種シリーズ小話:銀狼譚
▼ 小種64『お星様のいうことには』

 ハクアは居ない。

 ブラックがあっさり置いて来た。因みに王都。可哀想過ぎる。子どもなのに。ぶつぶつ溢したら、獣だから外に居るほうが性にあっているのだといわれた。

 それを否定はしないけど、でも……関係はどうあれ、懐いてくれているワンコを置き去りは可哀想だ。

 はあ、と自然に溜息が漏れる。
 良い子で留守番をしているか、もしくは、追いかけてくるだろう。身の上を心配しなくてはいけないような弱さはないから大丈夫だ。

 私は猫のように身軽ではないけれど、今現在、種屋屋敷の屋根に居る。
 ここは田舎だから、王都よりもずっとたくさんの星が見えて、それらがとても近く感じる。

「あまり上ばかり見ると後ろに倒れてしまいますよ」

 首が痛くなるほど星空を仰いでいた私に、くすくすと笑いながらそういったブラックは本当に私が屋根から落ちてしまわないように、背後から抱きとめた。

 背中から伝わってくる体温がとても心地良い。

 私は重くないかな? とか、気にするまでもなく、ブラックに背中を預けて、また夜空を仰ぐ。

「この星、全部に意味があるの?」

 私が適当に星を指差しながら口にすれば、ブラックはそうですよ、と頷き、私の髪に唇を寄せる。
 伝わってくる吐息の暖かさがくすぐったくて肩を竦めれば、そのまま耳をかぷりと食まれる。

「もう! ブラックも星見なよ」

 赤くなる顔を見られたくなくて軽く首を振ってブラックを払えば、ブラックは楽しそうに「星よりマシロが良いです」と口にする。
 でも、そんな台詞とは裏腹に、私のいう通り前に回した腕に力を込めてから、空を仰いでくれた。

「星は人を意味するの?」
「人だけに限らず、世界の全てを意味します。星の巡りの方が地上の巡りよりもほんの少し早いんですよ。星詠みはそれを詠み解いて語り部となるのです」
「壮大だねぇ」

 私にはいくら語って聞かせてもらっても理解出来そうにはない。

「でも、頻繁に空は変わるので、その全てを詠むものなどいませんよ。私は星詠みに興味がありませんし」

 マシロは興味がありますか? と振られて、んーっと唸る。星占いとかは雑誌の後ろに載っているものとか、出掛ける前のテレビでやってるものとかを見る程度で、自分でやろうとは思わない。それって興味ないのかな?

「今出ている星でしたら、あっちの強く光っている星、見えますか? 二つ並んでいて……」

 考え込んだ私に興味ありと思ったのか、ブラックは私を片腕に抱きなおして、腕を空へと上げた。その指先を追うように私は星を眺める。

 二つ月より少し離れた場所で、僅かに蒼い煌きを含んだ星が一つ。その隣で白く輝く星が一つ。

 確かに並んでいる。
 私が頷けば、ブラックは話を続けてくれる。

「あれは、現在の蒼月教団とマリル教会を示します。まあ、そのトップにきてる人たちの星ですね」
「レニさんの?」
「ええ、そう、レニ司祭の星です。大きな星が煌けば、世界が動き出します。今は丁度その時期……」
「でもさ、あんなに二つ星が近いんだから、仲良さそうだよね」

 双子星のように並ぶ星が相反するものだとは思えない。だから、そういった私にブラックは、ふふっと笑いを溢した。そして、首を振る。

「近くにあるからこそ相容れない。あの二つ星が向き合うことはありません。あれらは一番近くて遠い場所にあるのですよ? それなのに、その近すぎる距離に無干渉では居られない……」

 え? と溢した私を、ブラックはぎゅっと抱き締めた。抱き締めて話を続けるから耳元がむずむずする。

「こうして、同じ方向を見ていれば近づくことも可能でしょう」

 もしくは……いって、少し離れると、ふわりと私の身体を抱いて片方の膝に私を乗せる。
 お互い正面に顔が見えるようになって、私が首を傾げればブラックは微笑んだ。

「こうして、向き合っていれば近づくことはもっと容易です」
「……っん」

 ぐいと引かれた腕に釣られてブラックの上に降りた私に、唇が寄せられる。

 軽く長く。
 啄ばむように……。

「でも、あの二つは常に背を向けているのです。だから、一番近くて、一番遠い関係なんですよ」

 ふ、と、瞳に寂しげな色を浮かべたブラックに、ちゅっと口付けて、にこりと微笑む。ブラックの瞳が私の理解の外で陰るのは見るに耐えない。
 そう感じたことを察してくれたのか、直ぐにその色は消えてしまう。

