種シリーズ小話:銀狼譚
▼ 小種48『私の見ているもの』

「何を見ているんですか?」
「月ですよー……」

 週末種屋に戻っていた私は、夕食後もやってくる訪問者の対応に向った――向わせた。が、正解。面倒臭がって足を踏み入れたとたん消そうとする。物騒な屋敷だ――ブラックが、仕舞いをつけて戻ってくるのを待っていた。

 とっても暇だったから、温室の様子でも見ようと、足を運び、そこがとても居心地が良かったから果実酒を持ち込んでその一角で傾けていた。

 ガラス張りの温室を振り仰げば、二つ月の明るい月光が降り注ぐ。細かな月明かりは植物たちに優しく降り注ぎ、とても綺麗だと思う。

 不思議なことに、これだけ夜空が明るいというのに星も沢山煌いている。

 この世界は曖昧なことが多くて、星もそうだ。
 私の浅い知識でも星の位置がそんなころころ変わったりはしない。でもここは昨日あった星を今日見つけるのは難しい。

 違いが分かるのは星詠みの素養を持った人だけ、ということなのかな? 
と、思いながら見ていた。

「仕事落ち着いた?」
「ええ、今日はもう誰もこないと思います」

 月も真上にあるし、誰も無闇に殺されたいとは思わないだろう。
 ブラックは、丸いテーブルに置いてある、空のグラスに私が持ち込んだ果実酒を注ぎちょびりと傾けた。
 下戸だからあれはノンアルコールのジュースになっているだろう。

 本当、ブラックが飲めないなんて、想像できない。

 丁度今夜のお酒はチェリー酒だ。
 私は花見の頃を思い出して笑いを零した。そんな私の思い出し笑いに「どうかしましたか?」と可愛らしく首を傾げる。

 様子を窺うようにゆらりと揺れる尻尾が目に入って私からは益々笑いが零れた。

 少し酔ってるのかもしれない。

「マシロは月を仰ぐのが好きですね」
「ブラックがそれをいう?」

 掛けられた言葉に即座に返せば、不思議そうに瞳を瞬かせてテーブルに空いたグラスを戻すと「私が見てますか?」と問い掛けてくる。

「見てるよ。それにブラックには月明かりが良く似合う。綺麗だなーと思うよ?」
「綺麗なのはマシロですよ」

 にっこりと有り得ないことを告げるけれど、ブラックは私に対して馬鹿だからきっと目が腐ってるんだと思う。否定するのも面倒臭くなるので「ありがとう」と告げておく。

 それに褒められるのは嫌じゃない。

 ブラックは私馬鹿なだけに、きっと本気だから。
 恋は盲目なんて言葉、この人のためにあるんじゃないかな? と思ってしまう。

「でも……マシロは……」

 ぽつりと、呟いてそこで切ってしまったブラックを見上げる。いった傍からブラックは月を仰いでいる。ほら見てる。と心の中で苦笑した私には気がつかない。

「マシロは、太陽の下のほうが似合うのでしょうか?」

 ふ……と視線を私に戻してそういったブラックは、なんて寂しそうな表情かおをしているんだろう。

 ―― ……カタン……

「月光は私には似合わない?」

 すっと立ち上がってブラックの頬に手を伸ばす。素直にその手のひらに頬を寄せてくれる従順なブラックに胸がきゅんとする。

「それってなんだか、ブラックの隣りは似合わないといわれてるみたいで悲しい」

 ほんの少し伏し目がちに告げれば、雰囲気でブラックが慌てたのが分かる。面白い。
 ブラックは私の言葉に一々過剰反応する。
 それがとても可愛らしくて、大好きで……私はきっと離れない。

 ―― ……離れられない。

「そういう意味ではなくてですね?」
「じゃあ、他にどういう意味があるの?」

 いって瞳を掴まえれば、ブラックがほんの少し笑みを零した。

「酔ってますね?」
「酔ってますよ」

 間髪いれずに答えた私にブラックは、くすくすと笑い頬に触れていた私の手を取ってぐいと引く。抵抗する気が微塵もない私は簡単にブラックの腕の中に納まってしまう。

 夜を現すには余りにも優しくて柔らかい所作に、暖かい場所。

 そっと背に腕を回して頬を摺り寄せれば、夜露のような少しだけひんやりした香りがする。

「今夜のマシロには月も似合います。とても蠱惑こわく的ですね。マシロはとても沢山の面を持つのでいつも驚かされます」

 ゆっくりと髪を撫でられ梳かれ、心地良い音域の声に癒される。日中のような躍動的なのもキライではないけれど、やはり私が落ち着くのはここだなと思う。

「―― ……だよ」
「はい?」
「好きだよ」

 私の居場所、帰る場所がいつでもある。

 どこにでもいくことが出来るけれど、どこにもいきたくない。

 でも、私はそれを忘れないために……きっと常駐しないんだろうなと勝手気ままな我侭を通す。
 それを許すブラックも悪い。でもそんなブラックも好き。

 束縛することをどこか怖がっているブラックは可愛い。心が見えなくて良かった。こんなに貴方でいっぱいなのがばれたら、恥ずかしいし、自惚れちゃう。

 愛されていると自惚れるのは私一人で十分だ。

 そのくらいの駆け引きがないと、私はこの猫を掴まえていられない。私は私以上のものも以下のものもなくて、私でしかない。

「マシロ?」

 ぎゅっと背に回した手を握り締めた。

「好きだよ、好き」

 口にしていないと落ち着かない。そうしないと怖くて堪らない。この場所に居られなくなるんじゃないかと堪らなく不安になる。

「愛してます」

 大丈夫、怖がらないでください。そう続けられて私が込める以上の力で抱き締められる。じわりと胸が熱くなって泣きそうになってくる。

「うん……知ってる……」

 ぐりぐりと額を押し付けてそう零した私に、くすくすとブラックが笑う。
 腕が緩み、頬が摺り寄せられれば視線が絡む。視線が絡めば、吸い込まれるように自然と唇が重ねられる。

 どきどきする。身体中が一気に熱持つのが分かる。

「マシロの酒気に当てられたのかな……凄くどきどきします」

 ほんのり頬を朱に染めてそういったブラックに頬が緩む。

 ―― ……なんだ、同じなんだ……。

 私は酔っ払いだから。
 今夜の私は月が似合うから。
 とても、貴方が好きだから……

「もっとどきどきしよう」

 とても大胆になれる…… ――。

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