種シリーズ小話:銀狼譚
▼ 小種75『もう少しだけ』


 カナイが女の子から人気があるのは知っている。
 あんなに、ヘタレなのに、あんなにおっさん臭いところがあるのに……庭で猫とか撫でてる姿はご隠居なのに。それでもカナイは未だ人気がある(らしい)他はどうなんだろう?

「―― ……というわけでね?」
「うん。何が、というわけなの?」

 本日はちゃんと実験室を借りて、材料を煮込んでいるエミルを掴まえた――つい先日も、自室で異臭騒ぎを起こして、部屋で調剤することを禁止された。元々部屋での調剤は禁止だ――因みに、わざわざギルド依頼を出して、私に材料を調達させたのは補足説明として一応して加えておく。

「エミルって絶対モテると思うの」
「また、突然だね?」

 頼まれていたのは普通に、市場とかで手に入るドライフルーツとか、細々したものだ。確かに店は梯子したけど、大したものはなかった。
 エミルは広い机の上に並べる品々を、確認しながら「ありがとう」と告げそれで? と話の続きを促してくれた。

「だってさ、確かに図書館は男の人ばっかりだけど、外に全然出ないわけじゃないし、縁がないにも程があるというか……」
「えーっと、うん?」

 熱く語る私にエミルは困ったように微笑む。

「エミルの恋バナが聞きたいな」
「……もしかして、マシロ、暇なのかな?」
「うん。凄く……」

 嘘を吐くことも隠すこともしない私にエミルは苦笑したあと、重ねてうーんっと唸る。
 エミルに限ってそういうお話ゼロとは考え辛い。
 大体、私のイタイ話ばかり聞かれているのに全然知らないのはフェアじゃない。と、今思った。

 それを察したのかエミルは手元の良く分からない作業を続けつつ――同職の私に分からないといわせるんだから、余程微妙なもの作成中だ――そうだねぇ……と、首を捻る。

「恋バナ? っていうと恋の話? やっぱり女性関係ってことだよねぇ」
「別に性別は問わないけどね」

 さらりと口にした私に、マシロって許容範囲が広いよね。としみじみ溢す。もちろん私は同性に恋心を抱いたことはないけれど、好きになったのが同性ならそれはそれで仕方ない。とは頭では思っている。

 エミルは、うーん、うーんと唸りつつ、何とか話を進めてくれた。

「話して聞かせて上げられるようなことはないけどなぁ、まあ、社交界に頻繁に出席してた頃はそれなりになくもないけど……でも、やっぱり、ちょっと違う気がする」
「社交界?」

 なんだか、私には一生縁のなさそうな単語が出てきた。
 私の興味が逸れたのに気がついたのか「もう、何年も前の話だけどね」とエミルは前置いた。

「王宮に居たころは頻繁に顔を出していたよ? というか、出さざるを得ないというか……兎に角、母が顔を出したがったからね。それに付き合わないといけなかったんだ」
「お母さんはそういうの好きなんだ? エミルは、そうでもなさそうだね?」

 がたごとと、背もたれのない四角い椅子を引き寄せてきて私は腰を降ろしながら訪ねる。居座る気満載です。

「どうかな? 好き。ではなかったと思うよ。世渡りが苦手な人じゃないのかな。僕は良く分からない。ただ、夜会にせよ、茶会にせよ、彼女の目的は一つだったのは知ってるよ」

 一つどう? と、さっき買ってきたばかりのドライフルーツを渡してくれる。プルーンくらいのそれを受け取って、ぱくり。甘い。

「セルシスに会うため、だったと思う。周りもみんなそういっていたし、彼女はそれについて明言はしなかったけど、間違いではなかったんだと思う。だから、僕一人留守番というのは体裁が悪いから、同席してた、というかさせられてたんだ」

 う。理由が暗い。
 そういえば、エミルって今は爽やか王子様だけど、自分で認める根暗っ子だったらしい。

 外から見たらどうだったのかは知らないけど。
 今の姿からは微塵も想像出来ないけど。

「や、やっぱり、社交界って、歌ったり踊ったり?」
「いや、歌は……まあ、歌わなくもないかな? そういえば歌っている人も居たかもしれない。煌びやかな中に、色んなものが混じっていて、みんな目的はばらばら。明らかなのは自分の保身強化かな。その中に色恋も混じってる」

 見てる分にはそこそこ面白いよ? と、にこにこ口にしながら、ひらひらと白い糸のような花びらを鍋へ振りいれた。

「それ」
「ん? これ、アルク草だよ」
「何作ってるの」
「真実薬の改良版。新種を作ってみようかなと……」

 ぐるぐるぐるぐる……ほわりと微妙な色の煙が上がった。イング・リーマにはあまり良い思い出がないのだけど、まあ、悪くもないけど……。

「じゃあ、そこでモテるんだ」
「肩書きは王子だからね。継承順位は末の王子だけど、その辺りはどうとでも出来る術があるから、気にしない人は気にしない」

 ―― ……種、か。

 苦い思いが湧いてきたけど、それがこの世界では当たり前。誰もそんなことなんとも思わない。

「でも、面白いくらいみんな同じに見えたよ。同じように微笑んで同じような台詞を告げるんだ。マニュアルでもあるのかと思った……」
「ふーん……良く分からないなぁ」
「マシロは絶対分からないよ」

