種シリーズ小話:銀狼譚
▼ 小種60『天然系』

「お前さ、その無精ひげなんとかならねーの?」

 大聖堂にて予定されていた授業を終え、片付けをしていた俺にちょっかいを出しにきたクルニアに迷惑そうなのを隠すこともせず告げる。
 クルニアは微塵も気にすることなく、口の端で噛み締めた煙草のフィルターを苛めるだけだ。

「俺のひげはお洒落なの。モテ系なの」
「お前モテないだろ」
「……カナイってさ、俺に冷たいよな。これって愛?」
「お前の思考回路がさっぱり理解出来ない。愛情表現だと思えるお前はどんな状況下でも幸せだろうな」

 ぱんっと鞄の蓋を閉じればポケットに入るサイズまで、小さくなる。
 その荷物をポケットにしまいこんで、掛けたままになっていた眼鏡を外しながら面倒臭そう――いや、実際面倒臭い――に答えた。

 その返答にも全く動じていないクルニアにはお手上げだ。

「まぁ、お前はモテるからな。可愛い子いたらまわして」

 マシロちゃんとか。にやにやしながらそう付け加えたクルニアに、益々眉を寄せる。

「んで、そこであいつの名前が出るんだよ」
「出るだろー。マシロちゃん可愛いじゃん。ちまっとふわっとした感じが美味しそうだし」
「お前にだけは会わせない!」
「えー、カナイ独占欲強いなー、良いじゃん、減るもんじゃないし」
「減る。確実に減る。お前何するか予想できない分、減る気がする。それから、あいつは俺のもんじゃない」
「え、やっぱり王子様のもん? あのとき、お前弄りたかっただけなのに、マシロちゃんが迷惑被ったと、俺、何日か眠れないくらい怒られたもんなー……」
「あれは、お前が悪いだろ」

 苦い記憶(小話:親指姫の憂鬱)が蘇りぶつぶつと不機嫌そうにそうつげて、さっさと実習室を出て行く。
 足早に歩く俺の後ろを、カツカツと白衣をひらひらさせながらクルニアはまだ着いてきた。

 どうやらかなり暇らしい。

「俺を図書館まで送る気かよ」

 気持ちが悪いから勘弁してくれ、と続けた俺にクルニアは「まさか!」と大仰に肩を竦めたあと、ここまでだよ、と笑って礼拝堂の一角を顎で指す。

「っ! あいつ」

 その先には珍しい姿がある。苦々しく、クルニアを振り返ったあと、煙草を咥えなおしていたクルニアを無視して、その姿に歩み寄る。

「お前何やってんだよ?」
「あ、カナイ。待ってたんだよ。配達でこの辺まで来たからさ、出るときにエミルが今日はカナイ大聖堂だっていってたし」

 俺の苛々を察することもなく、にこにことそう告げるマシロに益々不機嫌に続ける。

「お前な、ここに一人でふらふら来るなってあれほど……それに俺がもうとっくに戻ってたらどうするつもりだったんだよ」
「そのときは、適当に引き上げるだけだけど? いたんだから良いじゃない」

 子どもじゃないんだから、と少し不貞腐れたようにそういって立ち上がったマシロは続ける。

「大体、ここは一般解放されてるところだし、別に問題ないでしょう? 折角待っててあげたのに、ありがとうの一言もないなんて……」
「俺はマシロちゃんに会えて嬉しいよー」

 むかむかとした怒りを露わにしていた俺を押しのけて、前に出たクルニアに、マシロは数回大きく瞬きをしたあと「こんにちは」と軽く頭を下げた。

「クルニア、さん、でしたっけ? カナイのお友達の」
「そうそう、おともだ」
「友達じゃねーよ。ほら、帰るぞ」
「えー、カナイ良いじゃん。マシロちゃん、折角大聖堂に来たんだし、散策してかない? 俺が案内してあげる」

 クルニアのにこにこはにやにやにしか見えない。実際そうだろう。いって素早く手を伸ばすとマシロの手首を掴まえた。
 マシロはとろくさいので避けることも出来るわけない。

「マシロちゃんだって、気になるよねー。大聖堂の内部なんて関係者しか入れないし」
「じゃあ、マシロは関係者じゃないだろ」
「うわー……それいっちゃうんだ、お前が。まあ、良いよ、俺の関係者ってことにするから」

 クルニアは一切引かない。大聖堂内で無闇な術発動はご法度。やってはいけないことだ。際限ない連中が多いから。一番厳しく取り締まられる規律でもある。
 ぐぃぐぃとマシロの腕を引いてしまうクルニアに、僅かに躊躇したが仕方ない。俺は今、大聖堂生徒ではないし、構わないだろう。
 バイトはここ以外でも出来るし……。自分にいい聞かせて、術を発動させようとした瞬間マシロが声を上げた。

「用事がっ!」
「え?」
「用事があるんですっ! あるんでしたっ! え、ええと、ね? ねぇ、約束してたんだよね?」

 いきなり話を振るな。
 力強く目で訴えられて「あ、ああ」と頷く以外の選択肢を失くす。

「大聖堂の中はとっても魅力的なんだけど、ええっと、その、また、日を改めて……」

 いいつつ、マシロはクルニアに掴れていた手を空いた手でそっと解いた。クルニアにも拘束するつもりはなかったのだろう。直ぐにその手は離れて、はとが豆鉄砲くらったみたいな顔をしている。

