種シリーズ小話:銀狼譚
▼ 小種86『毛糸玉』

 苦手なんだよねぇ。
 でも断りきれなかった。

 どうしても断りきれなくて、私はのんびりと、お日様の当たる図書館の一角を陣取って作業に没頭する。

「―― ……マシロちゃん……何やってるんですか?」
「ちょっ、と、ね。今忙しいの、声掛けないで」

 恐らく暇で私を探してきてくれたのだろうアルファがひょっこりと顔を出したけど、私はそれを軽くあしらった。
 ちょっと冷たいかと思ったけど、そのくらいで何か感じるようなデリケートさはない。

 アルファは「なんですかそれ?」といいつつ私の隣りに遠慮なく腰を降ろして、脇においておいた籠の中から、出来上がりとはいいがたい、練習代のようなものを引っ張り出した。

「ちょっ! 見ないでよっ!」
「え、ご、ごめんなさい」

 慌てて籠に戻したアルファに流石に申し訳なくなって「いや、良いんだけど……」と口篭る。そして、ぱたりと手を止めたところで「何してるの?」とエミルとカナイまでふらふら集まってきた。

 この人たちはきっと暇なんだ。うん。

「……編み物?」
「え、これが」
「カナイ、どういう意味?」

 瞳を眇めて低音で口にすれば、え、とカナイが怯む。失礼極まりない。

「どっからどう見ても、編み物でしょう? マフラーを編んでるんだよ」
「これが?」
「そ、それは練習でっ! ……って私だって好きでやってるんじゃなくてね。分かってます。分かってますよ、こんなちまちましたこと私には似合わないよね。うん。それに、カナイに勝るとも劣らない不器用さを発揮しているよね!」
 
 分かってるよ、ぶすっと口にして私は止めた手をまた動かし始めた。動かしていないと、私では受けたノルマをこなせない。エミルは私の正面に座って、ふーん、と興味深そうに私の指先が動くのを見ている。

 その傍でカナイとアルファが

「駄目ですよ。僕さっきすっごい怒られたんですよ」
「え、でも、これ雑巾とか何かだろ?」

 デリカシーがないとかいう可愛らしい問題ではなく、命を捨てるような発言をしてくれている。
 確かに最初の一本二本は雑巾扱いされても仕方ないと自分でも思うけれども、他人にそういわれるのは面白くない。

「でも成長が窺えるじゃない。もう、上手に出来てるよ?」

 現在進行形で編み編みしている先を軽く持ち上げて、そういったエミルに「う」と恥ずかしくなる。
 申し訳ないけど、まだ褒めてもらうほどのレベルじゃない。

「なんでいきなりこんなもん作ってんの? 好きでやってるわけじゃないってことは、ギルド依頼?」

 出来ないことを受けるなよとばかりにカナイに鼻で笑われて、ぶすっと不貞腐れる。

「そうじゃないよ。アリシアに頼まれたのっ。なんか毎年年末に配ってるんだって。今年は取り掛かりが遅れちゃって、家族の分もあるし追いつかないからって、押し付けられたんだよ」

 表……裏……おも、て……っとぶつぶつ編み目を間違えないようにいいながら、質問にも答える。
 素晴らしい高等技術だ。

「……ちょっと待って」
「んー? ……う、ら……っと」

 急に真剣な声を出すから、手を止めて顔をあげる。

「ということはつまり、図書館生の誰かがマシロの手編みのマフラーを使うの?」
「まぁ、そういうことになるよね。その人はアリシアが編んでくれたんだと思ってると思うから、可哀想な話だけど」

