種シリーズ小話:銀狼譚
▼ 小種43『恋文』

 ―― ……こ、これは、もしかして……

「恋文ですね」
「ラブレターだね」
「うわーすげー、一輪のバラのようだって」
「マシロちゃんはバラっていうよりも……ばらばら?」

 人がこっそり人目を忍んで手紙の封を切ったというのに、こいつら……どこで嗅ぎつけてくるんだ。
 背後からずんずんずんっと圧し掛かられて、私は手の中で今しがた読み終えた手紙を握り締め額は膝と仲良くなった。

「エミルは私に喧嘩を売っているんですか?」
「やだな、僕は手紙なんて紛らわしい真似しないよ」
「―― ……と、いうか……」
「え、何? マシロ」
「二人とも私の背中から離れなさーいっ!!」

 爆発した。



「私の教科書に挟まってたんだよ。ちょっと席を外した隙に。私の名前もないけど、相手の名前もないから、誰かの悪戯か、人違いか」
「とりあえず、人違い説は消そう。精神衛生上良くない」
「あ……ああ、そうか」

 図書館はほぼ男子校状態だった。
 私もしくはアリシア以外だとしたら男性から男性宛だ。私はそういうの否定しないけどね?

「ということはアリシアかな? 親衛隊の誰かがってことかなぁ?」

 だとしたら渡してあげたほうが良いのだろうか? でも送り主も分からないし、貰っても困るよね? うーんっと唸れば聞き慣れた溜息が聞こえた。振り仰げばもちろんブラックだ。

「マシロの私物に紛れ込んでいたのに、どうして自分宛だと思わないのですか?」

 さっきどけたばかりなのに、再度背後から抱きついてきて零すブラックに眉を寄せる。

「ない。ないね。私、そんなの貰ったことないし……」
「なんか、そういう全否定ってカナシーですね」
「アルファ……そこは突っ込んでやるなよ」

 カナイとアルファがさっきから失礼すぎる。

「それはそうと、今日は何でまた全員揃ってるの? 仲良しさんだね?」

 もちろんブラックは苦虫を噛んだような顔をした。

「偶然です。私はマシロに会いにきただけで、他に興味はありませんから」
「僕は教室までマシロを迎えに行こうと思ったら、廊下で挙動不審なマシロを見掛けて、声を掛けそびれて」

 説明してくれたエミルに、同じくとカナイとアルファも挙手する。
 私、こんなにぞろぞろ引き連れてて気がつかなかったのか。なんかそっちにがっかりだ。

「それで、どうするのですか? 名前も何も記入していないくせに、時間と場所だけはしっかり書いてありますけど?」

 人の肩に顎を乗っけて、手紙をぴんっと弾くと、ぶーぶーとブラックが口にする。その度にブラックの耳が、ふわふわ私の頬をかすめて、くすぐったい。
 私はそれを堪えて、その指先が弾く先を睨みつけ、うーんっと唸った。

「―― ……一応、行く。かな?」
「じゃあ、私も行きます」
「良いけど猫の姿でね。あと、消しちゃ駄目だよ? この人だって、間違えたと思ってないんだから、きっとショック受けちゃうだろうし、ちゃんと説明してあげないと」

 うん。と頷いてそう続けた私に、その場の全員が思い切り嘆息したのはなぜだろう。
 ちょっと不愉快だ。


  ***

 ……予想出来たことだけど。何でまた全員着いてくるんだ。

 私は指定されていた時間に合わせて、指定場所へと赴く。傍で普通にいつもと変わらずおしゃべりしつつみんな平然と着いてくるし。

 別に私は良いけどね。

 でも、普通、遠慮しない? いや、経験ないから分からないけど、こんなものなの? 
 私は、頭の上に飛び交う疑問符に答えるすべもなく、腕の中のブラックにも嘆息する。

「でも、なんで待ち合わせ場所が研究棟側の中庭なんでしょうね? 差出人が研究員ってことはないでしょう? だって、教室に来てたんだから」
「んー、まぁ、魔術的なものは感じなかったから直接置いてったんだろうしな」
「生徒に預けたって可能性も否定出来ないよねぇ?」

