種シリーズ小話:銀狼譚
▼ 小種63『ほっとする場所』

 私はそこそこ彼らとの付き合いが長いと思っていた。
 だから、割といろんな面を見てきたとも勝手に思っていた、思っていたけれど、やっぱりまだまだ分かっていなかったようだ。

「―― ……アルファ、何やってるの?」
「寝てるんだろ?」

 私の投げた問いには、カナイが答える。
 ベッドの端に腰掛けて、何事もないというように本を開いているカナイのほうが不自然だと思う。
 私の驚きが正しい。

「いや、何か間違ってない?」
「調子悪いんだってよ」

 いや、いやいやいや……悪いんならなおのこと、その位置は間違っている。

「……なんで、机の下で寝てるの?」
「調子悪いからだろ?」
「カナイも調子が悪かったらそこで寝るの?」

 普通にベッドに寝てたと思うけど?

「いや、俺じゃそんな狭いところ入らないし」
「そういう問題じゃないよね?」
「薬も飲ませたし、問題ないだろ。好きなところで好きな格好で休ませてやれよ」
「―― ……何、その微妙な心遣い? 必要なくない?」

 私は居場所がなくなって放り出された椅子の背に手を掛けながら、私の部屋とお揃いの備え付けの机の下で丸くなって唸っているアルファを覗き込んだ。

「アルファ?」
「来ないで」

 起きてはいるみたいだ。

「えーっと、ベッドで寝たら?」
「ほっといて」
「いや、その、ちゃんと横にならないと、きっと治り悪いよ?」
「僕はいつもこうやってるんです。治ります。ほっといて、あっちいって」

 首根っこ掴まえて引きずり出して大丈夫かな? いやでも、無理かなぁ?
 調子悪くても男の子だし。

「えっと、りんご剥こうかな?」
「―― ……」
「あ、美味しいシフォンケーキが……」

 にゅっと手が伸びる。食欲はあるようだ。その手を、ぎゅっと取って引っ張った。予想していなかったのか、よろりっと半分身を乗り出した。

 白い頬を赤く染めて目がうるうるだ。
 手も凄く暖かい。
 ちょっとじゃなくて、かなり熱が高いと思われる。

 そして、そのうるうるの瞳をなんて酷いことをするの? とでもいうように向けられる。無駄に美少年じゃない。相当、可愛い……。思わず頬を赤らめてしまう。これは仕方ない。だって、天使ちゃん相手だもん。テンプテーション攻撃だよ。

「え、ええと、このまま、そこから、出ると良いと思うよ」
「嫌です……嫌。ベッドなんかで安穏としてたら、恐いです。眠れないです」
「え、えー……?」

 私が納得できるような答えを提示することもなくアルファは再び机の下に戻って膝を抱える。

「シャーベット」
「え?」
「りんごの味のシャーベット食べたいです。マシロちゃん買ってきて」
「う、うん……良いけど」

 一人になりたいのかと思ってカナイにも「行く?」と聞けば、カナイがちらりとアルファを見て首を振るのとほぼ同時に「行かないで」という声が聞こえた。

「カナイさんは置いていってください」

 置いていってと重ねたアルファに、私は頷くしかなかった。もう一度カナイを見ても肩を竦めただけだ。

 私がカナイたちの部屋をあとにして、寮棟の廊下を歩いていると、エミルに出会った。いつものように微笑んだエミルは「どうしたの?」と困惑気味の私を気に掛けてくれる。

 だから、素直にアルファが……と口にすると、エミルは「ああ」と直ぐに納得したようだ。
 そして、お使いに行く途中だという話をすれば、付き合うよ。と、並んで歩いた。

 今日は天気も良い。
 雨、というわけではないのにな。

 そう思って空を仰いだ私の気持ちを察してくれたのか、エミルは「気にしないで」と口を開いた。

「アルファは、体調を崩すと途端に弱くなった気になるんだ。普段、他の追随を許さないほどの腕を持つ分、こういうときに弱くなる。一人きりなら、もっと虚勢を張っているんだろうけど、アルファの傍にはカナイが居るからね」
「……あ、甘えているとか?」

 アルファがカナイに甘えている図は想像できない。出来なさ過ぎる。でも、さっきの態度もそうだし、カナイ自身もそれを許容している。

「うん。甘えてるんだと思う。カナイが居れば大丈夫、自分が出なくても何とかしてくれる……ってね? そういう点で、僕らは役に立たないよね?」

 くすくすと笑ったエミルに、私も、確かに……と頷いた。

「それにね、カナイやアルファは特別に強いから、互いに分かるところもあるんだと思う。力を削られてしまったり、制御できなくなることの恐さを」

 カナイは外に出すタイプだ。だから一人を好む。アルファは内に篭るタイプなのだろう。
 だから、他者を置く。

 まあ、性格ではなく力の関係だけど、ね。

「でもさ、机の下はないと思うよ」
「ないと思うよね」
「……なんで出さないの?」
「え、っと……まぁ、あそこが好きなら別に……」

 エミルといい、カナイといい。変なところに大らかだ。

「まあ、良いか。シャーベットで釣ってあそこから引っ張り出そう。絶対、ちゃんと横になるべきだよ」

 ぐっと拳を握った私にエミルは「お手柔らかにね」と微笑んだ。


 ***


「誰っ?!」

 エミルがお昼の薬もついでに貰ってくると、医務室に向かうのを見送って、私は買って帰ったシャーベットが融けてしまわないうちにと、小走りでアルファたちの部屋へ戻った。
 荷物があるから扉を少し開いて、肩で押し開くと、怒声と、きらりと光る切っ先に迎えられた。

