種シリーズ小話:紅譚
▼ 小種40『薬師との再会』
※ 神様お願い・種屋との再会(頑張ったご褒美)王子との再会。は本編に組み込み済み ※

「シゼ、はっけーん」

 今、正に寮棟の裏から外に出ようとしていたシゼを掴まえた。
 あからさまに嫌な顔をしてくれるシゼはとても可愛くなくて可愛い

 ―― ……明らかな矛盾だけど。

 それにシゼの良いところは嫌だと思っても決して無視したりはしないところ。要するに良い子なのだ。
 私はにこにことシゼの傍に歩み寄って手に握られた紙をちらと見る。

「買い物?」
「頼まれたものを取りにいくだけです」

 ふーん。と、頷いた私にシゼは反射的に眉を寄せて「連れて行きませんよ」と口にする。

「なんで?」
「なんでって必要ないからですよ」
「なんかさ、最近……シゼって前にも増して私のこと嫌い? 避けてる? 私傷付いてるんだけど」

 別にそんなこと一切思ってないけど、良い子のシゼには効果覿面。
 私は悪いおねーさんです。

「……そんなこと、ないですけど」
「じゃ、行こうか」

 ぐいぐいっとシゼの袖を引っ張って私は扉を開いた。シゼはなんでそんな流れになるんですか! とかぼやいている。

「寄り道はしませんよ? それから、何かあっても僕はマシロさんを護ったり出来ませんよ。そういうのには不向きです。期待しないで下さい」
「りょーかい」

 にこにこと頷けば盛大な溜息を吐かれる。
 これも慣れたからいつものことだ。

「どこにいくの?」

 慣れたレンガ道を二人で並んで歩きながら問い掛ける。シゼはラウ先生から受け取ったのだろう一覧表に目を通しながら答えた。

「ミア工房に修理に出していたものを取りにいって、市で買い物をして……エリスさんの雑貨店で不足したものを買い足す……くらいですね。結構歩きますけど」
「荷物持ちが必要だねっ!」

 帰っても良いといいそうだったシゼを先回りしてにこりと答える。シゼは、またも溜息を重ねて「お願いしますね」と一応微笑んだ。

 シゼのすみれ色の髪は日に当たると白に近くなる。同系色の紫暗の瞳……凄く綺麗だし、その証拠のように擦れ違った何人かが振り返っている。

「シゼって大きくなったね」
「……なんですか急に。成長期なので仕方がないでしょう」

 ま、そうだよね。
 男の子の一年って凄く大きいと思う。私はもう縦に伸びる期待は薄い。
 折角同じ目線くらいだったシゼも今は軽く見上げる。

「マシロさんは丸くなりましたね」
「それは体型が?」
「……見た目は小さくなったと思います」

 シゼがでかくなったんだからね。私は変わらない。

「なんとなく、ですけど。まぁ、愚かだなーとは思いますけど」

 遠慮ないなー、相変わらず。

「僕と出掛けても楽しいことなんてないでしょう。僕は外では貴方の役には立ちませんよ。どうせ、暇で出掛けたいのなら、アルファさんやカナイさんが適任だと思います」

 何気にエミルを外しているところがシゼらしい。本当に大好きなんだね。

「もしくは、ギルドの雑用でもこなしているほうが余程建設的です。ああ……今はその必要がないんでしたね?」
「シゼって本当に私が嫌いだよね?」

 私の言葉に、刹那口を噤む。
 ややして、私をちらりとみたシゼは小さく肩を竦めた。

「好きか嫌いかと問われれば嫌いですね」

 あのね、私も一応傷付くんだよ。眉を寄せた私をシゼは気にしない。

「大体、マシロさんだって僕は必要ないでしょう? 貴方の後ろ盾は揺るぎない。だって、月まで届くのだから」

 ぷいっと顔を背けてそういったシゼに、私はふと思い至る。

「……シゼ、もしかして、拗ねてる?」
「拗ねてません」

 そうか、拗ねてるのか。
 厄介ごとになるのは目に見えていたから、シゼは外したとエミルたちがいっていた。
 何かこそこそやっていると思ったらとかいって、シゼは薄々気がついてたから、きっと蚊帳の外で。
 そっか、それで面白くないのか。

「ふふ」
「な、なんですか、気持ち悪い」
「いや、うん……なんでもない、けど。気持ち悪いって失礼だな」

 そんな話をもさもさしながら、私たちは用事を一つ一つこなしていった。手の中にはラウさんの容赦なさが痛感できる量の荷物が……。

「これさ、一人って無理じゃない?」
「―― ……そう、ですね……」

 流石のシゼも少しげんなりといったように口にした。そして、ぶつぶつと続ける。

「だから、寮棟の裏口から出ろっていったんですね」

 はぁ……と嘆息。
 私が何それ? と、首を傾げればシゼはちらとだけ私を見て「ラウ博士です」口火を切った。

「研究棟の裏から出て行くつもりだったんです。最初は。それなのに、ラウ博士に寮棟のほうへ廻るように指示されて……きっと、マシロさんがついてくるの予想していたんですね」
「それじゃあ、私はラウ先生の予想通りの行動をしたわけだ。って、まぁ、今更あの人に何を読まれてても私は驚かないよ?」
「僕はいつも驚かされます」

