種シリーズ小話:銀狼譚
▼ 小種78『騎士vs種屋』

 ―― ……キィィ……ィン……

 広い騎士塔の練習場で真剣を打ち合う音が響いた。
 高く澄んだ音は開放感のある空間に響き渡り、青い空へと溶け込んでいくようで美しい。

「力入りすぎているんじゃないですか?」

 目の前で鋼の刃を煌かせている二人は、アルファとブラックだ。なんで、ここでこんなことになったかといえば…… ――

『マシロちゃん、今日は騎士塔で型を教えるんですよ。剣舞のようなものもやりますから、見に来ませんか?』

 というアルファの誘いに乗っかった。
 騎士塔はあまり良い思い入れのない場所だけれど、アルファも一緒だし――私はきっと学習能力が皆無なので、アルファが一緒のときにしか騎士塔に行かないことを忘れていた――大丈夫だよねーと高を括って遊びに来た。

 最初はいっていた通り、剣舞を披露してくれた。
 今は争いごとが殆どないから社交界とか公の場で、騎士が模擬試合をしたり、剣舞を披露したりは良くあることらしく必須科目の一つになっているらしい。

 そして、アルファのそれは素晴らしく、意気揚々としていて、キラキラと輝いて見えた。光の指す方向、風の拭いてくる方向まで計算されつくしたような動きは正に芸術だ。

「すごーい! 格好良い」

 一礼が済み、周りからも拍手が起こったところで私もぱちぱちと手を叩いた。

「そうですか? 少し詰めが甘い気がしますけど、鈍っているのではないですかね?」

 気が付けば隣りに座っていたのはブラックだ。
 周りの生徒から「あれ誰だよ」とか「ここは魔力の干渉を受け付けないんだぞ、あいつ突然出てきたよな」とかちらほらと聞こえてくる。

 全く無精だから、直ぐに魔術を使う。
 そういうところはカナイと似たり寄ったりだ。

「へぇ、普段魔力やら、飛び道具しか使わないような、闇猫さんの方が余程鈍ってるんじゃないかなぁ……」

 ブラックの一言は、つかつかと私のところへ戻ってきたアルファの闘争心に火が点いた。と、いっても基本的にアルファはブラックに対していつも好戦的だから当然の結果といえばそうなのだろうけど。

 私は、はあと嘆息し少しくらい冷静だろうブラックを止めようとしたら私の手は何も掴まなかった。

「なるほど、そう、思うのなら試してみますか?」

 ブラック。相当暇だったようだ。

 ―― ……で、こうなってしまったわけだ。

 二人とも流石というか、なんというか、一重に大人気ないと思うのだけど、結構長い時間打ち合っていると思うのに息一つ上げていない。
 ああ、お星様が煌くまでにこれは終わるのだろうか?

 現役種屋店主と天才騎士との模擬試合ということもあって、時間経過と共に観客が増えてきた。

 こんな風に誰かの前でなんて、通常ならブラック直ぐに切り上げるだろうに、もしかして、押されているのかな? アルファの実力を認めないわけではないけれど、ブラックどうしたんだろう? 確かアルファはまだ一度もブラックに一太刀浴びせたこともないはずだ。

 そして、流石というのか、素人の私から見ても二人の剣戟には迫力があった。
 アルファの太刀は太く重い。
 その小柄な体格から繰り出されている剣の重さとは思えないほど重圧なものを感じる。ブラックが受け流すたびに地面が震える。

「あれは普段アルファさんが大剣振ってるからだよ」

 隣りに居た生徒さんが教えてくれた。
 対して、ブラックの剣は軽く流れるよう。
 綺麗に受け流し衝撃を最小限にとどめているのが分かる。繰り出す太刀は細く鋭く的確。

「やっぱすげーよな。アルファさんの太刀を片手で受け流してるんだぜ」
「あれ、どっちかが緩んだら腕の一本くらい使えなくなるよな」
「えっ!」

 物騒な台詞も聞こえた。
 あの二人は普段からあんな感じだから私はなんとも思わなかったけれど、同じ剣技を扱うものからすれば一瞬の油断も許されない状態らしい。

 それを“遊び”でやっているのだから、二人ともお馬鹿さんだろう。

「ねぇ! そろそろ帰ろうよっ!」

 本当に終わりそうにないから、大きな声で呼び掛ければアルファは「ブラックがやめるなら!」と叫びブラックは「嫌です」と答える。二人とも私の声が聞こえるなんて余裕ですね。
 それにしてもブラック、何をムキになってるんだろう?

