種シリーズ小話:銀狼譚
▼ 小種68『陽だまりの園』

 エミル様からお話を聞いたときには驚いた。
 まさか、レニ司祭がそこまでやるとは思っていなかった。それに……

「注意しておいたのに」

 はぁ、と溜息。レニ司祭が要注意人物だと、僕は確かにマシロさんには告げたと思う。

 十分理解してもらったと、思っていたのに……。

 仕方がないなと、溜息を重ねて朝日が眩しい空を仰いだ。
 今朝は久しぶりに雪がやんで晴れ間が覗いていた。雪に陽光が反射してキラキラとしている。マシロさんならはしゃぎそうな感じだなと、簡単に想像できて胸のうちだけで苦笑した。

 僕は、マリル教会の裏口で数台の馬車と共に待機している。何をするかが決定されればエミル様たちの動きは早い。

 種屋店主殿はきっと暴走するだろうからと、まずは子どもたちを非難させることにした。
 そのために先行してカナイさんが侵入している。
 普通に裏口の扉を開けて入っていたけれど、きっと扉には閂がかかっていたと思うし、簡単な結界も施されていたと思う。それらをこともなく無視していくカナイさんは流石というか……。

 ある意味あの人も規格外だ。

 そして入り込んだ内側から結界を張り、こちらの動向を内部の人間に悟られないようにする。それらの下準備が終わるまでの待機だ。

 一時、陽だまりの園の子どもたちを王宮へと移すのだけど、その手配を整えてくれたのはラウ博士だった。エミル様が自分では話が直ぐに通らないだろうと、ラウ博士を向わせればあっさりだ。

 暫らく王宮を出ているとはいえ、現執政官の息子という肩書きは健在らしい。そして、それは王位継承順位の低い王子よりも強い発言権を持つものだ。

 僕はなんとなく苦い思いがしていたが、エミル様が苦笑して「気にしなくて良いよ」と僕の頭を撫でた。
 同じ血筋であるはずなのに、エミル様は僕と違ってちゃんと、王家の素養もお持ちなのに、ないがしろにされるのはオカシイ。

 それに、エミル様を粗野にされると腹立たしい。

 カナイさんやアルファさんはなんとも思わないのかとぼやけば、ぽんぽんっと肩を叩かれた。子ども扱いされて面白くない。

 自分自身がどんなに背伸びしても、あの人たちには敵わない。認めたくはないけれど、出自はどうあれ、僕は箱入りだ。

 はあっと落とした溜息は誰にも拾われない。
 ほわりと浮き上がった白い息が消えると同時に、裏口が開いた。

「よお」
「……ロスタ」

 よりにも寄って一番に出てきたのが彼だとは運がない。前に顔を合わせたときには、なんというか、どういって良いのか分からなくて僕は逃げた。

 だから、もう勝手に無視してしたがってくれれば良いのにと思ったけれど、ロスタはそんなヤツじゃない……。
 どちらかといえば、おせっかい焼きだ。誰かさんと同じで。

「悪いな」

 ぽんっと僕の肩を叩いてそういったロスタに驚いた。

「とりあえず、こいつら振り分けて乗せりゃ良いんだろ? 入ってきたデカイ兄ちゃんは用があるからってあとはお前に従えってさ」
「……あ、ああ。そ、うですか」

 ほんの少し疲れた顔をしていたロスタに動じた。
 こんな調子ではこちらが狂う。

 お互い何かいいかけたけれど、遠足気分で出てきた小さな子どもたちに遮られた。
 僕たちは手早くここを去る必要がある。子どもたちを巻き込ませるわけには行かない。

「ありがとう、お兄ちゃん」

 最後の一人を馬車に乗せて扉を閉める。こんな形で、またここと関わることになるとは思わなかった。

 なんとも形容しがたい気持ちに襲われて、ふぅと息をつき最後の一台に乗り込んだ。事態の収拾がつくまで彼らの面倒を見るのが、今回僕の役目になった。
 お守りは正直自信がないけれど、今回他に僕に出来るようなことはないから、何かがあるだけましなのだろう。

 ぐんぐんっと流れていく車窓を見送って無事にことが終わることを願った。


 ***


 王宮内にもこの類の施設はある。理由は簡単だ。僕みたいなのが多いのともうひとつの原因として、貴族間ではよくお互いを潰しあう。
 残されることの多いのが子どもだ。種屋――もちろん、今の店主殿ではないけれど――がそんなものに慈悲をかけるとは思わないけれど、そこまで根絶やしにするという依頼を受けることも少ないのだろう。