「煙草、落ちますよ?」

 いわれてクルニアは慌てて口の端で支えていた煙草に手を添えた。そんな、クルニアをマシロはくすくすと笑ったあと、今度はマシロが俺の手を取って、ぐいと手を引いた。

「っ、おい?」

 ほらほらと引かれて、俺はちらとだけクルニアを見て、そのまま背を向けた。もう、二度とクルニアと顔を合わせたくないと、心から思うような顔をされてしまった。
 がっくりと項垂れる俺に、丁度小突きたくなる位置に頭頂部のあるマシロが気がつくはずはない。
 もう、あいつに絡まれるのは諦めるしかないな。


 ***


「なんで諦めたんだ? お前、ああいうの好きだろ?」

 大聖堂を背にし、俺はずんずん歩くマシロに問い掛けた。好奇心の塊みたいな部分があるから、行こうといわれて嫌だというとは思わなかった。

「んー、興味、なくはないけどさ、カナイ。危ないことしようとしたでしょ?」

 ちらりと睨むように見られて、ちょっと構える。

「別に大したこと考えてない。面倒だからクルニアを弾いてやろうとは思ったけど……」

 ぶつぶつと口にすれば、弾く? と眉を寄せる。う……、どうして、俺はこいつに弱いんだ。情けない。

「そんなことだと思った。カナイって見た目に反して、結構アブナイ系だよね。ある意味アルファと同等、もしくはそれ以上喧嘩っ早いかもしれない」
「冗談だろ。あいつほど頻繁に、揉消さないといけないようなことやってない……と、思う」

 アルファは、情報操作とか面倒臭くなったら元から絶つタイプだ。最近はそう頻繁ではなくなったものの――マシロにいわせれば、物騒といわれるようなことは少なくなった――ゼロじゃない。

 俺はゼロだ。

 いや、まあ、さっきは始末書レベルのことはやろうと思ったけど……面倒だから。って、これじゃアルファと同レベルだった。

「カナイの恥ずかしい話を一つ」
「は?」
「だから、止めたお礼に……」
「あのなぁ、お前があんなところで、ぼやーんっと待ってなかったら、普通に帰ってたんだよ」

 ったく。俺は恥ずかしくねーよ。

「ふーん……そんなこというんだ。カナイの好きそうなもの、今日の依頼の途中で見つけたんだよねー。あれは職人技だったなぁ。あんな細かい仕事他では見たことないよ」
「どこ? どこでだ?」

 おかしいな。このあたりの店はチェックしているはずなのに。
 は……思わず食いついてしまった。そう、気がついたときには遅かった。マシロは、にやりとクルニアと同じように意地の悪い笑みを浮かべて顎を上げた。

「今度何かおごってやるから」
「えー、今日じゃないんだ」
「今日はこれからそれを見に行くんだよ」
「カナイも好きだねー……」
「別に好きで良いだろ? 気になるんだよ……」

 自分に足りない何かが。本当に、素養なんてものを持っていないと、それ以上なんてことが出来ないんだ……魔法具の調整は苦手じゃないんだけどなぁ……。

「カナイは出来ることの方が多いんだから、無理に粗を探すようなことしなくて良いじゃん。自虐趣味ー……」
「は?」

 少し前を歩いていたマシロが振り返り眉を寄せる。
 失礼な。俺は自虐趣味なんてない。

「……俺に出来ることなんて魔術系のことだけだ」
「そんなことないよー、うん。頭にも残らないのにあれだけ本を読もうと思うのも、カナイくらいだと思うし、あんなに大好きなのに小動物に避けられるのもカナイだけだと思うし。どんだけ妖しくてもエミルの『大丈夫だよ』の一言で薬飲むし」

 私には到底出来ないことばかりだと半笑いで告げられる。

 こいつ……。

 俺は引きつる頬を押さえて眉を寄せた。

「私、実はカナイって馬鹿なんじゃないかと思うんだよねぇ」
「本人前にして、いうことかよ」
「本人前じゃないといわないよ。こんなこと。私、陰口みたいなこと好きじゃないんだよね。面倒臭い」

 にこりと微笑んでそういったマシロにどきりとした。竹を割ったようなとか、裏表がないとか……そんな風にいうのだろうけど……こいつの場合は、それだけの器用がないんだろうなーと分かる。

 器用がないくせに、どういうわけか欲しがる言葉はいい当てるし、他人の機微を察しやがる。

 術発動の魔力の動きなんて術師でも読み取るのは困難だ。
 普通出来ない。
 こいつも出来たわけじゃない。

 わけじゃないけど、マシロは俺を知っている。知っているんだ…… ――

「よし。今日おごってやる。何が食いたい?」

 そこに行き着くとなんだか急に気持ちが晴れた。

「ちょ、頭の上に腕乗せるのやめてよっ。縮むでしょ」
「気にするほど伸びてねーだろ」
「だからだよっ! それに、食べ物限定って、カナイ私のことなんだと思ってんの」

「マシロだよ」
「は?」
「だから、マシロだと思ってるよ」

 出てくる笑いを堪え切れなくてそういって笑った俺にマシロは怒っているのかなんなのか、顔を真っ赤にして「もうっ!」と顔を背けてしまった。


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