「まだ、マシロに格好良いっていわれてないです」

 ―― ……は?

 なんですと? 今ブラックは何ていいました?

「おい、聞いたか?」
「ああ、闇猫は格好良いっていわれたいらしいな。偉く世俗的なんだな?」

 やっぱり?! やっぱりあのお馬鹿さんそんなこといってたの? むっちゃこっち見てるんですけど……。恥ずかしくていえるものもいえなくなります。
 あの人どうして、私のことになるとあんなに馬鹿! なんだろう。

 頭悪い、恥ずかしいっ。
 ああ、穴があったり入りたい。

 ブラックの台詞に外野から黄色い声が飛んだけど、当然のように無視だ。

「君じゃない?」
「いってあげたら?」
「いぃぃ、いや、ですっ」

 隣りに居た生徒さんが声を掛けてくれるけど、益々真っ赤になって頭の天辺から湯気が出そうだ。
 ぶんぶんっと頭を振って演習場から顔をそらした瞬間。

「ちょっと! 余所見とかやめてよっ!」

 ガキィンッ

 ひときわ大きな音がして、私は慌てて視線を戻したら「おっと……」ブラックの手から剣が離れた、というか、剣ーーっ! こっち飛んできますけどっ!!

「いやっ!」

 思わず頭を抱えてその場に、がばりっと座り込んでしまった。
 一陣の強い風が私の髪を揺らして抜けていく。
 キィンと弾く音が響いたあと、ザクッと土に刺さる音がして辺りが、しんっと静まり返った。

「っ、全く。ここは騎士候補生の居るところでしょう? 女性一人守れなくてどうするんですか」

 いって普段の愛刀を、ちんっと鞘に仕舞う。
 目の前にあるのは見慣れた背中。

 もちろん、ブラックだ。

 そして、ぱっとそれを消してしまうと私を振り返ってそっと手を伸ばしてくれた。

「マシロちゃん、ごめーんっ! 大丈夫ですかっ」

 アルファが叫んで駆け寄ってくる声でようやく周りの時間が戻ったようだ。

 わっと歓声が上がる。
 黄色い声がちょっと多い。

 なかなか手を取らない私にブラックは首を傾げるけど、ちょっと、ちょっとだけ、待って、腰が抜けてしまった。立ちたくても膝が笑って立てない。
 気が付いたのか、ブラックは私の手を取って、すっと引くと腰にそっと触れた。刹那触れただけだけど、次の瞬間には、普通に立ち上がることが出来た。

「ありが、とう……」
「いいえ」

 にっこり微笑んでくれるブラックは、格好良いと思うよ。いわないけど。なんか今いったらいわされてる感が否めないでしょ?

「もう、終わりにして帰ろうよ」
「それは、アルファが決めるのではないですか?」

 ちらりと後ろを見れば、直ぐ傍で地面に突き刺さっていた剣を引っこ抜いていた。そして、私と目が合うと「ごめんねー」と重ねる。

「でも、剣を落としたのはブラックだから、僕の勝ちですよね」
「ほぉう、マシロのほうへ剣を弾いておいて、良くいえますね? 貴方で追いつきましたか?」

 挑戦的に睨みつけられて、アルファは「うっ」息を詰めた。アルファの立ち居地の方が私に遠かったんだし仕方ないと私は思うけど、アルファもブラックもそうは思わないだろう。

 アルファは、むぅっ! と頬を膨らませて「じゃあ、引き分け」と纏めた。
 もう、どうでも良いよ。
 ブラックが「お好きなように」と肩を竦めれば、アルファはパンパンッと手を叩いて「試合は終わりー」と声を張り上げた。

