種シリーズ小話:紅譚
▼ 小種41『親指姫の憂鬱』

「―― ……よし、これで明日提出分はなんとかクリアした」

 私は机の上に散らかった紙を一纏めにして、とんとんっと揃えるとぱちんっと留めた。レポートって題材探すところからややっこしくて、好きじゃない。
 だから、エミルに手伝ってもらおうと思ったら、見付からなくて、仕方ないからカナイに手伝ってもらおうと思ったのに、あっさり断られた。

「ま、終わったから良いけど」

 ちらりと時計を見ればまだ夕時までは少し時間がある。ギルドに顔を覗かせても良いかなと思って、出支度をと立ち上がったら

「あいたっ!」

 こつんっ! と、何かが頭に当たった。
 上から何か落ちてきたのかと見上げたけど、普段と変わらない天井があるだけだ。当たり前だけど。
 私は痛みの残る頭を擦りつつ、首を傾げた。

「マシロか? マシロだな?」

 んー? 私は確実に誰か、というか、聞き覚えのある声に名前を呼ばれてきょろきょろする。
 私の耳が確かなら探さないといけないような人物ではないのだけど……。

「こっち!」

 いわれて、くんくんっ! と、上着の裾を引っ張られた気がして視線を丁度そのくらいの位置にあった机の上に落とす。

「―― ……私疲れてるよね?」
「そんなこと、俺が知るわけないだろ!」
「いや、疲れてるよ。絶対。ギルド行くのやめて、夜まで寝て過ごそう」

 はぁ、と目頭を摘んで、ぐっと押さえながらベッドに向おうとしたら止められた。夢とか幻覚とか白昼夢とかそういうやばそうなものじゃないらしい。

「んー、じゃあ、ファンシー」
「もう、なんでも良いから手を貸してくれ」

 手? いわれて反射的に机上に手を伸ばす。

「いや、その手じゃなくて、いや、もう手で良いか……」

 相変わらず、ぶちぶちといいながらやってきたカナイはぶつぶついいながら、私の手のひらにちょこんと乗っかった。なんかくすぐったい。

「で、どうして、こんな姿にされてるの? いつ戻るの? どうやって戻るの? なんでここに落ちてきたの?」

 ぶすっと私の手のひらの上で胡坐をかいたカナイは、不機嫌そうに知るかっ! とそっぽを向いた。ふーん? と挑戦的に私が手のひらを傾ければ慌てて「クルニアだっ! クルニアっ!」と叫ぶ。

「クルニアって、確か大聖堂の研究員で、カナイの古い友達の名前だったよね?」
「そーだよ。いや、友達? あ、まぁ、もう良い。んで、そいつに呼び出されて出掛けてたんだ」
「あ、だからレポート手伝ってくれなかったの?」

 むぅっと眉を寄せて問い掛ければ、そうだよ。と嘆息した。

「それで、あの馬鹿っ! 変な魔法具俺につけやがってっ! 気がついたらこのサイズに縮んでたんだよ」

 ぷりぷりと続けたカナイは、体長十五センチほどになっていた。十七センチくらいはあるかもしれないけど、まぁ、二センチくらい大差ないだろう。
 ちょっとしたお人形サイズだ。いつものふてぶてしさがなければ、可愛らしい。

「魔法具?」

 問い返した私にこれだよっ! と前髪をかき上げる。中央に石の嵌ったサークレットをつけている。

「ふーん……それにしても若干やつれてるね?」
「仕方ないだろっ! 図書館まで戻るのも一苦労だったんだ。あいつ、大笑いしてどっかいくし、魔力が殆どないから、転移距離が短くてここまで戻るのに、どれだけの修羅場をくぐってきたか」

