▼ 小種62『初めての悲劇』
悲劇はここから始まった。
―― ……かちゃ。
私はいつものように、ギルド依頼をこなして寮に戻った。時計を見れば、まだ時間には余裕がある。みんなは何をしてるかな? と、軽い気持ちでお向かいの部屋をノックした。
返事はないけど鍵が開いていたから開けた。
カナイは本に没頭しているとノックくらい軽く流してしまうから、いつものことだ。
「……どうしたの? 二人とも机に突っ伏して……」
開いた先の景色はいつもと全く違っていた。
いつもなら、アルファはこの時間ロードワークに外に出ている。カナイは、読書中とか、エミルと意味不明な話をしているか、なんだけどな。
今日はアルファとカナイが居て、中央のテーブルに二人して突っ伏している。
どうして、そんなに机が好きなんだろう? 空気が重いことこの上ない。
首を傾げた私に、カナイからスケッチブックが向けられる。
「は? 何それ……『今日は遊べないから出て行け』って、何、アルファも行かなくて良いの? ロードワーク」
アルファまで、スケブを出した。お前らは水をかぶった系の大熊猫かっ?!
「えーと『行く気になれない』……って、どこか悪いの?」
私は良く分からないけど、つかつかと二人に歩み寄る。
「あ、マカロンだ! 今日のおやつだったの? 一つ貰うね?」
なんか良く分からないけど、二人の前に置いてあった、色とりどりのマカロンを一つ取り上げて、パクリと半分かじったところでカナイとアルファは揃って、がばっ! と立ち上がった。
「「!!」」
ごくん。
「……は?」
指先に残ったクリームを舐めて、ご馳走様……なんだけど、顔を上げた二人の顔が蒼白だ。
「というか、今、変な声が聞こえたぴょん」
ん?
「今、私何かいったぴょん?」
んん?
「ぴょん、ぴょん???」
んんん?
ちょ、ちょっと待ってっ?! 私、なんで勝手に私の意思と関係なく語尾に“ぴょん”がつくの? 私の頭上に浮かんだ疑問符に、青くなっていたアルファが爆笑した。
「ぴょ、ぴょんっ。マ、マシロちゃん、可愛いじょ」
声を出したあと、慌ててアルファは口を押さえたけど遅い。じょ……アルファの語尾には「じょ」がついた。
「カナイっ! どういうことだぴょんっ!」
「恐くないじょ、ちょ、面白すぎるじょーっ」
「いや、アルファ、あんたも十分面白いぴょん……」
ウザイ。
なんだこれ。明らかにこの机上に残っているマカロンが妖しい。
「『俺のせいにするな』って、もう、ヘンテコ語尾になってるのは知ってるぴょんっ! 鬱陶しいから、喋りなさいぴょん!」
しつこく、スケッチブックを使うカナイからスケブを取り上げた。
「何するヅラっ」
ぶふっ!
私は噴いた。ヅラだって、ヅラっ! カナイの語尾はヅラーっ!! アルファは過呼吸になりそうなほど笑っている。
そうとうツボに入ったらしい。
「でも、カナイのせいじゃないってことは、エミルぴょん?」
「そうだじょ」
「―― ……」
―― ……シリアス感が足りなさ過ぎる。
いったあとで、机に片手をつき溜息。シゼがこんな性質の悪いことするわけがない。エミルは何かの実験だとか、冗談でやりそうだ。
王子様はときどき悪ふざけが過ぎるのだ。
これまでは、カナイだけの被害だったのに……もう、この部屋にあるものは口にしないことにしよう。
「でも、珍しいぴょん。アルファまで、エミルの作ったものを口にするなんて、これまでなかった気がするぴょん」
「クリムラのマカロンかと思ったじょ。陰険魔術師が止めてくれなかったんだじょ」
しょんぼり口にするアルファに、私は……
ぶふっ!
噴出した。
仕方ない。仕方ないじゃないかっ!? 目の前の天使の語尾が「だじょ」とか有り得ないって。
そして「酷いじょー」と重ねたときには、狙ってだと分かったけど素直にツボにはいった。
お、お腹が苦しい。
机に手をついて、笑い死にしそうな私にアルファが纏わり付く。
「マシロちゃん可愛いじょー。大好きだじょー。ねーねー、マシロちゃん、ちゃんと聞いて欲しいじょー」
「や、やめ、やめてぴょん。おなきゃ……いちゃ、痛いぴょん!」
笑いすぎて色々噛んだ。
「嫌だじょー! 笑うなんて酷いじょー」
「あ、あははは、も、もう、」
「お前らうるさいヅラっ!! いー加減にするヅラっ!!」
事態に乗り切れないカナイだけが真面目に怒鳴る。怒鳴るけど。
「「ぶっ! あはははは」」
「ヅラだじょー! カナイさんはヅラだじょー!」
「俺はヅラじゃないヅラ!」
「カナイ突っ込むとこそこじゃないぴょんっ」
***
三人で、ぜぇぜぇいうくらいある意味盛り上がったあと、とりあえず……くだらないことに消費しすぎた体力を回復させるために、椅子に座る。
それに続いて二人とも席につき、三人揃って中央のマカロンを見て
「「「はあ」」」
溜息…… ――。
「お前ら楽しいヅラか?」
「……カナイだって楽しんでたぴょん」
「僕もう嫌になったじょー……」
ぐったりと、三人で項垂れたところで、かちゃりと扉が開いた。
「液薬になったけど、良いよね。早いほうが良いって……」
妖しげな煙を上げる瓶を片手にエミルが部屋に入ってきた。手元から顔を上げて、可愛らしく首を傾げる。
「―― ……あ、あれ? 一人増えてる」
諸悪の根源様降臨。
三人揃って勢い良く、さっとスケッチブックを出した。
『早く治せっ』
満場一致。エミルはその勢いに、半歩下がって曖昧な笑みを浮かべた。
「う、うん……え、えーっと……ごめんね?」
そうこれが、私が始めて王子様から
実害を被った、初めての悲劇のお話 …… ――
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