種シリーズ小話:銀狼譚
▼ 小種82『偉大なる姫君』

 その日どうしてそんな話になっていたのかまでは曖昧だ。それでも二人の話題はとある魔術師のことになっていた。

「それ、さ、カナイにいってあげた方が良いよ?」
「どうしてですか? 別に問われたわけでもないですし、もう昔のことですよ?」
「でもカナイはまだ気にしてると思うよ? 私なら」
「マシロは優しいのでそうでしょうけれど、カナイが、ですか?」
「そう、カナイが、だよ」

 心底意味が分からないと不思議そうにするブラックにマシロはふんわりと微笑んで「機会があったら、ね」と重ねた。


 ***


 そんな会話をしたあとだったため、今この場でカナイと二人きりになってしまったことをブラックは盛大に後悔していた。マシロは午後ギルド依頼である店番をしてくるということだったので、部屋で待ち伏せをしようと訪れたら先客が居たのだ。

「何をしているのですか?」
「マシロの課題」
「―― ……は?」
「の、補佐」

 中央のテーブルの上に本や資料になりそうなデータのメモ書きが散らかっている。いっていることは本当だと思うが、なぜマシロの部屋でやる必要があるのか。
 怪訝そうに眉を寄せたが、ほぼ確実にマシロの了承があってのことだろうと思い至り、ブラックは一つ椅子を引き腰掛ける。
 ぶつぶつと何かいいながら、カナイが用紙に必要事項を纏めて書きとめている姿を黙って眺めていたら先にカナイが痺れを切らした。

「何でも良いから話せ。お前と二人きりじゃ息苦しい」
「出て行けば良いのに」
「……あのなぁ」

 素直な即答にカナイは眉を寄せる。

「―― ……カナイ以外に種を買いに来た人が居ましたよ」
「は?」

 あまり不機嫌そうにされるなら部屋を出てしまおうと思っていた矢先に、急にそう話を振られて、カナイは益々複雑そうな顔をする。
 ブラックの中では答えの出ている話でも、突然結果だけいわれたのでは、カナイには疑問符しか浮かばない。

 この中途半端な面倒臭がりを何とかしてくれ。と思いつつ、カナイは「ちゃんと、説明してくれ」と長嘆息した。
 その尤もな台詞に、ブラックは、どうして分からないのかというように同じく嘆息して、面倒臭そうに組んだ足を組み替えて話し始める。

「ですから、貴方が七つの時に私の元を訪れたあと、同じ種を買いに来たものが居たという話をしているんです」
「―― ……誰だ」
「貴方のご両親です」

 いいながら手持ち無沙汰に机上に転がっていたペンを取り上げて、器用に指先で回して、話を続ける。

「商才を持ち得なかった息子にと、二人揃ってやってきました。父親の色が貴方に似ていて、母親の面影が貴方に似ていたと記憶していたので、貴方の親だと思います」
「―― ……なんで、今更」
「マシロが話したほうが良いといったので」

 さらりとそのまま告げるブラックに、カナイは、机に付いた肘の先で頭を抱えて「あのおせっかい」と苦々しく零す。

「気にしていたのですか?」
「は?」
「マシロがそういっていました。カナイは、両親の期待に応えられなかったことに責任を感じ、両親に愛してもらわなかったと誤解しているだろうからと、そう、なのですか?」

 その台詞に、不愉快そうにカナイは顔をあげたが、ブラックは本当に不思議そうに首を傾けた。

 そうだ。
 時々錯覚しそうになるが、本来種屋には心がないといわれているんだった。それに今色を持たせているのはマシロだ。
 こいつが深く何かを思っているわけじゃないと、思い至るとカナイは、溜息を重ねる。

「どうして、それだけの素養を持っているにも関わらず、親程度の存在に責任を感じなくてはならないのですか? 私はあのときの判断を間違っているとは微塵も思いません。カナイにも、それ以外にも貴方の素養を汚させなかった。それに正解だったからこそ、ここに今貴方が居るのでしょう?」

