種シリーズ小話:銀狼譚
▼ 小種45『可愛いんだから仕方ない』

「なんで俺が荷物もちなんだよ」
「だって、カナイしか暇そうな人居なかったんだもん」

 声を掛ければ大抵ついてきてくれるのに、それを愚痴らない日はないカナイは可愛くない。嫌なら断れば良いのに断らないし。そうじゃないのなら、ぶちぶちいわなきゃ良いのに。

 ぬぅっと私まで眉を寄せる。

 倦怠期真っ只中のカップルのようだ。

 本日アルファはまた騎士塔で、訓練を見るという名目のストレス発散に機嫌良く出掛けていった。エミルは珍しく出掛けていて、寮の中で見かけなかったのだ。

 唯一、図書館の隅っこで、鼻歌交じりに――近寄りがたい機嫌の良さで――本を物色中のカナイが掴っただけだった。

「それで、これスゲー大量だけど、何すんの?」
「お菓子作るんだよ」

 大量のフルーツとブロックチョコを買い込んだ。
 もちろんバレンタイン用だ。

 シル・メシアは基本的にそういう習慣はない。一日は元の世界と同じように二十四時間で回っているけれど、一年の日数は毎年微妙に違うし、十三ヶ月ある。その全て、年末に王宮選任の星詠み人たちが決定するのだから、いい加減だ。

 で、厳密には少しずれるのだろうけれど、元の世界ならそういう頃合いかなと思って、用意してみることにしたのだ。その荷物もちに借り出して悪かったなとちょっとは思うから、合間に休憩を入れてカフェのオープンテラスでお茶をしているというのに……。

 カナイは私の返答がお気に召さなかったのか「ないないない」と首を振って質問を重ねた。

 失礼極まりない。

「何すんの?」
「カナイ、耳まで悪くなったの?」
「俺はどこも悪くねーよ、どこが悪いかあげてみろよ」

 子どもの喧嘩か。
 先に吹っ掛けてきたくせにと思ったものの、そこは私の方が大人ということで、大人しく引いてあげよう。
 それにカナイの欠点をあげるなんて、んー……可愛くないところ? いやでも寧ろそれも弄り甲斐がある。素直じゃないのだって同じだし、頭固いのだって、ちっちゃいものや用途不明な細工物が好きなのも別に欠点じゃない。

 いや、本当、遊び甲斐のある人だと常々思う。

「おーい?」

 思考の深いところへと沈んでいた私の目の前でカナイの手がひらひらと振られる。私は、はたと気がついて「カナイさん完璧ー」と持ち上げた。素直に嫌そうな顔をするところが素敵ですよ。

「それでね、この大量の……」
「あら、兄さん」

 私がやっとこ説明を開始しようとしたら、涼やかな少女の声が聞こえ私の台詞をあっさりと遮った。カナイが、目にも分かりやすく肩をこわばらせる。
 声は外から掛かっていた。ここはウッドデッキになっているから、通りからは一段高い。姿を探したら柵の外側からこちらを見上げてきている少女と目が合った。

「お、お前何して……――」
「最近変なもの送りつけてきたり、変な手紙送ってきたりしなくなったと思ったら、こういうこと?」

 濃茶の髪を綺麗に伸ばし、表情に乏しい顔だけれど、涼やかな目元をした綺麗な美少女だ。兄さんと呼んだということはカナイの妹――妹が居るという話を小耳に挟んだことがあったような気がする。

「い、いや、最近忙しくて」
「ええ。そうでしょう。でも、そのお陰で助かりましたわ。倉庫が手狭になっていましたから」
「おっ! お前、俺が贈ったのそのまま倉庫に放り込んだり」
「してますけど、何か?」

 笑っていいのかどうか分からない。どうしよう。この兄妹に割り込んでいく隙がない。というか面白い。
 なんだろう、カナイの妹さんは竹を割ったような性格のようだ。話し方が清々しいことこの上ない。

「冗談だろ?」
「いえ、本当です」

 カナイはがっくりと頭を抱えたけれど、うん。嘘をついているようには見えない。にしても会わないとかいいつつ頻繁に連絡を取りたがっているんだと思うとやっぱり可愛いやつだ。

 ……求められては居ないようだけれど。

「上がって一緒にお茶でも」

 私が声を掛ければ、兄を睨みつけていた表情を一転させ、どきりとするような、とても愛らしい笑顔で「ごめんなさい」と断られた。

「お誘いありがとうございます。ですが、私も使いの途中だったのです、偶然愚兄を見かけたので」
「愚兄って……――」

 凄い変わり身の早さだ。
 そして兄を叩き落すことを忘れない。

 是非とも見習いたい。
 私もこのくらいの切り替わりの速さを身につけたら、ブラックに振り回される回数が減る気がする。

「ですが、うちの兄はかなり浮世離れしていて常人とは思えないずれを発揮します。面倒見ていただけるのはありがたいのですが、ご注意くださいね」

 湖面に陽光が反射しているときのようにキラキラと眩しい笑顔で、告げてくれるけど。

 毒だ。
 この猛毒に私の正面の当人は撃沈している。

 可哀想に……。

「慣れてるから平気だよ」

 にこりと返せば、カナイが益々凹んでとても愉快だ。
 ちらりと同時にカナイを見た妹さんと目が合って、互いに口角を引き上げる。気が合いそうで良かった。「では……」と暇を告げた妹さんに軽く手を振って見送ると、その姿が角を曲がって見えなくなったところで、カナイはやっと顔をあげた。

「可愛い妹さんだね」
「―― ……ホント俺と違って世渡り上手だよな」
「え?」

 妹さんが消えていったほうをぼんやりと見つめながら、そう零したカナイに問い返せば「んー?」と返事があり続けられる。

「俺には微塵もない素養だよ。でも、まぁ、あいつが持ってて良かったよ……」

 完全に見えなくなった姿を追うように瞳を細めたカナイになんだか切なくなる。カナイ、本当は家に帰りたいんじゃないだろうか?

「カナイ」
「何?」
「これあげる」

 紅茶に添えてあったシナモンクッキーを、タイミングよくカナイの口に押し込んだ。カナイは一瞬息を詰めて、ごほっと咽る。

「ああ、もうっ! 上手に食べないと粉が散る」
「おふぁが!」

 文句いってるけど良く分からない。良く分からないけど……いつものカナイに戻って良かった。シリアスなのは似合わない。私はそんなカナイが好きだ。

 自然と笑ってしまうと、なんとか口の中が落ち着いたカナイがバツが悪そうに私から目を逸らして「サンキュ」と零した。

「さ、てと、これを馬車乗り場まで運んで」
「は?」
「私これから家に帰るから、」
「いや、帰るって、お前今から帰ったら日が暮れるし、それに明日」
「授業には間に合うように、ブラックに送ってもらうよ。大丈夫」

 大丈夫って……と語尾を濁したカナイに私は平気だと重ねた。それなら傀儡でブラックを呼びつけたほうが早いと提案されたけれど、そこまで世話になるのもどうかと思い、私は断って馬車までカナイに荷物運びをさせた。

「戻るの楽しみにしててね」

 にこにこと人が手を振ったというのに、カナイは苦虫を噛んだような顔をして、分かったと手を降った。
 あいつ、なんの覚悟を決めたんだ。全くっ!


※白蒼月銀狼譚:番外編【バレンタインパニック】に続きます。

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