種シリーズ小話:銀狼譚
▼ 小種74『月に見る夢2』

 王宮での素養確認はあっという間に終わった。
 ここには、それを専門職とするものが居る。そこへお目通りを願えば良いだけだ。僕の傍には、どういうわけか終始機嫌の良いラウが着いていて、いつもなら、時間ばかり取られるはずの謁見も「いって良い?」「良いよ」くらいの感覚で行われた。

 こういうときに、ラウは便利だ。王宮内各方面――主に上層部――に顔が利く。

 今は何よりも時間が大事だ。
 くだらない雑用に時間を取られることほど、馬鹿馬鹿しいことはないから、良かった。
 そして、僕の王位継承順位の格上げは、すぐさま王城を駆け巡り、王宮の人たちの態度は一変した。
 これまで居ても居なくても特に気にも留めなかった者たちが、僕にへりくだり腰を折り膝をつく。

「権力とは、こういうものですよ。そう面白くないという顔をしないでください」

 これまでとなんら変わらないのは、このラウとカナイたちくらいだ。面白くなくて当然だ。さっきなんて、キリアがわざわざ祝辞を述べに上がっていた。そして、是非とも母にもその姿を見せて欲しいと膝を折る。

 あの人は、こんなこと望まないだろう。
 二度と戻らないほうが良いくらいだ。

 こうなって喜ぶのはキリアたちだけで、あの人は、きっとまた自分は捨てられたと悲観し、嘆き悲しんで、壊れていく。

「……エミル?」
「え、あ、ごめん。何?」

 あの日から雪は止み、日中は太陽の光で、夜中は月明かりで地上の雪はしっとりと煌く。
 上位継承順位を得た僕に与えられた棟は広く、大勢の部下を与えられた。何をするにも他人が纏わりつく。鬱陶しいことこの上ない。そんな中、やっと私室で一息吐いていたら、ぼぉっとしていたようだ。

 大丈夫か? と、重ねたカナイに、平気だと答えて、戸口に控えていた使用人を部屋から出した。
 人の気配が完全になくなってから、カナイを呼び寄せて話を始める。

「どう? 教会直りそう?」
「ん、んー、ああ、まぁ、大丈、夫……と、思う」

 ごにょごにょと曖昧なカナイに、笑みが零れる。無理難題を強いたのは分かっている。でも、カナイならきっとやってくれるはずだ。

「出来れば王宮での審判は避けたいんだ。マシロをここへ呼びたくない」
「―― ……やっぱり召集が掛かるのか?」
「うん。二つ月の列席が絶対の条件として提示された」

 ジルライン陛下が、どういう意図で、どういう興味でそういうのかは分からない。けれど、どちらにしても陛下がそう仰る以上動かない条件だ。飲むしかない。

「僕はマシロを王宮裁判所なんかに連れ立ちたくはない。あそこは生きた人間が行くような場所じゃない……」
「俺は王宮内には詳しくないから、お前がそういうならそうなんだろ? 夜を徹してでも何とかする」

 はっきりとそう告げられ僕は頷いた。

「人数は足りてる?」
「ああ、一人良く働くヤツが居るな、そいつが手間を取らせたんだろう?」

 苦い顔をしてそういったカナイに苦笑する。

「そんな顔しなくても、僕は書状を認めただけだよ。それを図書館学長まで運んで承諾させたのは彼女なのだから、褒めておいてあげると良いと思うよ」
「まあ、お前が気にしないならいーけど……」

 肩を竦めたカナイに、それからと、話を続けた。

「明日その件で、マシロに打診を求めに行くんだけどそのときまでに、ね?」

 にこりと告げればカナイは僅かに眉をひそめて「お前、人遣い荒すぎ」と溢し、それでも「了解」と続けてくれて胸を撫で下ろす。

 とりあえず、直ってなくても直ったことにして話を進めて大丈夫だろう。

 行って良いよ。と退席を許したら、直ぐに同意してくれたのに、カナイはなかなか動かない。

「どうかした?」
「―― ……あ、いや、どうするのかと、思って」
「え? ふふ……何? レニ司祭のことが気になるの? それとも、マシロ?」

 逡巡しながら繋ぐカナイの姿が可笑しくて笑って問い掛ければ、首を振る。

「お前だよ」
「僕が、何?」

 今度いぶかしむのは僕の番だった。

「……いや、良いんだ。悪い、仕事に戻る」

 それなのに凄く中途半端に話を片付けて、カナイはくるりと踵を返した。僕が呼び止めないから、そのまま真っ直ぐに部屋を出て行く。扉が完全に閉まってから、僕は壁に背を預けてまた暗闇をぼんやりと眺めた。

