種シリーズ小話:銀狼譚
▼ 小種77『呪われてみました』

 ―― ……デロデロデロリン(某RPG風に)

 マシロは呪われた。

「……何今の?」
「呪われたんじゃないか?」
「私っていわれなかった?」
「……ティン、これなんだったんだ」

 私は可愛い宝石箱はないかと、ティンの露天を覗いていただけだった。そこへどういうわけか、カナイがひょっこりと合流して、二人がなんだか分からない話題で盛り上がっている間に、商品を色々と見ていたのだ。
 そこで、目に付いた、赤銅色の指輪を人差し指に嵌めたとたん謎の声が響いた。

 どうやら私は呪われたらしい。
 歩いたらヒットポイントが減るとかマジックポイントが減るのだろうか。心配ない私はもともとそんなもの数値化していない。
 だとすれば、身体的能力の低下。
 これも問題ない。
 もともと大した身体能力も持ち合わせていないからねっ。

 威張れた話ではないけれど、不安要素が少ないということは良いことだ。

「なんだったっけ? それ、魔法具……うーんうーん……忘れたさ」
「……は?」
「忘れた」

 にこりと良い笑顔を向けられても、私はどうしたら良いの?

「そうか、忘れたのか。なら仕方ない」
「そんなわけあるかっ!」

 とりあえず、納得しそうだったカナイをどついておいた。人事だと思って! 確かに、私が勝手にやったことだけれども、そんな危険なものを放置している店長もどうだっ。
 きっ! とティンを睨みつけたら「まぁまぁ」と両手をぱたぱたさせて、ちらと潰れたカナイに視線を送る。

「いってて……。お前さ、もうちょっと加減とか出来ないわけ。俺にどれだけ死亡フラグ立てたいんだよ」
「フラグとかいわないでよ。大体、それならカナイはいつだって立ちっぱなしでしょう」
「なんか卑猥な響きさ」
「「違うっ!!」」

 同時にティンを怒鳴りつけて私たちは立ち上がった。

「もう帰る!」
「あのな、話はちゃんと最後まで聞くのが……」

 いうくせにカナイは私の後ろを着いてくる。振り返ればティンが「お代は良いさー」と手を振るが呪われた上にお金までせびられたのでは堪らない。
 当然の対応だ。

「大体、魔法具っていうのは魔力が入ってるもんだ。それが尽きるまでしか効果はない」

 そういいながら隣りを歩いているカナイを無視して、私は人差し指に嵌めた指輪を必死に抜こうと努力するが、抜けない。

 どうやらしっかりと呪われている。

 こういうときは教会と相場が決まっているが

「マリル教会かなぁ」
「は?」
「いや、呪い解除は教会の役目でしょう?」
「……なんか良くわかんないけど、お前凄い世界に住んでたんだな?」

 日常生活していて呪われる機会はない。
 そうだ、教会へ行こう。という私の行き先をあっさり変更して寮に戻った。

「凄いっ! マシロちゃん呪われたんですか?」

 なんでアルファはそんなに楽しそうなのか分からない。
 ついでに良くあることなのか?

 きゃっきゃっというレベルで私の手を取って「本当に抜けませんねー」と指輪を引っ張ったり眺めたりしている。

「それで、呪われたらどうなるの?」

 エミルの当然だろう質問に、カナイは肩を竦める。

「売ってたティンが知らないっていうんだし、まだ何も変化がないからもしかしたら、外せないってだけの呪いなんじゃないか? 十分に迷惑だろ」

 そういって、私の前にお茶を置いてくれる。ふわりと立ち昇る湯気が鼻腔を擽る。

「じゃあ、内包してある魔力がなくなったら自然に外れるのかな」
「まあ、その可能性が高いな」

 気にするなということだろうか? そう思ってカップに唇を寄せたら、

「くしゅんっ!」

 くしゃみが出た。湯気を吸い込みすぎた。鼻をすんっと啜って、改めて口をつける。

「―― ……マシロちゃん」
「ん?」

 ほうっと一息吐いて、顔をあげたらみんなの時間が止まっていた。そして、掛かるアルファの声が若干震えている。首を傾げると、アルファがテーブルの向こうから身を乗り出して、どこから出したのか長い羽でこちょこちょと人の鼻先を擽る。

