種シリーズ小話:銀狼譚
▼ 小種46『白の宮殿』(レニ視点:本編より)

 業者とかでない限り、教会の裏手からくる来訪者は珍しい。
 後姿からでも分かる慌てぶり。子どもを手放すにしてもここまで来たなら、ここで足を止めるというのもおかしな話だ。

「どうか、しましたか?」

 あまりにも気の毒になって、声を掛ければべそをかいたような顔で見上げてくる。その姿があまりに母親というには未熟すぎて、なんとなく察することが出来た。

「変わりましょうね」

 そっと彼女が相手にしていた赤ん坊を抱き上げる。まだ首も据わっていない幼子だ。こんなところに一人にするなんて……理由なんて知れている。

 恐らくこの子は、いらないといわれてしまった子、なのだろう。

 もう幾度となくその手に抱いてきた幼子はいつもいつも、その息吹を強く主張してくるのに、どうして一番に分かって欲しいものへの主張は通らないのだろう。

「凄い……ありがとうございました」

 おろおろしていた少女は私の腕の中の幼子が落ち着きを取り戻すと、心底感心したという風に口を開いた。いいえ、と顔を上げて、改めて少女を前にして身体中に緊張が走った。
 腕の中を覗き込み、本当に助かりました。と、微笑む少女の姿はあまりにも珍しかった。

 獣族ではないということは、蒼月教団の関係者ではないということだろう。ということは彼女は一体……確かに王都は広い。人の数も行き来も多い。

 けれど、これほどの存在ならば、噂になってもおかしくない。

「えっと、その」

 つい魅入っていた私に不安そうな瞳が揺れる。

 ―― ……見付けた

 と直感した。私と彼女は出会うべくしてここで出会った。
 しかしまだ時期が早い。
 ここまで念入りに隠されていた……いや、隠すことの出来るほどの力を有するものが彼女の傍に控えているということだ。
 まだ、早い。まだ…… ――

 彼女自身を知り、彼女の周りを知らなくては……とりあえず、と、そう思い立って教会に招き入れ、子どもたちと遊んでいた姿は普通の少女に違いない。

 傾きかけた太陽の光に徽章を翳し、空を赤く染める陽光を反射させる。

 ふぅと零れ落ちる溜息に、まだだと、重ねる。

「それにしても……」

 この徽章……本当に面倒なことばかりを起こす。
 私はあの血統が大嫌いだ。

 ぎゅっと握り締めれば徽章の角が指の節に食い込みその存在を誇示するようだ。

「あれ? おねーちゃん……なんでこんなところで遊んでるの?」
「おや……マシロさんを知っているんですか?」
「うん」

 ユイナは祖父の具合が悪くなったからと、ここ最近身を寄せるようになった少女だ。
 美しいときからの啓示かもしれない。私は運が良い。思わぬところから情報を得ることが出来そうだ…… ――

 夕暮れ時に姿を現し始めて白月を仰ぎ祈った。
 白月より使われし聖女……もう一度人々の心に『美しいとき』を分け与えたまえ。



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