「ああ……ハクア、掴まえておいてもらわなきゃいけないんだった……」

 まあ、アレはマシロの傍に恐らく留まっているだろう。居なければ、アルファにでも追わせよう。

 ―― ……それで、僕が……何?

 カナイの戸惑いがしこりのように喉に詰まる。
 無意識に首を擦る。

 本当に、息苦しくて敵わない。


 ***


 翌日、久しぶりに見たマシロは、思ったよりは顔色が良くほっとした。
 少しだけ、元気がないように見えるのは、まだ、疲れているから、かな?

 案にそう考えていたら、その不安の色は、僕に向けられていたものだった。真っ直ぐに僕への不安をぶつけるマシロに、詰まったしこりが大きくなる。

 苦しくて息が詰まりそうで、早くこの場から立ち去りたいがために、マシロに辛く当たってしまった。

「ないよ」

 そう突き放してしまったことで、自分で自分の首を絞めた。
 そして、どうやら周りの首も絞めたらしい。

 ブラックは兎も角、カナイやアルファまで目くじらを立てた。まあ、当然の反応だと思う。もし、他の誰かがマシロにこんな態度を取ったら、僕も黙っていないだろうから……。

 謝罪しようと、口を開きかけたら、どういうわけか、マシロが先に謝った。それに続いた言葉に、僕はうっかり謝罪を忘れてぽかんとしてしまった。

 今、マシロはなんて?

 今回間違いなくマシロは一番の被害者のはずなのに、一番迷惑を被ったのはマシロなのに……どうして、彼のために頑張れるのだろう? 頑張ろうだなどと思えるのだろう?

 どうして……?
 どうしてって、そんな……ふふ……答えは簡単だ。

 ―― ……マシロだからだ。

 ころんっと苦しくて堪らなかったしこりが落ちた気がした。


 ***


 帰りは行きよりずっと急いだ。

「僕。審判たちの決定するだろうことに従うつもりだった。だから、次を考えていた。ハクアが妥当ではないか、とか、ね……」

 帰城し、石の廊下をこつこつと大股で歩みつつ、後ろに付いてきていた二人に告げた。

 そう、僕はハクアに司教の種と司祭の種を飲ませれば良いだろうと考えた。喜んで飲みはしないだろうが、飲ませる方法なんていくらでもある。
 飲んでしまえば、素養は絶対だ。いくら白銀狼とはいえ、いや、思考能力も高い白銀狼だからこそ抗うことは出来なくなるだろう。

 世界の、国のシステムさえ円滑に動けば良い。誰がなっても一緒だ。
 そう、寸刻前まで、本気で思っていた。

 アルファは、ほんの少し驚いたようだったけど、カナイは分かっていたようだ。
 
 こんな思考こそ、王家の素養が確実に僕を蝕んでいた証だ。らしくない。

「覆す」

 きっぱり宣言した僕に後ろで二人が顔を見合わせたのが分かる。

「覆そう。大丈夫、僕らなら出来るよ」

 やろう。そう告げて、首だけ振り返って微笑む。
 不安がなかったわけじゃない。

 でも、そんな僕に力強く頷いてくれた二人が居た。だから大丈夫。やれるはずだ。

「ラウ! 王宮審判の方たちを集めて。話がある。都合がつけば、陛下への謁見も取り付けておいて」

 領域に戻って直ぐに出迎えに来たラウは、僕が上げた声に少しだけ驚いた顔を見せたあと、静かに口角を引き上げて、恭しく腰を折った。


 本当の雪解けはもう間近だ…… ――


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