種シリーズ小話:銀狼譚
▼ 小種52『平穏がご馳走』

 週末は種屋で過ごす。

 いわば、実家的な認識で、大丈夫だと思う。
 寮生活しているわけだし……いや、それならそれで、家に帰りすぎだけど。家好き過ぎだけど。

 今日もいつものように週末に家に戻り、夕食を終えた。
 普段なら、のんびりお茶でも飲んでいる時間なのだけど、今日は違う。半地下の作業台に片方の肘をつき、顎を預けて私はぼんやりと、ブラックが魔法石(人工)に細かな細工を掘っているのを眺めていた。

 器用に、かりかりと細かい文字とか模様とか掘り込んでいく。

「見ていて楽しいですか? やめても良いですけど」
「良いよ、続けて。面白いから」
「面白いですか?」

 私の返答にブラックはくすくすと笑いながら、手元の作業を続ける。綺麗な指先が細かな作業を成しているのは魔法みたいで見ていて楽しい。
 いや、まぁ、実際、魔術とか使っちゃう人なので、そういう体はおかしいのだけれど。

「それ、何に使うの?」
「温室の土が弱ってきているので、少し良くしようかと思ったんです。滞って堪った土の力を円滑に循環させることが出来るようになるんですよ」
「へー、よく分からないけど、凄い?」
「凄くはないですよ。普通に売ってます。覗きにいったんですけど、あまり良い物がなかったので……」
「自分で作ったほうが早い?」

 笑ってブラックの台詞を奪えば「そういうことです」と微笑まれた。

「魔術とかそういうのでは出来ないものなの?」
「出来ますよ。ですが、持続させるのに定期的に行わなくてはいけないので、面倒臭いでしょう? これなら、埋めておけば良いですし、二、三年くらいは持続するので良いかと思ったんです」

 こんな話面白いですか? と、首を傾げたブラックに面白いよと微笑む。
 実際知らないことを教えてもらえるのは楽しいし、ブラックの声は心地良い。

「私も出来るかな?」
「必要なら一緒に作ってしまいますよ?」
「それじゃ意味がないの! 教えてもらうところに意味があるんじゃん」
「そうなのですか? マシロは勉強家ですね」

 時々、ブラックとの会話は不毛だ。不機嫌そうに告げても、不思議そうに首を傾げられる。
 ああ、前言に「ブラックに」とつければもう少し明確に伝わったかもしれない。こうして私は、のれんに腕押しということわざを痛感するのだ。

 それから一時間もしないうちに、ブラックは石を完成させた。
 合計八個。
 適当な大きさの籠に入れて放置しそうだから、やっちゃわないのか聞いたら、今日である必要はないから……という話で、

 ***

「―― ……マシロって、変わってますよね? 楽しいですか?」

 楽しくないよ。嫌いじゃないけどね。
 図書館生活のお陰で、土いじりもなんとも思わなくなった。最初はね、色々出てくるから苦手だったのだけど、要は慣れだ。

 種屋の温室は結構広い。
 図書館の温室に比べたら三分の一くらいだけど、寮の部屋なら五つ分くらいだ。
 私は、魔法石の入った籠を持って、てけてけとブラックの後ろをついて歩く。ブラックは、あらかじめ決まっているのか考える素振りもなく、石を埋めていく。

 ひょいと膝を折り、小さくぽんっと音がすると綺麗に丁度良いくらいの穴が開いている。
 そこへ石を寝かせると、柔らかく土を盛って、水を掛ける。そうすると、土が淡く光り、その光が溶け込むと終了らしい。

 因みに私は、石渡す係りで、別に汚れない。
 というか、本当に居ても居なくても良い役回りだけど。良いじゃん一緒に居たいんだから。

 誰にいわれたわけでもいうわけでもない、一人突っ込み。
 それに満足すれば、私はまた、質問タイムを再開した。

「石はどうなるの?」
「じわじわと土に還りますよ」
「石なのに?」
「石といっても、石のような。というだけですからね。魔法具というのが正しいです。魔法灯にはいっているのと同じようなものですよ。あれも、光が弱くなると石が小さくなるでしょう? カナイみたいに魔力があれば、それに補填しますが、魔術素養・魔法灯であれば、光とか火とかの素養がなければ、無理なので新しい魔法石(具)と取り替えるんですよ。因みに、これには土、そして、水の魔力が込められています」

 立ち上がりながらそういったブラックは、私の腕の中にあった籠から一つ取り出して、月に掲げる。
 ドーム型のガラス張りの天井から降り注いでくる月光が、魔法石の中を青白く光らせた。

「凄い、綺麗」

 素直にそう零した私にブラックはにっこりと微笑み「終わらせてしまいましょう」と歩き始めた。
 魔法灯の説明とか、こちらに来たばかりの頃、カナイにもしてもらった気がするけど、あの時はさっぱりだった。
 でも、ブラックの説明だとなんとなく、理解できるというか、理解しようという気が湧くのは愛情の差だ。

 ごめんね、カナイ。

「―― ……どうかしましたか?」

 ふふっと笑いを零してしまった私をブラックが不思議そうに振り返る。
 私はそれを追い掛けて隣に並ぶ。

「どうもしないよ。ブラックは優秀だなぁと思っただけ」

 私の言葉の意味がさっぱり分からないブラックは首を傾げ「まぁ、種屋ですからね?」と答えた。
 やっぱり、擦れ違う。
 でも、ちょっとその残念な感じが可愛い。

「あと二つ、ゆっくり終わらせよう。月も綺麗だし……」

 何かいいそうだったブラックの台詞を遮って私は続ける。

「夜の散歩も良いよね?」

 にこりと笑った私に、はたと何かに気がついたのか、ブラックは、ふっと息を吐いてやんわりと表情を崩し「―― ……そうですね」と笑みを作った。

「手、繋ぎましょうか?」

 そして、差し出されたブラックの手のひらに、そっと手を重ねる。
 ブラックの第一関節まで届かない私の手はブラックと重ねるととても小さく見えた。
 するりと、指を絡めて繋いでしまうと、すっぽり隠れてしまう。

 私はこの手を取るようになって、夜が好きになった。夜はやっぱり、良くも悪くもブラックを連想させてくれる。

「ブラックってやっぱり夜が好きだよね」
「そんなことありませんよ。私はマシロの隣が好きです」

 ―― ……っ

「そ、それは、どうも……ありが、とう……」
「どういたしまして」

 結局いい負かされて赤くなるのがいつも私なのはどうしてなんだろう。私の短い足の、ゆっくりした歩みに合わせてくれるブラックの腕にもたれ掛かりつつ小さく溜息。
 それも私の大切な幸せの欠片の一つだ。

 残りは、星の数を数えながら、植物の説明を聞きながらのんびりと済ませよう。
 時々、有り得ない植物が足元を、通り抜けていくのはご愛嬌。

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