 だから、面倒を見ていく場所が必要になる。
 そういう経緯があるから、民間には馴染みが薄い。

 陽だまりの園より広く快適に作られている園に到着すると、暫らくは様子を伺うように警戒していたものの、昼食を負える頃には、園庭で子どもたち――数えたらロスタを入れて十八人だった――はそれぞれに遊び始める。

 不安な様子がないのは、幸いだった。

 きっとロスタの説明や、カナイさんの促し方が良かったのだろう。その中に乳飲み子を抱いた子どもが居たから、受け取った。最初は自分が面倒を見ると溢したけれど、それよりも目新しい場所で遊ぶほうが魅力的なのは仕方ない。

 ……というか、気の毒に思って請け負ったものの僕もちょっと……と、慌てると、すっとその子は僕の腕の中から抜き取られた。

 そして、隣に寄り添うとどっかりと木の根元に座り込み僕にも座るように促す。
 隣にしゃがみ込めばロスタはこちらを見ることもなく謝罪を繰り返した。

「さっきから、どうして謝るんですか?」

 腑に落ちない疑問を投げ掛ければ、ロスタは、ふぅと嘆息して乾いた笑いを浮かべた。
 こんな笑い方はらしくないと思う。僕の知っているロスタはもっと豪快な人だ。

「先生を止められなかった」
「え?」
「俺、なんとなく分かってたんだ。知ってたんだよ、先生があの人をどうしようとしているのか……」
「―― ……」
「それに、あの人がどれだけ図書館に帰りたがっていたかも知ってる。でも、俺は知らないフリをしていた。一番上の俺がそうしていれば、下は騒がない。あいつらも何も問題ないものだと、何もいわなかった」

 ふわふわとロスタにしては柔らかい手つきで、腕の中の乳児の額を撫でる。大人しくされるままになっている姿を見るとお互いに慣れているのだと分かる。

「俺にも非がある」
「―― ……それで?」
「は?」
「ですから、僕にそれを懺悔しないでください。僕はマシロさんの関係者かもしれませんが、事件の跡始末をつける人間ではないです。僕にいっても何にもならない。先生のことを思うなら、今回のことを一手に任されることになる、エミル様に口添えするべきです。その繋ぎなら、僕にも出来ます」
「……」

 じっと庭に転がる石を睨みつけながら告げれば、どんっと横から衝撃があった。

「うわっ!」

 殴られたわけではなくて、単に押されただけなのだけど、バランスが崩れて尻餅をつく。

「可愛くねぇ……お前、ほんっとーに、昔から顔は女みたいなのに可愛くないよな?」

 僕の心無い台詞に、怒るだろうロスタは笑っていた。
 暑い日の太陽のように……昔と変わらない笑顔だ。こっちのほうが、らしい。

「人が殊勝な態度をとってんだから」
「同情して欲しかったんですか? 貴方のせいではないと、慰めて欲しかった? 僕に?」

 地面についた腰を上げながら、土ぼこりを払う。それにつられてロスタも立ち上がった。

「お前に、俺が? まさか」

 と肩を竦める。そして、それにしても……とマジマジと人のことを足先から頭の先まで眺める。
 気持ちの良い感じではないから、隠すこともなく眉を寄せた。

「デカくなったなー」

 いってもロスタの方がまだ大きい。

「ここ一年くらいで伸びました」
「もやしっ子代表みたいだな」
「―― ……好きにいってください」

 生命力を誇示しているような、ロスタの存在感と違って僕はその全てにおいて色が薄い。日に焼けても赤くなるだけで褐色にはならない。と、思う。
 あまり試したことがないから分からない。
 でも日常的に畑仕事もするけれど、この状態だから、そうなのだろう。

