種シリーズ小話:銀狼譚
▼ 小種80『大好きなんだもんっ』

 さてと、今日の依頼は終了したし帰ろうかな。と思って、クリムラのおばさんに暇を告げて図書館へと戻るいつもの道のり。

 最近はあまりハードなスケジュールは組まないから移動ものんびり。今日も良い天気だったけど、少し冷えるから暖かいものが食べたいなぁ。
 夕食のメニューはなんだろう? とか考えながら帰路を行く。

「すみません」

 微かに聞こえた。
 本当に微かに蚊の鳴く声とはこのことか? という程度の声量だった。けれど、一応聞こえた以上は足を止める。

 きょろきょろ……とあたりを見回すと

「あの」

 と重ねられた。
 その声に、ばっ! と振り返ると背後に寄り添うように女の子が立っていた。い、いいぃいつから居たんでしょうか? 慌てた私に彼女は「驚かせて、ごめんなさぃ」と、また消え入りそうな声で告げる。

「え、ええと、私、ですよね?」
「……はぃ。マシロ、さん、ですよね?」

 きっと私の名前をいったんだよね? 声が小さすぎて聞こえない。私はそうだと頷いて、飛びのいた距離を縮めた。
 そうしないと全然聞こえない。

「ぁのぅ、こ、これ、を、」

 んーっ? と彼女に耳を寄せてなんとか声を拾う。
 ぼそぼそと何か続けて、小さな箱を押し付けられた。三号くらいのケーキが一つ入るくらいの箱だ。可愛らしいピンクのリボンが掛かっている。
 反射的に受け取った私に彼女は俯いていた顔を少しだけ上げて「ヵナィさま、に……」といった気がする。

「カナイに渡せば良いの、かな?」

 恐る恐る問い掛けると、彼女はこくこくと頷いた。なるほど、カナイのファンの一人なのかな?

「分かりました。一応渡しますね。えっと、貴女のなま……あれ?」

 手の中の箱を持ち直して確認しようとしたら、彼女は居なくなってしまっていた。

 んー、多分大聖堂の人なのかな?
 魔術的な何か?
 私も今更人が一人消えたくらいで驚かない。

 名前をいうのも忘れるなんてよっぽど緊張していたんだな、と思い私は踵を返した。

 ―― ……コンコン

「カナイいるー?」

 私は部屋に戻る前にそのままカナイとアルファの部屋をノックした。中から返事があるのと私がドアを開けたのはほぼ同時だけど、私は気にしない。
 カナイはお行儀悪く机に足をひっかけて、椅子を傾けお菓子を摘みつつ本を読んでいた。
 私の入室に気が付いているだろうけど、特に顔も上げずに「おかえりー」と口にする。

 この男のどこが良いんだ?
 全く、本を読むなら読むっ。食べるなら食べる。挨拶は顔を見ながらする。
 当たり前のことをひとつもクリアしてないと思うけど!

「カナイお行儀悪すぎっ!」

 かつんっと絶妙なバランスで保っていた椅子の足を蹴っ飛ばした。がたんっと派手に椅子は倒れたけれど、カナイは特に問題ないように、隣りの椅子に座りなおす。

 こいつ……。

「んー、カナイさん。うるさい」

 あまりに良い子で寝ていたから気が付かなかった。
 アルファはベッドでお昼寝中だったみたいだ。椅子が倒れた音で覚醒してごろりとこちらに寝返りを打つと「マシロちゃんおかえりなさーい」と可愛らしく手を振ってくれた。

「おはよう、アルファ。ただいま」

 にこりといえば「俺とは随分対応が違うな」とカナイが毒づく。
 そうさせたのは本人なのだから仕方ない。

「カナイにはお土産があるよ。はい」

 私は受け取った箱を机の上に載せた。カナイはそれでようやく本を机の上に、ぱふんっと閉じて、顔に宛がっていた眼鏡をその上に載せた。

 これ何? といいつつカナイはリボンに手を掛ける。

 その傍で起き上がったアルファが「僕にはないんですかー、お土産ー」と騒ぐので、クリムラで貰ったお菓子をポケットというポケットから取り出して、ぽんぽんとアルファの手に乗せてあげた。

「クリムラだったんですね」
「うん。これと、あと、こっちのが新製品だっていってたよ。食べたら感想頂戴ね」

 笑顔で告げれば、はーいとイクラちゃん並に良い返事が返ってくる。

「カナイのは何だったの?」

 と振り返れば「え?」と目を瞬かせる。カナイが手にして居るのはカップケーキだ。外装と同じく可愛らしくトッピングの施されたカップケーキが四個並んでいた。

「マシロちゃんからじゃないの?」

 ぴょんっとベッドから立ち上がって、テーブルに寄り、両手に持っていたお菓子を置きながらいったアルファに「うん、違うよ」と頷いた、ところで、

「ぶっ!!」
「ちょ、ちょっと!」

 カナイが吹いた。そして、げほげほと派手に咽る。

「何やってるの? 汚いなー、吐くならあっちで……」
「カナイさん、死にたいんですか? 僕に散ったんですけどっ!!」
「俺にいうなっ! 悪いのはマシロだろっ!」
「私が何で悪いのよっ。失礼なっ」

