種シリーズ小話:紅譚
▼ 小種5『アリシアの憂鬱』


 あたしの名前はアリシア。
 この図書館唯一の女の子だったのに、突然降って沸いたような女が現れた。でもまぁ、どんな子であったとしてもあたしの敵じゃないわね。

「こんにちは」

 折角、あたしが声を掛けてあげたのに口数も少ないし、面白みのない子。
 花もないし、やはりあたしとは違うみたい。

 心のどこかでほっとしてしまった自分が面白くなくて、あたしは勝手に話を続ける。地味だと指摘すれば少し困ったような顔で曖昧な返事を返し、ほんの少しだけその仕草が可愛いな。とか、思ったことは口にしないけれど無自覚だったら強敵になるわよね。

 一瞬潰しておこうかとも思ったけれど、本当に図書館で出くわす女子生徒はいないから、こんな地味な子でも一応繋いでおいても良いわ。
 これまで、あたしは誰も居なくてもなんとかなったのだから、これからも何となるのは分かっていることだし決定事項だけど、この子はきっと違うだろうから。

 助言しておいて上げると、少し驚いていた。
 何を当然のことで驚く必要があるのかあたしには分からないけど、エミル様の下に着いたということだったしどんなしなを作った子かと思ってたのに、普通であたし的には好感が持てた。

 何だか忙しそうに走り去っていく後姿を見送ってあたしはふぅっと長い息を吐いた。

 エミル様は面倒見も良いし求心力のある方だから、傍に……という生徒は多い――まあ、それ以外に快くない人たちも多いのだけれど……――でも、今居る以上に抱え込みはしなかったのにと思うと何であんな子を抱えたのか不思議だ。

 あたしは彼らに興味を持つほど暇ではないから……そう、あたしは暇じゃない。

 あたしは何としてもっ! ここで上級階位までとらならくちゃいけない。薬師の素養を見出されたときは少しショックを受けたけど、あたしの親兄弟は馬鹿ばかりでどうしようもない。
 上の二人の兄は大して秀でた素養がなかったのと、経済的な問題で三大学園に所属することは出来なかった。

 親の稼ぎは家族の日々の生活でカツカツだ。
 最初はあたしも働いて、残る下の弟二人と家を支えようと思っていたのにあの馬鹿二人の兄はあたしに夢を託した。
 その二人の兄の少ない稼ぎであたしはようやくここに通えている。

 あたしがここで並以上の資格を有すれば家族が楽になる。
 友達なんていらない。
 利用できるものは何だって利用する。

 あの子にだって利用価値があるに違いない……違いないからもう少し……少しだけ、様子を見ててあげる。

 物思いに耽っているあたしの様子を気取ることも出来ない馬鹿な男が駆け寄ってくる。面倒臭いけどその声に振り返ったときには自然とあたしの顔は笑顔を作っていた。習慣って少し怖い。

「アリシアー! この間君が欲しがっていたもの、手に入ったよ」
「まあ本当っ! ありがとうっ! 嬉しい。やっぱり貴方に頼んだのが良かったのね」

 にっこりとそう告げて品物を受け取るついでに軽く手を握っただけで舞い上がってくれて助かる。きっとこの男はもう少しあたしの役に立ってくれるだろう。

 ほらね、こんなあたしは一人でも大丈夫だけど、あの子はきっと違うだろうから。

 あの子は、きっと…… ――

 

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