 はぁ、と嘆息したカナイの頭を開いたほうの指先でよしよしと撫でると、ずんずんっと頭が沈んでいく。

「エミルのところに出たら、鍋で煮られそうだし、アルファのところに出たら何されるか分かったもんじゃないし……一応、お前一人なら安全圏かと思ったんだよ」

 切々と語るカナイを見てるとちょっぴり切なくなる。

「で、戻り方を調べるために手を貸して欲しいんだが……」
「良いよ、別に。レポートも終わったし、ギルドにいこうかと思ってたところだから」

 寮にいては埒が明かないだろうと、私はひょいとカナイを摘み上げると、カナイが暴れるのを無視して胸ポケットにぽいっといれた。

「くすぐったいからじっとしてて」
「―― ……はい」

 ぴしっとおでこを弾けば、カナイは諦めたようにぐったりと大人しくなる。

「あ、マシロ。丁度良かった、カナイを見なかった? 今日午後から全然見てないんだよね……折角楽しそうな薬が出来たのに、飲んでくれる人がいなくて……」

 丁度部屋から出ると、隣の部屋の扉が同時に開いて中から出てきたエミルが呪いの言葉を吐いた。私は「あー……っと、見てない、かな?」と曖昧に答えて首を振る。

「そうなの? で、何か忙しそうだけど、手伝おうか?」
「え、っと、っ! い、いや、だ、大丈夫。うん」
「そう? 何かあったらいってね、手伝うから」

 エミルの笑顔に少しだけ罪悪感を感じながら私はその場を立ち去った。頭の先まですっぽりポケットに納まっていたカナイが顔を出し「助かった」と項垂れた。

「どうでもいいけど、ポケットで暴れるのやめてよ。くすぐったいから」

 多分、黙ってろと騒いだのだろうと思ったからあの場は逃げたけど、と、眉を寄せる。



 そして、調べ物をするには最適な個室を一つ陣取って、私たちは作業を開始したけど……どうにもこうにも……はかどらない。

「ねぇ、エミルたちにも手伝ってもらったほうが良くない?」
「嫌だ」
「じゃあさ、クルニアさん呼びなよ。そしたら、直ぐ解決するかもしれないじゃん」
「無理。あいつが呼び出しに応じるとは思わない。あいつは毒を作っても解毒剤まで責任を持つタイプじゃない」

 クルニアさん、酷いいわれようだ。
 私は、本の頁を一生懸命捲ろうとしているカナイを、どかして、ぺらりと捲ってあげたあと、両腕を机上に放り投げて「無理だよー」とぼやいた。

「大体、そういう呪いはね、王子様のキスで解けるって相場は決まってるんだよ。うん。私の世界では大抵そうだよ。お姫様の眠りだって覚めるし、カエルの王子だって人間に戻るんだから、キスは万能な呪い解除の方法なんだよ。試してみれば良いじゃん」

 ぶーぶーっ! と零した私にカナイは、はぁ、と嘆息する。

「あのな、王子って」
「居るじゃん、正真正銘の王子様が」
「エミルとキスしろっていうのかよっ!」
「別に、口と口でしろっていってんじゃないんだから、良いじゃん。その輪っかに、ちゅっとしてもらってみれば」

 正直、作業に飽きてきた。
 お日様も傾いてきたし、室内の魔法灯もほわりと明かりを灯し始める。

「仕方ない、そんなに嫌なら、カナイの寝床を用意しなくちゃね。空き箱か何かに……」
「飼おうとするな」
「えー、じゃあ、一緒に寝る? 風邪引いちゃうよ。ブラックでも来てくれたら、獣型とってもらって、抱いて寝てもらえば良いじゃない?」

 ちょっと、それはそれで可愛いかもしれない。そして、何気にちょっぴりカナイが嬉しそうな顔をしたけど、ブラックだよ? ……まぁ、本人が本当にそれで良いのなら私は構わないけどさ。

「とはいえ、もう飯の時間だよな。あいつらお前を探しに来るだろうし……今日の作業はここまでか……何かヒントになりそうな本を持ち出して、部屋に戻ろう」

 がっくりと項垂れたカナイが、数冊本を選んだあと、来たときと同じようにポケットに納め、本を抱えて部屋に戻った。


 カナイは大聖堂に用事があって、遅くなるとエミルたちには伝え、夕食の間は部屋でカナイは調べ物をしていた。

 王子様にキスは結構有効な手段だと私は思ったんだけどな。
 ぼんやりと食事を口に運びながらそんなことを考えていた。

「どうしても必要だとしたら、カナイにキスしてくれる?」

 ぽつっと零せば斜め前に居たアルファが、ぶっと噴出して咽こんだ。

「え、ええっと、マシロ? どうしたのかな? もしかして、それ、僕に聞いてる?」

 明らかに頬を引きつらせて問い掛けてくるエミルに私は真摯に頷いた。

「え、ええっと……何がどうなれば、そういう必要性が出てくるのか、な?」
「うん、例えば、魔女の呪いで、永遠に眠っちゃったり……毒りんごを食べて仮死状態になっちゃったりしたとき」

