種シリーズ小話:銀狼譚
▼ 小種57『陽が落ちる』(ブラックサイド)

 軽く背を押すと、渋々といった感じでマシロは書斎をあとにした。
 エミルたちに文句の一つでもいいたいところではあるが、そんな暇もなさそうだ。
 我が恋人ながら、流石というか生あるものを惹きつけて止まないらしい。この特別が異世界人の“素養”であるのかどうかは別としても、ここに身を置いている以上由々しきことだ。
 まぁ、その証拠のように、一番マシロに弱いのが自分であることも重々承知している。

「どう、しますかねぇ……」

 小さく嘆息して、机上を片付けるために机に戻る。背にした窓から赤い陽が差し込み、室内をオレンジ色に照らし出した。

 ―― ……キラ……。

 引き出しを開ければ、箱の中にいれておいたはずの魔法石が夕日を反射したような気がした。
 これがあった……と、思い出し手に取る。
 今では珍しく大きな魔法石だったから、とりあえず買い取って置いたのだけれど

「これなら、なんとか」

 なんとか出来そうな目途が立ち、書斎をあとにした。
 マシロは今頃不貞腐れているだろうか? もしかしたら、白銀狼を探しに出たかもしれない。後者の考えに、マシロの気配を探れば、私室に居るようだ。探しに出てここで接触していたとしても、それほど大きな問題にはならないだろう。止めもしない。

 けれど、あのマシロが踏みとどまっているのは恐らく、

 ―― ……私のため。

 そう行き着くと頬が緩んだ。
 釘を刺した甲斐もあったというものだ。
 マシロは迂闊なところもあるけれど、馬鹿ではない。愛すべき欠点であり、美徳だ。兎角、心情を汲むという自分にはない特技を持っている。

 それを私に向け、私を気遣ってくれていることが何よりも嬉しい。誰もないがしろにしない彼女が、引き入れたものよりも自分を取ってくれたことへの優越感。だから、

 ―― ……犬が飼いたいくらいの我侭、きかなくては。

 という気持ちになる。
 手の中の魔法石を転がしながら、歩みを進めた。本当なら、直ぐに駆けつけて掻き抱きたいところだが、今、これが出来るのは自分くらいだろう。カナイに任せても構わない、しかし、答えを提示し、幾ら天才が手がけたとしても時間が掛かる。

 マシロはあまり、そういうところに堪え性がない。

 妙なことを始めてしまう前に、白銀狼を抑えておく必要があるだろう。マシロとの逢瀬をあとにするのは、腑に落ちないが仕方ない私にしか出来ないことだ。

 重ねて、仕方がないと落とした溜息もどこか喜色を含んでいた。

 普段は長い廊下に響く靴音は、冷ややかなものだが、マシロが屋敷に戻った日はそれすら陽気になっているような気がする。


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