 やれやれと口にすれば、がたりと音がしてエミルとアルファが立ち上がった。

「手伝うよ」
「手伝います」

 ん? んんー?
 二人の勢いに私は僅かに後ろへ下がり、え、えーっと? と首を傾げる。

「大丈夫だよ、教えてくれたら多分出来る」
「僕、こう見えても器用ですからきっと大丈夫ですよ」
「え、うそ、この流れって俺も手伝うの?」

 乗り遅れたカナイも口にしてくれるけど、正直、この三人が私より上手いとは思えない。

 練習したところで、上手くなるとも……。
 カナイなんて壊滅的だと思う。

 私の周りでこれが手伝えるのは、エリスさんとブラックくらいだ。
 アルファなら少しは身につくだろうか? でも、

「大丈夫だよ。ちょっと根詰めてやればなんとかこなせる量だと思うから。心配してくれてありがとう」
「ううん! やるよ」

 王子様のやる気はどこから来ているんだろう。エミルの勢いに押されている隙に、予備においていた編み棒をアルファに捕られた。
 その上、私の失敗作をちまちまと解いている。

「ちょ、ちょっとアルファ、何するの!」
「何って、解いていけばどうやって編んであるか分かるでしょう?」

 い、いや、そうだけれども、ね? やって良いかどうかくらい聞いてよ。そんなでも私の記念すべき第一作なんだからさ。
 はぁ、と私が肩を落とせばアルファは、ぶっすーっと可愛らしく眉を寄せて愚痴る。

「だってどこの誰かわかんないような人がマシロちゃんの手編みのマフラー持ってるなんて気に入らないです。僕が作ったんでじゅーぶん」
「い、いや、アリシアが作ったと」
「でもマシロが今編んでるじゃない」

 こっちも同じ理由かっ?! 一気に暗雲が立ち込めた。


 ***


「はい、一応本数(余分に)は揃ったと思うんだけど……」
「あ、ありがとう……何か、出来が疎らね? この辺、あたしのよりこってるんだけど」
「使えそうなのだけ使って。うん」

 ぐいぐいとアリシアに押し付けて、私は部屋までの廊下を疲れを隠しきれずによろよろと歩く。

 結局、私の予想通りまともに出来るようになったのはアルファだけだった。エミルもそこそこ出来たけど、うん。

 カナイはやっぱり壊滅的。
 毛糸の無駄だからと可哀想だけど途中から取り上げた。

 その代わりに「何をしてるのですか?」とひょっこり来てしまった、ブラックが仲間に入った。
 もちろん、私が図書館から貸し出してもらってた初心者向けの編み物本は瞬時にクリア。

 即プロ級。

 ブラックの経験値ってどういう原理なんだろう。
 本当に、面白くない。

 恐れ多くて私がブラックに何か、なんて下手を打っても作れたもんじゃない。アリシアが絶賛しかけていたのは、そのブラックの作品だ。

 一つの卓を囲んで編み物教室……図書館で有り得ない図になっていただろう。
 しかも、誰かが種屋の編んだマフラーをするのだから、知ったらショック死とか呪われた気になりそうだ。

 世の中知らないことがあるほうが良い。

「ただいまー」
「お帰りなさい。もう少しですけど、続きやります? それとも、」
「うん、忘れないうちに、続きやる」

 のんびりと部屋で私を待ってくれていたブラックの問い掛けに答えて、私はベッドの上に置いておいた、マフラーの続きに取り掛かる。

 みんなが作るというし、手伝うといえばブーイングがあがる――私の頼まれごとのはずなのに、ある意味酷い――から、私が作るものは一本もアリシアに渡らなかった。
 そして、一番暇になったのが私だったから、途中からブラックに教えてもらって自分の分を作り始めていた。ブラックが懇切丁寧に教えてくれるから、出来はもちろん上々。
 買ってきたといっても遜色ないと思う。

「あのさ、大体分かったから……」
「ええっ、他に人が居なかったら良いっていって下さったのに!」
「いゃ、いったけど、いったけどさ……」
「なら、問題ありませんよね。ほら、このほうがあったかくて私は幸せです……、あ、違う、教えやすいです」

 本音からお話してくださっていますけれど、聞き流してあげたほうが良いんだよね、きっと。

「分かった、頑張るよ」
「はい、ゆっくりやりましょう」
「うん。早く終わらせようっ!」

 この二人羽織状態は、とても恥ずかしいのです。





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