 アルファが、机を抱えて笑いを堪えているのを横目にしつつ、私は真面目に答えた。エミルは、あー、とか、うーんっとか、相当困っている。

「そのあと、マシロがキスしてくれるなら良いよ。……あー、いや、でも……うーん。まぁ、良いよ」

 物凄い譲歩した結果らしい。

「本当? そっか、そうだよね。ありがとう、エミル。ご馳走様」

 私は、ぱんっと手を合わせてそういったあと、先に部屋に戻ると告げて席を立った。

 

 ***

 

「だから、それはなしだって!」
「えー、でもエミルしてくれるっていってたよ」
「そんな根拠も何もないことを、だなっ! というか、お前そのあとエミルとキスするのか?」
「するよ。良いよ。おでこになんだからおでこにでしょ? エミルが嫌がらないなら、全然オーケー」

 にこにことそう告げればカナイは机の上で膝を抱えて、深い溜息を吐いた。

「なぁ、お前さ。王子様を熱烈に圧すけどさ、どうして、そこでお姫様って発想にならないわけ? 男同士どうにかしようっていうより自然だろ?」
「だって、お姫様は近くに居ないじゃん」
「近場で済まそうとすんなよ!」

 きっぱりと告げれば、素早く切り返された。全く、可愛げのないお人形だ。

「ええ? じゃあ……どうしよう。やっぱり、エミルにお願いして、おねーちゃんか妹紹介してもらう? 居るよね、きっと」
「どーしても、お前はキスを試したいわけだな?」

 落胆の色を消せないままそういったカナイに私はこくんっと頷いた。こんな機会、滅多にないもんね。是非ともやってもらいたい。

「じゃあ、お前がやれば良いだろ?」
「え?」
「だから」
「でも、私お姫様じゃないよ?」
「お姫様だろ? お前くらい特別なお姫様なんて早々居ないだろうが、白い月の少女で、聖女、なんだし」

 ぷいっとこちらも見ないでそう告げるカナイには、些か納得し難かったが、まあ、物は試しということもあるし、試して見ても良いかもしれない。私はひょいとカナイの首根っこを掴み上げて、左手の手のひらに乗せた。

「いや、まて、冗談で、その」
「往生際が悪いな。カナイがいったんでしょ? 大丈夫、おでこだから、嫌でも我慢してよ」
「い、嫌とかそういうことじゃなくて、だ、な」
「問答無用」

 逃げ出そうとしたカナイを開いた手で押さえて、私は半ば強引に実験を実行した。



 ぼんっと破壊音が響き、白い煙が上がった。同時に部屋はノックされていたのだろう、かちゃりと扉が開いて、上がった白い煙が外へと逃げていく。

「何、この煙? マシロ、チルチル先生が……って……え?」

 あれ? 私カナイに触れたかな? というか、重い、苦し、い……突然襲ってきた衝撃に、自分がひっくり返っていることに気がついて、反射的に堅く閉じていた目をゆっくりと開くと、物凄い近いところにカナイが居て乗っかられていることに気がついた。

「―― ……ん、ぁ」

 声を出そうとすれば、息が外に漏れない。漏れないってことは……

「っ!」

 お互いに視線が絡んで大きく目を見開くと、弾かれるように離れた。
 ひ、ひぃぃぃっ! がっつりいっちゃったよ。でこちゅーの予定がなんでこんなことに、何これ、何? なんなの?

 私が混乱している間に「何を、やってるのかな? カナイ……」地の底から響くような低い声で、そう囁いてゆらりと歩み寄ってきたエミルに、カナイは「いや、」とか「これは、」とか次の言葉が告げなられなくなっていた。

「マシロの様子がおかしいと思って気にすれば……」
「い、いや、だから、これは、俺は、呪われてて」
「何?」
「ご、ごめんなさい」

 それからカナイはエミルに首根っこ掴まえられてずるずると部屋から引きずり出されていった。

「これは事故、これは事故、これは事故……」

 私はそんなカナイを見ることもなく口元を押さえて、ぶつぶつと呪文のように繰り返した。


 翌日、どういうわけかクルニアさんから私宛に謝罪文が届いた。

 それに寄れば、あの魔法具は玩具みたいなもので、時間セットされていて、時間が来れば自動的に爆発して、元に戻る仕掛けだったらしい。
 私もカナイも何もこそこそと大騒ぎする必要はなかったようだ。はぁ、と嘆息してそれをきちんと封に入れて仕舞い込む。

 所詮、御伽噺の呪い解除は御伽噺でのみ有効なようだ。


 そのあと暫らくのカナイの処遇は触れないほうが良いだろう……――

 

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