種シリーズ小話:銀狼譚
▼ 小種87『月酔』

 今夜はひときわ二つ月が輝いていた。
 そのせいで他の星々はなりを潜め強く煌く星が数えるほど夜空に浮かぶだけだ。

 余りにも月が明るいから誘われるように外に出た。寮の屋上よりも、図書館の屋上庭園の方が空に近い。夜に目が冴えるというのは魔術師系の性というものだろうか? 気持ちが良いくらい頭がすっきりとしている。

 寮監室の前を通っても、ものけのからだった。
 見回りでもしているのかもしれない。寮の中をうろうろするのをとがめられることはないけれど、図書館にまで足を伸ばすとなると確実に留められるだろうから、勝手に突っ切る。

 別に問題ないだろう。屋上庭園に出るだけだ。

 ―― ……がちゃり

 掛かっていた鍵を勝手に開錠して扉を開く。
 屋上庭園には元々魔法灯が幾つかあるけれど、そんなものがなくても十分に視界の確保が出来るほど明るい。

 良い月夜だ。

 んーっと背伸びをして、深呼吸。
 歩みでてベンチの一角を陣取る。
 どうするか一瞬だけ悩んで、俺は直ぐに振り返ることもなく声を掛けた。

「ばれてるから出て来いよ」

 それに促されて、人の気配が近づいてくる。

「何やってるの?」

 よいしょと俺の隣りに腰掛けて、何事もなかったように声を掛けてくるのはもちろんマシロだ。
 別に隠れている感じではなくて、ふらふら部屋を抜け出した俺を偶然見つけて。というところだろう。わざわざ聞かなくても分かり易すぎるこいつの考えることなんてたかが知れている。

「んー。月光浴」

 静かに双眸を伏せ、ふぅ……と長く息を吐ききってまたゆっくりと吸い込む。マシロはそれにつられるように月を仰いだ。

「月光浴?」

 いつもと変わらない。
 水底の藍を一滴垂らしたような蒼月。海底から引き上げられたばかりの真珠のように白く淡く輝く白月。

「お前こそ何してんの? さっさと寝ろよ。消灯時間過ぎてる」
「そんなのカナイだって一緒でしょ」
「俺はいーの。どーせまだ寝ないし」
「そんなんだから、朝ぼーーっとして、お茶をカップから溢れさすんでしょう?」

 なんというか、最初からだけどマシロに遠慮の二文字は存在しない。そして、事実だから否定もしないけど……ちらと見れば「何よ」と眉を寄せられたので「別に」と返して再び空を仰ぐ。

「カナイがそんなに月見好きとは知らなかった」
「―― ……んー。月見っつーか、魔力補填中」

 魔力? なにそれ? と素直に瞳を瞬かせたマシロに、口角を少しだけ引き上げて一息吐いた。

「お前は見えない人種だからな。魔術使用の際に消耗する力のことだけど、そういうのは基本どこにでも溢れてるんだ。魔術素養のない人間には見えないし、全く知ることもなく一生を送ることも出来る」

 ふんふんと聞いている風だが、こいつの場合確実に右から左に流れていっている気がする。

 俺の説明はどうやら頭に残らないらしいからな。

 目で見えるものなら多少は違うだろうと、話しつつ指先で月から降ってくる魔力を集めた。

「魔術師系の素養を持った奴は何かしらの形で、これを補填しないといけない。俺は全ての属性を持ってるから、どこからでも得られる。歩いてるだけでゲージは満タンになるんだけど……好みかな? 俺は月からの受ける魔力が一番好きだ」

 ひんやりしているのに柔らかい。いった時には丁度良い具合に俺の手のひらにはこんもりと魔力の結晶の山が出来た。
 白く淡く輝く金平糖のような形のものだ。

「何それ?」
「見えないだろうから、固めて見えるようにしてやったの。ほら、口開けてみろ」
「え?」

 困惑しつつもマシロは問いを重ねることなく「あーん」と口を開ける。

 ……別に毒を盛るつもりもないし、何かするつもりもないけど、もう少し口を開けるということに警戒心を持ったほうが良い。なんていっても無駄、だよな?