 くすくすと笑いつつあまりにもはっきりそう告げられるので、ちょっと傷付いた。

 どうせお嬢様気質な部分は一欠片もない。

 ぶすっと、残りのドライフルーツを、ぱくりとして黙ってしまった私に気がつくこともなく、エミルは本人的には完成したのか出来上がったそれを、さっき私が食べたドライフルーツに針を刺し流し込んでいる……。

「それ、どうするの?」
「もちろん、カナイに食べてもらうんだけど。どこかで見かけなかった?」
「知らない」

 もちろんなんだ。そこは決定事項なんだ。という部分は突っ込まない。もう、変えることの出来ない役どころだろうから。

「そっか、また、館内の奥のほうに居るのかな?」
「そうじゃない?」

 かたんっと興味がそれて立ち上がった私の不機嫌さに、やっと気がついたのかエミルが「マシロ?」と不安そうに呼びかけてきた。
 放っておいてくれれば直ぐに治るのだけど、隠すつもりがなかった私も悪い。

「ええっと、僕、気に触ることいったかな?」
「別に、私は確かに女の子らしくないなーと思っただけ」
「え、ええ?! どうして? どうして、そんな話になるの? マシロは女の子だし、マシロらしいよ!」

 あ、エミルが天パって来た。
 ちょっと拗ねただけのつもりが、面白いいい回しをされてしまった。なんかもう全然褒められている気がしないのだけど、きっと絶対、エミルは褒めているつもりだ。

 どうしよう。面白い。

「マシロは可愛いし、キラキラしてるし、マシロの代わりは誰にも出来ないよ」
「それは私が種を持ってないからでしょ」

 ちょっと意地悪をいってみる。そんなこと今更なのだから、私は気にしてない。

「僕には素養なんて見えないよ。僕が知ってるのは、マシロが見せてくれる今の姿だけだ。マシロが心を閉ざしてしまったら僕には何も見えない」

 ごめんね。許して……と本格的にしょんぼりさせてしまった。
 完璧に私はいじめっ子だ。思ってもいないことでエミルを傷つけた。

「えーっと、その、ごめん。私のほうがいい過ぎた。別にそんなこと思ってないよ。えっと、その、褒めてくれてありがとう」

 なんとか浮上させようと頑張るしかないと思う。
 きょとんと、不思議そうにエミルが私を見ている。本当に私が怒っていると思ったんだろう。
 原因も分からないくせに、そんな風に思うのも失礼だと、思わなくもないけど……きっとエミルは繊細なんだろうな。

「社交界とかきっと永遠に縁がないと思うんだけど、そこに出られるような淑女じゃないと痛感させられたような気がしたの。ただ、それだけなんだよ」

 当たり前のことだよね。と肩を竦めれば、エミルは益々不思議そうな顔をして首を傾げる。どこが疑問なのだろう?

「マシロは素敵な淑女だと思うよ?」

 え?

「今はまだ大丈夫だけど、そのうち確実に社交界なんて呼ばれる場に出ないといけないと思う」

 ええ?

「もう、マシロは“白月の姫”だと上層部に明言してしまったんだ。ブラックもあまり好きじゃないだろうから、そんなに頻繁じゃないと思うけど」

 えええ?

「そのときは、是非僕にもドレスを贈らせて。エスコートもしたいけど、きっとケチだからあの猫はさせてくれないだろうなぁ」
「ちょ、は?」

 にこにことエミルが言葉を重ねるごとに私の頭の上の疑問符が増えていく。そんな私を見て、微笑むエミルはさも当然というような態度だ。

「ああ、ダンスの練習もしないとね」
「無理。無理無理無理。無理だよね。嘘だよね。有り得ないよね。何それ、いや、無理無理無理。給仕としてくらいなら、外から見る程度なら、うん」
「ふふ。どうしてそんなに慌てるの? 出たかったんだよね」
「出たくないよっ!」
「あれ?」
「しかも、ダンスだなんて」

 考えただけでくらくらしそうだ。私が知ってるのなんて、盆踊りとかフォークダンス程度……社交ダンスなんてとんでもない。そんなのテレビ番組を見てるだけで丁度良い。

 あわあわしている私をとても楽しそうに見ているエミルにとても面白くない気持ちになる。

「じゃあ、淑女たちに囲まれてあわあわするエミルも間近で見れるんだね」

 皮肉たっぷりに口にしたのに、にっこり微笑まれた。

「そのくらいに僕を見ててくれるなら嬉しいな。気分を害してくれたらもっと嬉しい」
「―― ……っ」

 ふわわわっと顔が真っ赤になるのが自分でも分かる。
 いつものことだし、分かりきったことだけど、エミルには、到底敵いそうにない。うぬーっと眉を寄せた私にエミルはくすくすと笑う。

「それに、僕は誰に好意を寄せてもらっても、どうしようもないんだよ」

 ぽふりっと大きな手が頭にのっかり、ゆるゆると撫でていく。そっと距離を詰めたエミルからはふわりと甘いアルク草の香りがする。

「もう少し、少しだけ、時間が欲しいよ」

 そっと顔を寄せられて、耳元にちゅっと唇を寄せられる。

「エエエエミルっ?!」
「うん」
「カ、カナイを、探そうっ! そうしようっ」

 ばっとエミルから距離を取って、エミルの腕を強引に引っ張り部屋を出た。窓も開けずにアルク草を煎じるのは間違っている。



 そして、エミルの予言は近い未来本当のことになる…… ――


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