▼ 小種56『選んだ少女』(ハクアサイド)
追い立てられるように、檻から出た。そうあることを望まれて人型をとり、主に促されるまま、馬車に乗り、がたがたとレンガ道を抜けていく。
都の外門を抜け、どんどんと都を離れていく。
「みんな悪気があるわけじゃないから……」
がたんっ! と、大きく揺れた馬車の震動に舌を噛みそうになりながら告げた主に不思議な気分になる。
あれらは、主に付き従うものではないのだろうか?
そうであるからの逆鱗。激高。
自分が遣えるものに害なすもの。そう私が見えたのだろう。
間違った行動ではない。
当然の流れであったとも思う。それを、主が気に病む必要はない。
それなのに、肩を落としている主を見ていると庇護欲に駆られる。身のうちに修めて愛撫したい。
そのためには、人の姿は多少不便だ。都に入ってすぐ、他のものと同じような形を取ったつもりだが、何か着なくてはいけないのは窮屈で息が詰まる。
ぐいっと絞まった襟元を弄ると、何か思いついたのか主が、ふと声を掛けてきた。
「首元苦しいなら、緩めると良いよ」
にこりと子どものような笑顔でそう告げると、腰を上げて「やってあげる」と続けた。
「二つくらいボタン外して……ネッカチーフも、緩めて……」
小さな手が手際よく、首元で動くのはくすぐったい。不思議なほど警戒心を煽られないのは、自分でも不思議なほどだ。主とはいえ、人であるものに対して気が緩む。
「これで良いかな? そんなに、形も崩してないから……少しは楽になった?」
「ああ」
「ごめんね。元の姿の方がきっと楽なんだよね。家に着いたら戻って良いから、それまで我慢してね?」
華奢な指が前髪を梳いていく。
私は『主』だといっているのだから、私のことを気に病む必要は微塵もないというのに。妙な少女だ。
私が「問題ない」と答えると、木漏れ日を受ける若草のように柔らかな笑みを零し、再び隣に腰を降ろした。
がたごとがたごと
馬車は揺れる。
こんなものを使わないと移動出来ない人間は本当に無力だ。
刹那的な生き方しか出来ない人間を利用することに何かを感じることはなかったが……
「―― ……」
午後の陽気に、うつらうつらと船を漕ぎそうな彼女に対してそう思い続ける自信が、少し揺らいでいた。
|