「ブラックの星は?」
「―― ……私? 私ですか。私は今、マシロが背にしている変わらない星ですよ」

 ぞくり。
 背中に冷たいものを感じたような気がした。

 ブラックの瞳越しにそれは見える。

「ルイン=イシル」

 いって、後ろを振り仰ぐ。
 いつもより大きくその存在を感じる。

 蒼い月は時に冷たくそして、優しくただそこにある。
 もちろん、隣にある白銀の月はその色を映すかのように淡く輝く。この世界らしい、静寂と清艶なる夜を演出する大切な星だ。

「ええ、常にシル=マリルの隣にあるものですよ。月は変わらない。小さな星々の影響など関係ない。創生の時代より、ただ、そこにあり続けるものです」
「私の大好きな星だよ」
「え」
「変わらないものがそこにあるって、とても安心する。いつでもそこにあって、こちらを見ている。本当に…… ――」

 ブラックと同じだよねと、振り返れば、ブラックの頬が僅かに朱を帯びているように見えた。
 ブラックと居ることが出来るなら、ブラックの瞳の色が陰ることがなくなるのなら。

 私は白月と呼ばれても構わない。
 私個人には過ぎた星だけど、青月のためだけにあるなら、それでも良いと思える。

「二つ月はお互い一番近いところにある星だよね?」

 ブラックの首に腕を絡めつつ問い掛ければ、ふっと笑みを溢す。胸の奥がとくんっと心地良く跳ねた。

「さあ、どうでしょう? 私は星の顔色ばかり窺っている占星術師ではありませんからね。今、月がどちらを向いているかなんて知りませんよ」
「もう! さっきといってること違うじゃないっ!」

 折角話に乗っかってあげたのにっ! とむくれれば、ブラックは楽しそうに笑う。
 ブラックは良く笑うようになったと思う。
 最初から笑みを湛えたような猫だったけど、それはあくまでそういうスタイルだったのだろうと思う。

 でも、今は声を立てて笑うこともある。
 それが、とても嬉しい。

「―― ……ますよ」
「え?」
「月の本意は興味ありませんけど、私はマシロを見てますよ」

 最初から、ずっと…… ――

 あまりに綺麗に微笑むから、ふわりと頬が熱を持ち見惚れてしまった。見惚れてしまったけど……。

「……それ、ストーカーだから」
「ひどっ、酷いです」

 あ、耳が折れた。
 屋根を掃除していた尻尾までその動きを止めてしまう。

 ふふっと笑いが零れてしまった。

 こつんっと額同士をぶつければ、きょとんとしたブラックと目が合って益々可笑しい。くつくつと笑う私に、ブラックも釣られて肩を揺らす。

「執着されずに裏切られるのは嫌。だから、壊れてるくらいに執着されてるのが丁度良い」
「それはつまり、私が壊れている。ということですか?」
「そうだよ。壊れてる」

 私と一緒だね。といって口づける。
 なるほど、と、蠱惑的に細められた瞳に、僅かに開いた唇に、私は誘い込まれる。角度を変えてもう一度唇を重ねれば、遠慮なく舌先を絡めとられた。

 深く強く犯されて

「んぅ……」

 少し息苦しく感じる。
 浮かされる熱に反して、距離を取ろうとしたら、あっさり拒否られ、髪の間に滑り込んできた手に力が入る。
 反射的に引きそうになった腰は捉えられ、私は堕とされる。

 どちらともつかない息遣いに、苦しくなる。
 それがどうにも心地良くて、もっとと求めれば、ふと風に乗って聞こえた音に、カツンっと歯列をぶつけた。

「―― ……〜〜〜っ」

 痛い。勢い付いていただけに痛い。
 ブラックが、かくんっと私の肩に額を落とす。

「白銀狼、いらないと思いませんか?」

 そんなに遠くない場所から遠吠えが聞こえる。きっとハクアだろう。

「……っあー……心配して追いかけてきてくれたんじゃ、ないかな?」
「そんな平和的な考えいらないですよ。確実に邪魔しに来たんです」

 折角二人きりだったのに、だったのにと、ぶつぶつ繰り返すブラックの頭を、私は宥めるように撫でた。

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