 本当にマシロが馬鹿みたいに無防備な顔をするから、困ってしまう。らしいといえばらしいんだけど、もう、なんども注意は促したはずなのに……仕方ないか。

 諦めて「ほら」と手にしていたものを一粒マシロの口へと運んだ。
 そして自分も一つぱくん。

「……味なんてしないよ?」
「ああ。基本的に全て、無味無臭だ。重ねてお前には縁がないだろうけど、こういうのは売ってるんだ大聖堂の中ではもちろんだけど、王都でも少し裏に入ったところに各種属性取り揃えた魔力販売店がある」
「へぇ、初耳」

 いいつつ、マシロは俺の手の中に入っている月の魔力の結晶を一つ取り上げてぱくり。
 不思議そうな顔をして食べる。
 別に身体に害があるわけじゃないからいくら食べても問題はないけれど、変なヤツ。

 まだ食べるならと、マシロの傍に手を持っていき自分も一つ口に運んだ。

 口に含むと直ぐに跡形もなく消えていく。
 ほんの少しだけ口内に夜の香りが残るような気がする。

「お前の周りは規格外が多いから気にならないだけだ。魔力は万能じゃないし、それを扱うものはもっと万能じゃない。偏ってるんだ基本的に……。大抵のやつはその偏りを正すために、種を買う」
「……メジャーなんだ」

 どこか嫌そうに複雑な表情でそういったマシロは直ぐに自分の変化に気が付いたのか、慌ててその表情を崩し、もうひとつとりあげて口に運んだ。
 あいつのことになると、お前の気には触るんだな。
 何となく胸の奥が重くなる。

「そうだな……まぁ、金の使い道でアンケートでもとったら『種購入』が上位に上がることは確かだな」
「え、でもそれならブラックの民間認知度ってもっと高くても良くない?」

 いったあとで、マシロの頬がほんのり赤く染まる。恋人の話を持ち出すのは恥ずかしい。といったところだろうか?

 今更なのに、ホント変なヤツ。
 それだけ、気に掛けているってことだろうな。

 こっちの気も知らないで、ころころとあいつのために表情を変えていく……。面白くない。そんな風に感じる自分の方がどうかしている。

 それを誤魔化すように俺はマシロの手に、手の中の結晶を盛って、乗り切らなかったものは自分の口に放り込んだ。全身に魔力が満たされる感覚は酔っているそれに似ていて心地良い。

 魔術系の素養がないやつはこの感覚を知らずに過ごすんだから勿体無いとも思う。
 世界はこんなに魔力で溢れているのに……って、そう思うのも俺と、あいつくらいか……。

「あいつ種回収以外顔出さないから。屋敷にも殆ど居ないし、傀儡を適当に店番させてたからな。それも姿形全部適当。一般人にはあいつが作る傀儡と生きてる人間の区別はつかねぇよ。種屋に行けば種が買えるって程度だ」

 俺は運が良いのか悪いのか、本人に会うことが出来たけれど、種を持ち寄ったのでなければ本人が出てくることはまずない。
 それが普通だ。
 マシロは妙に納得した風に「なるほど」と頷いた。

「―― ……何?」

 暫らく黙って月を見上げていたら、隣りからものすんごい見られていた。恐る恐る視線を落とせばガン見だ。

「え、あ、ああ。ごめん。なんか気持ち良さそうだから、見てた」
「は?」
「満たされると心地良いの?」

 見るなとまでいう気はないけど、片時も目を離さないほど見るのはやめて欲しい。いくら俺でも恥ずかしいから。小さく嘆息して顔を逸らす。そんなに珍しいものを見せただろうか?

「お前だって腹いっぱいになったら、同じ様な顔してるだろ」
「……私はアルファじゃないよ」
「そうか? クリムラのケーキとか食ってるときは同じようなもんだと思うけど」
「あれは、美味しいから……カナイにはこれ、美味しいの?」

 ふと行き当たったようにそういって、最後の一粒を空に翳した。きらきらと僅かに発光する結晶は綺麗だ。

「別に味はないよ。まぁ、満たされるから心地良いっていうのは当たってる」

 ぐいと上げたままになっているマシロの手を引き寄せて、指先の煌きをぱくりと口にした。
 口に入れた途端、直ぐに消えて残るのはマシロの指先だけ。

「ちょっ」
「お前、夜食は良くないと思うぞ?」

 ぺろりと、口内に残った指先を舐めてそういったら、ぶわっと顔を真っ赤にして「余計なお世話っ!」と怒鳴る。きょとんとしていた顔からあまりも素早く変わるから、思わず笑いが零れる。

 可愛いなんて思ってしまうのはちょっとまずい。
 まずいと分かっているのに

「お前可愛いな」

 零してしまった。
 突然の台詞に怒りで赤らめていた頬を、今度は羞恥に染めて逡巡する。

 そして散々迷ったあと、へにゃりとベンチに座りなおして

「―― ……ぁりがと……」

 ぶすりと不貞腐れた顔で膝を睨みつけごにょごにょと零すから、ますます可愛らしく見える。取ったままになってしまったマシロの小さな手を、そっと撫でる。

 マシロの手は薬師なんてものの臭いはまだ染み付いていなくて、石けんと微かにラムレーズンのにおいがした。





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