 私にはどれも分からない。
 黙っているとブラックが腕の中から顔を上げて「緊張しているのですか?」と可愛らしく問い掛けてくる。

「え? ああ、緊張? してないこともなくもないけど、大丈夫だよ? 平気平気」
「人違いだから?」
「そうそう、人違いだから」

 わざとらしいくらい強く頷いた私に、ブラックは、ふぅと息を吐いてごろごろと擦り寄ってくる。

「……なんだか良くない予感がするので、向うのはやめたほうが良いと思います。エミルにでも行ってもらったらどうですか?」

 ―― ……なぜにエミル限定。

 あのねぇと、いいかけて「別に僕だけで行っても良いよ?」のエミルの台詞に重ねて肩を落とす。

「駄目ですよ、それならカナイさんが一人で行けば良いんです」
「いや、なんで即俺? 別に良いけど……」

 ごちゃごちゃと結局、最後まで揉めながら研究棟の中庭に出た。出たところで、大きく手を振った人物が目に入る。立ち姿も美しい、流れるような所作の彼。

「え……ラウ先生?」
「いやぁ、人手が欲しかったんですよ」

 シゼが中庭に山と積まれた荷物の横で、はあと大きく嘆息した。

「本当に、皆さんでいらっしゃるとは……」
「だから、いったでしょう? シゼ。マシロ一人呼びつけたら絶対人数集まるって」

 とりあえず、全員が足を止め頬を引きつらせた。私はそんな中恐る恐る問い掛ける。

「これ、ラ、ラウ先生が?」
「ええ、愛を込めて書きました」

 いや、そんな素敵な笑顔で告げられても……。

「機材運びが大変で、手伝ってくださいますよね?」

 三人とも手伝う義理はないとばかりに、回れ右したが、ここまで来たのだ……私だけでも手伝ってあげないと可哀想だ。

 私は、足元にブラックをそっと下ろして足首に擦り寄ってくるブラックに「先に帰ってて」と告げてから「手伝いますよ」と苦笑した。

 背後から、えーっ! とアルファのブーイングが聞こえたけど、騙されたほうが悪いと思う。それに正直ごたごたにならなくて良かったと、ほっとしているところもある。

 そして、私が一人手伝うといえば、必然的に残り三人も手伝うことになり、ブラックだけが庭に設けてある石のベンチで丸くなっていた。

 種屋、実は暇なんじゃないかと思う瞬間だ。

 ―― ……まあ、これで私があんなものを貰うはずがないと、実証出来たわけだよね。

 この証明のされかたは、もんの凄く不本意ではあるものの……。




 その後、この手の手紙が届けば、即放置されてしまったわけだけど、ラウ先生も懲りないよね。二度は通じないっていうのに。筆跡まで変えるという巧妙さだ。悪戯や退屈しのぎに掛ける、ラウ先生の執念は半端無い。
 もうっ! と今日も来ていた手紙をとりあえず本の間に挟んで無視した。それを見ていたカナイに声を掛けられて

「あれ? お前それ……」
「んー、ラウ先生の悪戯でしょう? 今日私ギルドに顔出すって、テラとテトにいってあるから無理なの。代わりにカナイがいってくれる?」

 私は、はい。とカナイのポケットに封筒を押し込むと「お願いね」と寮棟へ急ぐ。早く片付けて町に出よう。



 ***



「なんでお前が来るんだよ。オレはマシロちゃんに」
「だから、そのマシロから頼まれて……ホント、俺だって聞きたいよ……」

 カナイが、がんがん面倒ごとに巻き込まれてしまっていることに私が気がつくことはなかった。



 

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