「エミル様ってのは、あれか? お前に里帰りもさせない鬼畜か?」
「っ!」

 思わず目を剥いた。

「冗談だよ……お前、さ……」

 ちらとそんな僕を見て視線を逸らすと、どこかいい辛そうに含んでから、それでもやはり話を続けた。

「俺のこと薄情だと怨んだだろう?」

 どこか後ろめたそうなその台詞に、胸の奥がじりじりと痛む。慰みとか掛けるような気にはならない。
 否定する気には、もっと、ならない。

「ええまあ、そう、かな」
「……そこは違うっていうだろ」

 そのはずなのに、複雑そうな面持ちでそう溢すロスタに、笑みが零れた。外の人間には尻尾は振らない雰囲気のロスタは、身内にはとても気安い。

「仕方ないよ。僕はただ……たらいまわしにあったんだと思った。ロスタなら、止めてくれると、勝手にどこかで思ってた……」

 さわさわと、冷たい風が頬を撫でる。
 ここは平穏に時が流れているが、マリル教会では、そろそろ大騒ぎが起こっているだろう。

 寒さにもめげずに庭を駆け回る幼い子どもを見て、目を細める。僕はああいう輪にも加わらない可愛くない子どもだった。

「止めた」
「え」
「俺は止めたよ。あの、胡散臭い片眼鏡掛けたおっさんに談判した。でも、殆ど相手にされなかった。子どものいうことだからな」

 ラウ博士なら、確かににっこり微笑んで、流してしまうだろう。あの人は時に冷酷な人だから。手段を選ばないところもある。

「不貞腐れていた俺に、そのエミル様とやらが来たんだ。連れに見つかると五月蝿いからと、こっそり」
「エミル様がっ?!」
「そ、そのエミル様。空とおんなじ色した綺麗な王子様」

 驚きを隠せない僕を笑ってロスタは繰り返す。

「あの人、変な人だよな……良く、覚えてる。俺に頭を下げたんだ。俺は孤児だぞ? そんなヤツに王族様が、わざわざ頭を下げて頼むんだ」
「―― ……」
「家族を少し借して欲しい、自分の手に委ねて欲しいと」

 くっと胸が詰まった。呼吸が止まるかと思った。血の繋がりでいえば、エミル様との方が近い、でも……過ごした時間は……。
 言葉に詰まっている僕に気がつくことなく、ロスタは、一つ一つ思い出すように話を続けた。

「自分にはお前が必要なんだって、自分や、他の誰にも持ち得ないものをお前が持ってて、それが必要で、それは必ず民のためになると……」
「……エミル様」
「で、万が一、そうならなくても、自分のためにはなるんだってよ」

 ―― ……エミル様。

 なぜか持ち上がった気持ちを一気に引かせてもらった。
 感動しそうになったのに……らしすぎて、手に取るようにその状況が分かる。
 ロスタはそんな僕の気持ちが分かったのか、喉の奥でくつくつと笑い子どもを片腕で抱くと空いた手で僕の背中を叩く。

「でも、ああいうヤツには求心力がある。現に俺も、エミル様の要求をきいても良いかと思った。それに、何より、お前があそこで物足りるとは思えなかった。直ぐに先生も手に余すのは分かってた」
「……それなら、そう、いってくれれば良いのに」

 聞けば聞くほど、彼らの手のひらの上で踊らされていたのかと思うと面白くない。

「無理だ」
「そんなことっ!」
「無理だって、お前直ぐ意固地になるし、理解させようと骨を折れば、絶対に聞かなかっただろ? 下手したら、陽だまりの園からも逃げ出したかもしれないのに」
「―― ……」

 図星過ぎて何もいえない。
 確かに物凄くひねくれていたし、今も、治ったとはいえないけれど……。逃げ出して捕まって引きずられて図書館に入ったのでは格好がつかない……。

 僕が素直に従ったのはあそこで不要だと思われてると知ったからだ。いや、そう思われていると思ったから。
 だから、一度も顔を出さなかった。その必要がないのだから。

 僕は要らない子だと思っていたから。

「……ぁ、りが、とう」
「は?」
「何でもない。何でもないですっ! と、兎に角。先生の話は、エミル様にしてください。僕は聞いても無駄ですから」

 お礼くらいはちゃんといわないと駄目だと、不貞腐れたように口にするだろうマシロさんの姿が思い浮かんで、なんとなくらしくないことを口走ってしまった。外気はとても冷たいのに顔だけが真っ赤になった。

 そして、無理矢理話を戻した僕の頭を乱暴にかき回して「はいはい。分かったよ」とロスタはいい捨て、子どもたちの輪の中へと入っていった。

 口調はやはり粗野だったけれど、その後姿は機嫌の良いときのそれだったので、ロスタは満足したのだろう。

 僕も……ようやく、マリル教会が存続できる道を模索できることを心から願うことが出来た。

 陽だまりの園は僕のもうひとつの家族が暮らす場所だから――



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