種シリーズ小話:銀狼譚
▼ 小種81『その時君は……』

 王宮内の一室。
 缶詰状態で今回の事件について顛末書類を作成していた。

「マシロに会いたい」

 ぱしんっと机にペンを叩きつけて、盛大な溜息。
 重たい椅子を斜めに傾けて、大きく伸びを一つしたあと机に突っ伏したエミルに乗っかる形でアルファもぼやく。

「僕だって会いたいです。大体なんでカナイさんなんですかー、僕がいっても良かったのにー」
「仕方ないよ、カナイはまだ王宮勤めじゃないから僕らよりずーっと自由なんだよ。マシロを一人にもしておけないし」

 ぶつぶついいながら、自分の肘の下にある書類の隅っこをぺらぺらと弄りつつ嘆息。

「サボっている暇はありませんよ」

 がちゃりとノックもなしに部屋に入ってきたラウは「朗報ですよ」と微笑む。

「マシロちゃんが王宮に入ることにしたんですか?」
「私はマシロの面倒までは見ていませんから知らないですけどね。そうなると良いですね」

 がたっ! と派手な音を立てて立ち上がったアルファをあっさりと切り捨てて、ぼすっと椅子に戻ったのを確認してから「そんなことではなくて」と話を続ける。

「噂になっていた乳児の話ですけどね、レニ司祭のお話を拝聴したところ……」

 拝聴って、尋問の間違いだよね、とアルファがぼそっと口にしたのをちらりと見てから、ラウは緩い笑みを深めて「兎に角」と重ねる。

「どうやら、誤聞ではないようですよ。彼はターリ様の印章を持っていたらしいので」

 その答えにエミルは、がたりっと椅子を鳴らした。そして、起こしかけた腰を椅子に戻して「どこのか分かった?」と重ねる。

「……おや? ご存知だったのですか。面白くない、もっと面白い食いつき方をしてくださるかと思ったのに」
「知ってるよ。僕はマシロから直接聞いているから……」
「では予想もついているんですね」

 にこにこと机の端まで歩み寄って来ていたラウを見上げて、エミルは溜息一つ零すと「うん、まぁ一応はね」といって、瞼を落とす。

「王妃様ですよ。第一ターリ様の家の印章です」

 告げたラウに無言で返したエミルを見て「どう仕舞いをつけますか?」と重ねる。その台詞に眉を寄せたエミルは、やれやれと姿勢を正すと

「物騒ないい方しないで。それじゃあ、妨害しようとしてた人たちと変わらない。とりあえず、ことが露見しないように今は蓋をしておいて。きっとまだ時期じゃない。マリル教会なら今は僕の手の内だから、隠すには良い……要らぬところに洩れるようなら……」

 こつこつと机の上を指先で弾きながら口にするエミルにラウは腰を折って「相応に対処しましょう」と答えた。

「―― ……と、いうわけで、エミルは早くマリル様にお会いしたいようですし、さくさく書類を片付けましょう。アルファは、キサキ様がお呼びでしたよ。騎士団詰め所でお待ちかねです。エミルも王城に戻るときがきたわけですから、貴方もきちんとしておかなくてはね」
「ぶー、それなら、カナイさんだってー」
「カナイなら使いをさせていますので、今頃ひーひーいってると思いますよ。今まで司教に成り代わり、教会を統括していただけのことはある、レニ司祭は優秀なようですから」

 ぶーぶーと不満を零しているアルファに、ラウはにこやかに答える。

「あとは、マシロが居場所をどこに定めるか、かぁ……よっし、さっさと終わらせて一旦寮にもーどろっと」

 んんーっと伸びを一つしてからエミルは再びペンを握り、インクを浸した。その様子にアルファも腰を挙げ

「僕は一足先に」
「キサキが呼んでるよ」
「……はーぃはいはい……わかってますよぉ〜……だ」

 と不貞腐れて部屋を出て行った。
 ぱたんと扉が閉まるのを聞いて、書面にペンを走らせながらエミルはぽつと訪ねる。

「アセアの体調はどう?」
「よくありませんね」
「―― ……そう……」
「あのままではきっと長くない。ですが、星は終わりを告げていますよ」
「……星の終わり、か……」

 ぐっと紙に押し付けたペン先から零れ落ちるインクが滲み広がっているのを見ながら、長嘆息する。

「少し、一人にしてくれない?」

 そのまま窓の外へと視線を投げて零したエミルにラウは仰々しく腰を折り「後ほど窺います」と退室した。

 ―― ……本当に、星は終わりを告げるものなのだろうか。

 ふとそんなことが脳裏に過ぎった後、続けてマシロなら全否定しそうだと思い至ると、再び彼女の居る場所が恋しくなった。

 この世界の人々の常識をあっさりと否定し覆す言動にいつだって救われている。

 マシロは寂しがってないかな……。とエミルが思った頃、当人はマリル教会でレニ司祭とのんびり日向ぼっこ中。
 羨ましがられていたカナイは、エミル以上の書類と資料に囲まれて紛争しているところだったりする。


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