「それから、」

 ざわざわと散っていく生徒に混じって私の傍に居た生徒たちも踵を返したが、アルファが「ちょっとそこら四人くらいは待って」と引き止めた。ぎくりとご指名を受けた四人は肩を強張らせる。

「緊急時の対応が遅い。中央に居たブラックが追いついたのに、君たちが対処出来ないのは、もちろんペナルティーだよね」

 いってにっこり。
 それは妥当なのか? とちらとブラックを見上げれば「当然ですよ」とツンっとする。こちらさんも微妙にお怒りモードだ。

「で、でも、闇猫と一緒にされてもっ」
「おれたちには到底無理ですって!」
「―― ……はい。いい訳しない。将来的に君たちが相手にするのが、種屋でない保証なんてないんだ。対峙したら相手が悪かったで済ませるの? 騎士としての誇りはないのかな?」

 アルファは結構スパルタだ。

「というわけで、王都外壁三周ね」
「え。王宮でなくて」
「耳悪いの? 王都。もう一回いおうか? お・う・と。それが嫌なら僕から一本とるかのどっちかにしてよ」

 近くを通っていた生徒に地面から抜き取った剣を預けながらそういったアルファに、ペナルティーを受けた面々は「走りますっ! 走ってきますっ!」と口々に零して駆け出していった。
 偉いなー頑張れよー……。と見送れば隣りでアルファは屈伸運動していた。

「じゃあ、僕も追いつけなかったんで走ってきます。マシロちゃんは」
「ブラックと帰ります」

 即座に答えた。
 一緒に如何とか、アルファならいいかねない。

 王都の外壁伝いなんて走れるかっ。私にはそんな底なしの体力ない。私の当然の反応にアルファはにこにこと笑い、じゃあ、先に帰っててくださいねーと、走り去ってしまった。
 もう見えない。

「―― ……帰ろうか」
「そうですね」

 帰る道すがらブラックは、とーっても大人しかった。その空気に耐えかねて、おずおずと口を開いた。

「す! 凄く、綺麗だったよね。あ、遊びとはいえ、あんまり、剣を抜いては欲しくないけど、うん。凄いなと思ったよ?」

 どうしよう。自分で口にしてもわざとらし過ぎる。恥ずかしいくらい取って付けた感が否めない。だからいいたくなかったんだよ。
 益々あわあわした私に、ブラックは、我慢出来ないという風に、ぷっと吹き出した。

「ありがとございます」
「何で笑うの」
「いいえ、マシロは可愛いなぁと思っただけです」

 ちょっと馬鹿にされている風な物言いに、少しむくれる。

「どうせ、私は可愛くないよ。大体、人前で恥ずかしげもなく恋人のことを格好良いなんていえるわけないじゃん」

 考えただけで顔から火が出そうだ。
 今もちょっと熱い。

 だから両手でほっぺたを押さえてぶつぶつと零した。

「そりゃ、守ってもらったときは、ちょっと? いや、かなり、格好良かったし、感動したけど」

 私がぶつぶついってるのにやけに静かだと思って、隣りをちらりと見ればキラッキラしていた。
 どうしよう、感動するようなボタン押してしまっただろうか。
 マシロ、マシロと嬉しそうに呼ばれてしまう。

「ぎゅってして良いですか?」
「嫌です」
「ねぇねぇ、ぎゅっとして良いですよね」

 人の話し聞かない体を何とかしてください。
 つかつかつかと歩く足速度を速めて、小走りになる。そして、流れで全力疾走になっても

「マシロ可愛いです」

 ……ぐぇっ
 結局掴る。分かってる分かってるけど。反射的にダッシュした。この人の周りが見えなくなる癖もどうにかして欲しい。
 本気で私たちのことを隠す気があるのか些か疑いたくなった。

「好きです。愛してます」

 ―― ……まあ、

 今のこの状態のブラックを種屋だと認識する人の方が少ないような気がしてきた。
 なるほど、これは意外性という盲点だろうか。


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