 真っ直ぐにカナイを見詰めて真摯に問い掛けてくる。
 揶揄しているわけでもなんでもなくただ純粋に不思議だと、分からないと問い掛けてくる。

 そんなブラックの視線を受けて、カナイは「お前さ」と少々呆れた声を出した。

「マシロに何でもかんでも『どうしてですか?』『なぜですか?』『理解できません』っていってないか?」
「―― ……」

 問いに問いで返された上に図星なので、ブラックは眉間に皺を寄せた。

「だったら、どうなんですか?」

 次の問いまで不貞腐れたようなものになってしまう。
 やはり他人と会話をするなんて面倒なこと考えなければ良かったと思い、視線を逸らしたところで、カナイが笑いを噛み殺しきれないという風に続けた。

「ふ、ふふ、いや、うん。マシロがお前を可愛がる気持ちがちょっと分かった」
「意味が分かりません」
「なら、それもマシロに聞けば良いだろ」

 くつくつと笑うカナイに、ブラックは瞳を細めて今度こそ身体ごと背けた。

「ありがとな」
「は?」
「マシロが思ってる通り、責任、感じてたよ。後ろめたかった。求められていないと思っていた。妹が可愛くないわけじゃない、でも、他の当てが出来て良かったなと不貞腐れていた。まさか、あの人が俺のために動くとはな……一言もいわなかったのに……」

 今度はカナイがブラックから顔を逸らし、ぶつぶつと独り言のように口にする。それを、改めてマジマジと見ていたブラックは、ぽつりと重ねた。

「私がカナイの机上に置いたのではありませんよ」
「……は?」
「貴方はそう思っているようですが、禁書は私が置いたのではありません」

 再び互いに視線を合わせると、カナイこそ意味が分からない、分かりたくないというように顔をしかめ、ブラックはカナイがどう反応するか興味深くて仕方ないという顔をしている。

「私は面倒ごとは嫌いです。不必要なことも面倒臭いのでやらないです。起きてしまった事象に対してのみ対応してきただけです」
「―― ……」
「知ると嬉しいですか?」
「―― ……」

 ブラックはわくわくと次の答えを待ったがカナイは表情を険しくするばかりだ。ブラックもそれに釣られて怪訝そうな表情になってくる。

 どうでも良いと思っていたから、いわなかったことをいっただけだから、ブラックにとっては大したことではなかった。
 しかし、同じ大したことではなくても、どうやら質の違うものだったらしい。

 ふむ、とブラックが納得したところで「マシロちゃーん」と乱暴に扉が開いた。

「あれ? 珍しい。カナイさんとブラックが勉強中? というかカナイさんマシロちゃんどこですか? 隠さずに出してください」

 無遠慮に入ってきたアルファに続くようにエミルが、んーっと身体を伸ばしながら入ってきた。

「ひと段落着いたから、マシロと、お茶……って、なんでこんなメンバーなの?」

 大の大人が四人も集うともともと二人部屋を一人で使っているとはいえ、狭い。

「マシロならギルド依頼だよ。今日は店番っていってたから、そろそろ帰ってくるだろ」

 アルファに「ねぇねぇ」とせっつかれて面倒臭そうに答えたカナイからは一時前までの様子はなくなっていた。

「マシロはまだ戻っていないんですから、皆さん部屋に戻ったらどうですか。邪魔臭い」
「一番の部外者はブラックなんだからブラックが出て行きなよっ」
「私一人減ったところで、どうということはないでしょう。それなら貴方方三人が減れば部屋もスッキリします」
「うわーっ。凄い嫌な感じっ! 絶対出て行かないっ。僕はマシロちゃんを一番にお迎えするんだからねっ!」

 ぶすっと子どもっぽく頬を膨らませてアルファは、ベッドに腰を降ろし「おやつでも持ってくれば良かった」と暴れる。


「何か二人とも難しい話でもしてたの? 空気重たかったけど」

 ぺらりと机上の本を捲りつつ、そういったエミルにすかさず「まさか」とカナイが答える。

「こいつと二人で居て和気藹々っていうほうがどうかしてる。普通だろう?」
「―― ……ぅん、まあ、普通だね」

 和気藹々……と小声で繰り返してエミルは苦笑した。

「……というか、マシロのベッドから退いて下さい。貴方がごろごろして良い場所ではないのですよ!」
「良いんですよーだ。マシロちゃんはこのくらいじゃ怒らないもんね!」
「た、確かに怒らないかもしれませんが、そういう問題ではないのです」
「うわっ、ブラック心狭っ!」
「……っ」