 わちゃわちゃと揉めているところへドアが開いた。

「おかえり、マシロ。なんか楽しそうだね? どうしたの?」

 とエミルが入ってきた。

「聞いてくださいよーエミルさぁんっ! カナイさんが僕にぃぃ」


 ―― ……状況説明とお掃除:アルファはお風呂…… ――


「う、うん。一応内容は分かったよ。それで、マシロはどこで誰にこれを預かったの?」
「クリムラからの帰りだよ。誰かは聞きそびれちゃったんだけどね? カナイ様に渡して欲しいって、ちっちゃくて内気そうで可愛い女の子だったよ」

 多分、そんな感じだったと思う。顔ははっきり見てないけど、こんなことをするくらいだから、きっと可愛いに違いない。

「エミル、試薬持ってないのか?」

 そんなもの日常的に持ち歩いているわけないでしょ。と思ったのに「あるよ」とエミルはポケットから小さな小瓶を取り出す。
 なぜ、何の必要があって、持ち歩いているんだっ?!

 カナイは、ずずいっとテーブルの中央に置いてあった例のカップケーキをエミルの方へと押し出すと、エミルはぽちりと垂らす。
 そんなことしたら、もう食べられないじゃん。と思ったけど、見る見るうちにケーキの色は変わってしまった。

「何か、入ってるね?」

 恐る恐る口にすれば、カナイがやっぱりというように苦い顔をして重ねる。

「入ってるな」
「まあ、これだけじゃ、何かは特定出来ないけど、する?」
「しなくて良いよ、面倒だろ」

 ぶすっと答えたカナイに私は困惑する。

「え、でも、なんで? う、恨み?」
「好意じゃないかな? どっちかっていうと」

 おどおどと口にした私にエミルがにっこりと答えてくれる。好意で何を盛ってるんですかっ?! ああ、この目の前にした人も盛る人だった。

 そうか、好意で盛ってるんだ。

 いちいち赤くなったり青くなったりしている私にカナイが盛大な溜息を吐いて「あのな」と重々しく口を開く。

「お前は知らないと思うけど、大聖堂なんかでモテるっていうのはな、常に生死の境目にいるんだぞ」
「は?」
「いーか、良く聞け。基本的に受け取るものには、呪いが掛かっているし、直接寄ってくればテンプテーション系の魔術が掛かっている。俺は呪い解除が好きじゃないけど得意だ」

 そういう経緯でな。と苦々しく告げられた。

「ええ、でも、みんなカナイのことが好きなんでしょ。どうして、好きな人にそんなことをするの?」

 私は間違ってない。
 間違って居ないと思うのに、二人から珍しいものを見るような目で見られてしまい居心地が悪い。

「基本的にごり押しなんだよ。特に女は容赦ない。恐いぞ、本当に、お前、俺がどんな目に合いそうになったか知らないから、そんな風にぼけっとしてられるんだ。女同士が揉めたほうが面倒だからって、あの学長、俺にはどんな魅惑系の魔術でも呪いでも利用して構わないって公言しやがって、それが今でも尾を引いてるんだぞ……」

 はぁぁぁっと過去の黒歴史を思い出したのだろう、深い溜息を吐き机に突っ伏して頭を抱えたカナイには、ご愁傷さま。くらいの言葉しか思いつかない。
 そういえば、彼女は授業でも実践主義。
 落ちるか落ちないかという話をしていたような気がする。あの、ヴァジルさんなら「愛があるなら仕方ないですわ! 好きなら実力で落としなさーい!」と高らかに笑って許しそうだ。

「……ところ変わればというか、考え方も色々だねぇ……」
「お前、他人事過ぎ。それに利用されたんだからもっと責任感じろ」

 益々項垂れるカナイに、エミルはくすくすと笑っている。
 責任、責任……ねぇ。

「え、ええっと、ごめんね?」
「カナイがマシロに基本無警戒なのを知ってるんだから、利口なやり方ではあるよね」

 カナイがかじったのは大丈夫そうだよ。と全てをチェックしつつそういったエミルにカナイは全身で安堵していた。

「そういうのなら、騎士塔も大変ですよー、直ぐに決闘になりますからね。男女間は流血騒ぎの元ですね」

 わしわしとシャワー室から頭を拭きながら出てきたアルファの台詞にも、がっくりする。

「基本的に伸したほうにどうにかする権利がありますからね」
「どうにかって……」
「どうにかですよ」

 にこにこにこ……。その意味深な笑みはなんですか?

「なんか、平和なのって図書館だけだねぇ」

 女の子も少ないし、そういう揉め事もあまり聞かない。ああ、図書館学生で良かった。
 やれやれと嘆息した私に三人が顔を見合わせて、訳知り顔をする。「何?」と首を傾げれば

「ここは最低限のルールは守られているからな」
「そうそう、マシロちゃんの周りは大丈夫ですよ」
「ルールは大事だよね、ルールは」

 ……なんかみんなの笑顔が恐いんですけど……。
 図書館も愉快なやりとりが実は横行しているのかもしれない。

 そんなことを痛感した午後でした。

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