 つぅっと背筋が寒くなる。

「私だよっ!」

 反射的に私も怒鳴った。
 私が先端恐怖症とかじゃなくて良かった。

 ちらと室内に目配せするとカナイの姿がなかった。本でも返しにいったんだろう。
 アルファは赤い顔をしたまま「あ、あれ?」と可愛らしく首を傾げている。

「マシロちゃんか……そっか……そっか」

 ぶつぶつと納得しつつ、アルファは私に向けていた片手剣を鞘にしまうと、いそいそと机の下に戻ろうとした。

 ―― ……がしっ

 掴まえた。

「シャーベット買ってきたんだけど!」
「あっちで食べるから」
「はぁ?」

 凄んだ。あそこは断じて食事をする場所じゃない。みんなアルファを甘やかせすぎだ。

「嫌なんです。僕、調子悪いんです。頭ふらふらなんです。マシロちゃんとそれ以外の気配も区別できないくらいふらふらなんです。僕、死んじゃう。殺されちゃう」

 ぶつぶつぶつぶつ……。
 こ、殺されるわけあるかっ! と突っ込みたいのを飲み込んだ。

「カナイさんも僕を見捨てちゃうし、今、何かあってもまともに対応出来ないです。だから、隠れてます」

 隠れてたのかー……。
 そうだよねぇ。
 うん。そうだと思ったよ。

「別にカナイはアルファを見捨ててないと思うよ。というか、ここは図書館寮なんだよ? ここで、今、直ぐに何か、があるわけないでしょう?」
「いい切れないでしょう? 何かあるかもしれない。現に……僕のシャーベットが融けてます……」

 いって指差し号泣。はらはらとアルファが泣き出してしまった。

「えっ! ちょ、あ、ああっ!? 本当だっ!」
「……悪い女だな? 男泣かして何してんの?」

 慌てた私の背後で声がした。もちろん。そんな馬鹿なことを口にするのはカナイだ。
 私は、あわあわとカナイを振り返り「何とかしてっ!」と騒いだ。アルファはなおさめざめと泣いている。そして、引っ込もうとするので掴んだままの腕に力を込めた。

「マシロちゃん、後生だから放して……」
「泣いてるぞ?」
「私も泣きそう。早く何とかして」

 はぅはぅとカナイを見上げれば、はぁと、重たい溜息が落ちる。

「ったく、もう一回固めれば良いんだろ?」

 そういって私から箱を取り上げたカナイは、魔術を施す。

「ほ、ほら、カナイがなんとかしてくれるから、泣かないで。んで、机の下に向うのはやめて」

 男の子二人の部屋にしては基本的に綺麗だと思う。思うけれど、元の世界と違い、土足だし、それって、衛生的とはいえないと思う。
 やっぱり悪化しそうだ。

「マシロちゃんは僕が誰かにやられちゃえば良いって思ってるんですか?」
「思ってないよ! 全然全くこれっぽちも思ってないよ!」
「絶対思ってます。あ、あぁぁぁぁぁ……カナイさん、酷すぎる。酷すぎます」

 ずるずるずるずる……病気中だろうと、アルファの力に結局私は敵わず、ずるずると引きずられ、アルファは机の下にインしてしまった。

 ぺたんっと床に膝をついたところで、めそめそしてるアルファに肩を落とし、カナイを振り仰ぐ。

「―― ……カナイ……そのまま固めてどうするの……シャーベットで釘が打てます?」

 流形をかたどった芸術品になってしまっていた。食べるのに支障はないだろうけれど、かなりの冷気を纏ったそれは、もう、ドライアイスレベルの硬度を持っていると思われる。

「お前が固めろっていったんだろ」
「いったけど、食べられることが前提でしょうっ!」

 結局、私ではアルファを引っ張り出すことに成功ならず。
 半ば諦めたところへ

「あれー? もう、どうしたの? 病人が居る部屋とは思えない賑やかさだね?」

 にこにこと部屋に入ってエミルが毒づく。
 ちらりと、机の下のアルファに視線を送って苦笑してから中央のテーブルに持ち寄ったトレイ――には食事と薬が乗っている――を載せて、私の隣に片方の膝を着くと机の下を覗き込んだ。

「アルファも。マシロは君を心配しているんだよ? そろそろ出ておいで」
「……でも……」
「出ておいで」

 しょぼしょぼ、うるうる……なんだこの捨て犬状態……。私はもう良いよといいそうになる。みんながアルファに甘い理由わからなくない。

「いつもはそんな意地悪いわないじゃないですか……」
「いつもは、ね? 今日は、マシロがいうことも一理あると思ったんだ。それにいつまでもそこに居たら、ずーっとマシロが、アルファのことばかり気にするし、ね」

 にこにこにこにこ……笑ってるよね? ねぇ? 
 以心伝心というように私とカナイは顔を見合わせて、頬を引きつらせた。

 そのあと、アルファが机の下から出てきたのはいうまでもない。

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