してきたものだ。その作業を是非に手伝いたかったのに私は部屋にも入れてもらえなかった。

 どういうことかと聞き返そうとしたら店に到着して、私は外で待っているようにいわれた。一人の方が都合が良いらしい。

 確かここは町で評判の美人。
 エリスさんが経営しているお店だ。

 ―― ……カナイも単純に美人に弱いということか。

 当然のことだけど何となく面白くなくて、私は店の軒下の隅に荷物を一旦降ろして、自分も休憩がてらしゃがみ込むと、深い息を吐く。

 ちらと店を覗くとあのカナイが談笑している。

 談笑だ、談笑。私との間では絶対に有り得ない。

 ―― ……まぁ、良いか、どうでも。

 そこに思い至って私はぼんやりと通りを眺めた。中央広場に面しているからこの辺りは特に穏やかな空気に包まれている気がする。遠目に見える噴水もキラキラしてて眩しいくらいだ。

 * * *

「……っい、おい! 起きろ馬鹿!」
「うー、駄目眠い」
「道端で寝るな」

 ゴツンっ! と頭に鈍い衝撃が走って、はっ! と顔を上げた。
 痛いよぉ……と頭を抱えて目の前の人物を仰ぎ見ると、当たり前だがカナイだ。

 物凄く不機嫌全開だ。私は笑顔を作ろうとしたがその剣幕に頬が引きつる。
 よいしょと、立ち上がってスカートの裾を叩き、脇に置いておいた荷物をよいこらせと抱えなおした。

「じゃあ、行こうか」
「……何事もなかったことにしてスルーすんな」
「ええー……五月蝿いなぁ、カナイは。もういいじゃん」
「良くないだろっ! 紛いなりにもお前は女だろっ?!」

 ええ、まあ、そうですけどね。

 面倒臭いお説教が始まりそうな雰囲気に私はカナイから視線を外して歩き始めた。その隣でやっぱりお説教は始まった。

「それが道端で寝てるってどういうことだよ。荷物に埋もれてたから目立たなかったかもしれないが、一体どんなところに居たんだよ。お前の世界では普通のことなのか? かどわかしにあったり、スリにあったり置き引きにあったらどうするんだ。荷物の番をしておくことも出来ないのか!」

 カナイって普段あんまり喋らないくせにこういうところはよく口が回る。

「ごめんってば、悪かったよ。そうだよね、折角買ってきたもの盗られたら大変だもんね」
「そっちじゃないだろ」

 じゃあ、どっちだというんだ。
 ワケが分からない。

 ぷりぷりと逆ギレした私に、カナイは根気強くお説教を続けようとするが私は勝手に締めくくった。

「今度から気を付けます。だから今日は許して、ほら、次はないの? 次」

 仕方ないじゃないか。
 慣れない生活にちょっと疲れているんだから。普段は気を張って生活しているから何ともないけど、ふと気を抜くと急な睡魔に襲われる。
 今日もとっても天気が良くて穏やかで……そんなところで待ちぼうけを食らったら眠くなるなというほうが無理な話だ。
 あからさまに、ぶぅ垂れた私にカナイは盛大な溜息を落とした。

「貸せよ」

 不意に視界が開ける。
 慌てて取り上げられた荷物を取り返そうとしたが、カナイのほうが背が高い。あっさり交わされ変わりに道具屋で入手したのだろう品物の紙袋を渡された。

「自分の分だけ持ってろ」
「……あ、お金」
「要らないだろ? エミルに頼まれたんだ。お前に中途半端なものを渡したからってさ……錘だってそれだけ足りてなかったんだろ?」
「あ、ああ……うん。でも」

 足りなかったものはアルファに借りてたし――アルファは実習やる気ゼロだから、丸々一式貸してくれる勢いだったし――特に困ったりしていなかったのに。

「貢がれるのも女の特権だろ? 貰っとけよ。ま、それは良いとして俺は疲れた。そこらで休憩するぞ。エリスさんにおまけって菓子まで詰め込まれたしな」

 がさりと紙袋の上を解いてみると確かにクッキーの小袋とか飴とかいっぱい入っていて子どものお使いみたいだ。
 何だかそれが微笑ましくて意図せず笑いが零れた。

 ちらりと隣を仰ぐとカナイはまだ愚痴愚痴といっているようだけど、荷物を交換してくれたのも休憩を提案してくれたのも、多分、きっと、私のためだろう。
 今日の依頼だって、他の仕事に比べたらずっと楽なものだし……カナイの気の使い方って遠まわし過ぎてよく分からないけど、気がついたら何だか凄く嬉しくなる。

 ちょっぴり癖になりそうな感じだ。

「お前荷物ないんだからもっと早く歩けよ!」
「ああ、はいはい」

 相変わらずなんだけど、ね……。

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