「ア、アルファ、一体何、を、、へ、くしっ」

 ぼわんっ

「え?」

 さっきは気が付かなかったけど……。

「マシロが増えたね?」
「ああ、増えたな」
「マシロちゃんが呪われてるーっ! ちょ、面白いっ。もっとくしゃみして見てくださいよ」

 ほらほらっと人の前で羽を振る。よく見れば羽ペンだった。

「ちょっ! やめっ! やめてよっアルファっ! くしゅんっ」

 ……また増えた。

「ねぇ、マシロ?」

 エミルの声が掛かり、私は顔をあげた。
 そして、マシロ(偽?)も全員エミルに注目。

 エミルが若干引いたような気がするけど、ごめんね、私のせいじゃない。

「身体大丈夫?」
「「「平気だと思う」」」

 ……全員同じ答えだ。

「便宜上、本体が喋れ。鬱陶しい」

 こちょこちょこちょ……くしゅんっ。背後で一回くしゃみが聞こえた。

「ちょ、アルファっ」
「アルファひどぉいっ。マシロ悪いことしてないのにー」

 ……お前は誰だ。
 便宜上出てきた順に、記号をつければ彼女はマシロCあたりだ。アルファが私にやったのと同じ方法でマシロCにくしゃみをさせたのだろう。……なんかC’的なものが出た。

 私より一回り小さい。

「……マトリョーシカみたいね」
「くしゃみ一つでマシロが量産されるんだねぇ……凄いなぁ」
「魔力が切れたら消えるんだよね。私……これ回収して部屋に篭ってるよ」

 かたりと立ち上がったらアルファから「えーっ」というブーイングが掛かった。

 何故だ。
 こんな鬱陶しい代物必要ないだろう。

「それでどうして、泣かしてるの?」

 そして、マシロCは泣いている。つられてC’も泣いている。

「え、いや、その、どうしてでしょう? くしゃみさせたら泣いちゃって」
「ねぇ、それよりあっちのマシロを何とかしてあげなくて良いかな?」

 戸惑い気味のエミルにそういわれてその視線の先を見る。

「有り得ない。こんな悲劇的なことがあって良いはずない。良いはずない。こんなの夢に違いない、違いない。早く覚めろ。目を覚ませ私……」

 ぶつぶつぶつぶつ。
 いつのまにか部屋の隅っこに移動していたマシロBが蹲ってぶつぶついっている。気持ち悪い。

「あ、あんまり見ないで、恥ずかしいから」

 因みにマシロAは、恥ずかしがって私の後ろにぺったりを張り付いて周りの様子を窺っている……。
 何だこの悪夢。
 マシロA:恥ずかしがり
 マシロB:超ネガティブ
 マシロC、C’:泣き虫
 みたいだけど……

「もうちょっと増えたらどうなるのかな?」
「どうにもなりませんっ!!」

 懲りないアルファの手を叩いた。

「僕はやっぱり本体か、Aが良いな。可愛いよね。真っ赤になっちゃって」

 エミルののんびりとした発言にマシロAは、益々恥ずかしそうに私の背中で小さくなった。その声に、マシロBが「どうせ私なんて、私なんて」とネガティブマックスになった鬱陶しい。

「え、えーっと、ごめんね? どんなマシロも好きだよ。大丈夫」

 エミル、ほだされなくて良いから。それ、本体(私)じゃないから、大丈夫だよ。というか私はどんな辱めをここで受けているんだ、早く回収して部屋に篭らないと。

「っくしゅん」

 マシロAがくしゃみしたっ! また、若干小さめのマシロが出た。

「やだぁ〜。もう、どうしてこんなに私が一杯なのぉ? マシロわかんなーい」

 ……Aが退化して、脳内お花畑が出てきた。
 やめて、やめて、これ以上私を増やすのやめてっ!

「―― ……楽しいな。俺にもやらせろよ」

 ネガティブマシロBがくしゃみしたら

「遊んでんじゃないの! どうしてこんなことばかりするのっ! あんた馬鹿でしょっ! 実は馬鹿なんでしょ」

 げしげしげし、暴力的な私が出た……

「な、何で俺ばっかり」

 カナイが激しく攻め立てられている。自業自得だと思わなくもないけれど、可哀想に。反撃も出来ないから蹴り倒されまくっている。

「まあ、アレは放っておいて、」

 あっさりエミルがカナイを切り捨てた。

「僕、マシロAとA’引き受けようかな」
「じゃあ、僕は、マシロちゃんCとC’の責任をとります。Bはカナイさんが纏めて面倒見てくれます」

 ちゃっちゃと当番を決めて各担当のマシロを連れて、部屋から出ようとしたエミルとアルファの首根っこ――実際は腕――を掴まえた。

「どのマシロも部屋からは一歩も出しません。出るなら一人で出てください」
「え、でも、ここじゃ、狭いし」
「勝手に増やしたアルファが悪いでしょっ!」


 ***


 結局大量分裂した私は、一晩でぽぽぽぽーんっと消えてくれたものの。私の心の傷心度は半端なかった。

「まあ、基本的に持っている性格の一部が特出して出てくるもんだよね」

 というエミルの一言によって……。


 ……どうせ私は根暗で、照れ屋で泣き虫。その上、暴力女だ……

 そのあとも、退屈だからとアルファが増やしまくって本当に色々な私――断じて違うと思う――を見せてもらった。

 人間色んな一面を持っているものだ。


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