 一瞬触発の雰囲気のアルファとブラックを他所に、エミルはペンの先っぽで紙をこつこつ突いているカナイに「で?」と問い返していた。カナイはその問いに直接答えることはせず「ああ」と頷いて

「マシロは偉大だなーと感心していたところだ」

 それに対してエミルも深く追求することもなく、ちらりとブラックのほうを見て

「偉大だね」

 と重ねた。


 ―― ……かちゃ

「マシロちゃん! おかえりーっ!!」

 杖を抜きそうだったブラックをあっさりと交わして、アルファは開きかけた扉に飛びついた。

「……ちょ、退いて下さい。アルファさん……」
「なんだシゼか。マシロちゃんなら居ないよ」

 がっつり抱き付いた相手がシゼだったことに、あからさまに眉を寄せて離れると「何か用?」と不機嫌そうに告げる。

「いえ、アルファさんには用事ないです。ここはマシロさんの部屋でしょう? ……本人以外が沢山いらっしゃるようですけど……」

 ちらりと中を覗いて、シゼは嘆息する。

「ふーん。花なんて持って、マシロちゃんにプレゼント? シゼぇ、ポイントアップ狙い?」
「っ! ちっ、違いますっ! 先日間引いたものを別にしていたのが根付いたので……その、ですから……そのまま、枯らせるよりは、少しは観賞して、貰うほう……が」
「プレゼントじゃん」
「違いますっ!」
「えー……」

 マシロを見ていて、シゼはからかい甲斐があると気がついてからはアルファまでことあるごとにシゼに絡んでいた。
 アルファが至極愉快そうなのに比べて、シゼは真っ赤になってわたわたしている。

 まだあっさり交わすという技取得までには時間が掛かりそうで、周りを楽しませてくれそうだ。

「……どうして、私の部屋から人が溢れてるんだろう? 確か出掛けるときはカナイ一人で途中でブラックと会って……」
「マシロちゃんっ! おかえりな……」
「おかえりなさい、マシロ!」

 ぎゅっ。

 タイミング良く(悪く?)戻ってきたマシロが嘆息したところで、直ぐ傍にいたアルファをすり抜けてブラックががっつり抱き締める。

「あ、それ、もう温室から出しても平気なの?」

 ブラックの篤い抱擁を無視してその腕の間から、シゼの持っていた鉢植えを目に留めたマシロにシゼは「ええ」と頷く。

「いってくれれば取りに行ったのに」
「序があったので持ち寄っただけです」
「違うよ、プレゼントしに来たんだよー」
「違いますって!!」

 さっきと同じ会話を繰り返しているアルファとシゼを見て笑うマシロにブラックは「私は放置ですか……」としょんぼり零す。

「まさか! ただいま。ブラック」

 ふわふわと抱き締められた隙間から手を伸ばして頭を撫でれば、心地良さ気に耳が垂れる。
 このためだけにここに残ったといっても過言ではないだろう。

「それでね、お願いがあるの」
「はい、なんでもどうぞ!」
「シゼの鉢植えをあの窓辺に置いてもらえると嬉しいな。そのあとお茶にしよう(みんなで)」

 にっこり。

「はい、分かりました」

 ひょいとシゼの腕の中から鉢植えを取り上げるとブラックは室内に戻った。

 種屋を雑用に使うマシロって本当に偉大だ。
 全員の心が一つになった。


「じゃあ、僕はこれで」
「待って、シゼも一緒にお茶にしようよ。暇だっていってたでしょ」
「僕は、序があったといったんです。暇だなんていってません」

 きっぱりはっきり告げたシゼの台詞が通るはずもなく、ずるずると食堂まで連行されるのは目に見えるようだった…… ――



「大体、みんなが集まってるなら一人くらい私を迎えにきてくれても良かったのに……アルファもケーキ一つだからね」

 そして、マシロのぼやきに目からウロコ。
 誰も気がつかなかったらしい。


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