 小さく肩を落とすシゼに重ねられた気苦労は計り知れない。なにせあのラウ先生が相手なのだから。あの人だけは本当に掴みどころがないなと私でも思う。
 シゼはちらりと私の手元を見た。

「あとは雑貨店に行くだけですから、少し休憩しましょう。マシロさんが好きだといっていた店にでも行きましょう」

 もんの凄く意外な誘いだった。
 思わず目を丸くしてしまった私に、シゼは僅かに頬を赤らめて「嫌なら良いです」と口にしてから両手の荷物を何とか片手に寄せた。そして開いた手を私の方へ出して「その荷物かしてください」と指先を振る。

「大丈夫だよ。このくらいヘーキだから」
「平気ではないです。あまり長く今の状態を保っていると、荷物を降ろしたとき指の感覚がなくなります」

 ほら、と続けられてそういえば指先がひんやりしていることに気がついた。シゼって本当に良く見ている。

「ならシゼも一緒だよ。カフェに寄ろう」

 シゼの脇をすいと通り抜けてそういった私に、最初からそういってるのに。と苦笑するシゼはどこか誰かに似てきていた。

「新メニューとか入ってるかな?」
「入ってますよ」

 即答だった。
 その理由は店に着くとすぐに分かった。

「いつもの席開いてますよ。今日は可愛らしいお嬢さんが一緒なんて珍しいね」
「よ、余計なこといわないで下さい!」

 シゼが瞬間湯沸かし器になった。ぶつぶつと文句をいいながら、シゼは店の中を通ってオープンテラスへと出て行く。私はその後ろを追いかけつつ。

「常連さんなんだ?」

 つい冷やかした。

「マシロさんが!……マシロさんが、たまには外に出ろと五月蝿かったからです……」

 ”いつもの”席に着いたシゼは隅に荷物を降ろし、私の手からも抜き取って並べた。

「ここ」
「マシロさんが無理矢理、連れてきた場所で、種屋店主に殺されかけたところですね」

 違うくないけど……ごめんねー、本当に迷惑掛けたよねっ! あの時はっ!

「―― ……それから、僕が子どもだと痛感した場所です」

 つっとテーブルの上を指で撫で瞳を細めたシゼは、もう子どもらしくはなかった。話してないで座りましょうと勧められ腰を降ろす。

 さぁっと風が通り抜ければ日陰を作ってくれる大木が葉を揺らし、優しい音楽を奏でる。
 カフェで憩う人々の話し声も石畳を弾く馬の蹄の音も、それらに色を添えている。どの音も、ついこの間まで自分の世界だった場所とは違う。

 喧騒とは程遠い穏やかな音色だ。

「気持ち良いね。私、やっぱりシル・メシアが好きだな」

 少しだけ椅子を傾けて、大木を仰ぎ見る。
 木漏れ日が優しく降り注いで、時折反射してくる陽光に瞳を細めた。

「―― ……おかえりなさい」
「え?」
「い、いってなかったのを! お、思い出したので」

 ……いっただけです。語尾は柔らかな風に攫われていった。

 私と目を合わせないシゼは机に穴を開けそうなほど、木目を数えきってしまうのではないかというほど、テーブルと仲良しさんだ。

「私、シゼには嫌がられると思ってた」
「僕個人にそんな気持ちないです。それに、何度もいいますが、好きか嫌いかといわれれば嫌いですけど、嫌いだから居なくなれば良いというのは違うと思います」

 出来た子だな。本当に。―― ……それにしても

「嫌いだと重ねるのは本当にそろそろやめてください。私でも傷付く」
「え、あ……すみません」
「私は好きだよ。シゼのこと」
「え」
「もっと沢山話をして、もっと沢山時間を重ねて、もっと分かりたいと思う。だから、よろしくね?」

 当たり前のように「よろしくしません」と返ってきたけれど、私はおねーさんなので気にしない。
 真っ赤になってぶつぶつ零しているシゼに

「ただいま」

 と伝えれば、ようやく顔を上げ「はい」とぎこちなく頷くと小さな鈴が鳴るように笑った。

 そしてそのあと、同時に慌てることになる。

「―― ……で、そろそろ注文聞いても良いかな?」
「「っ! あ、す、すみませんっ」」

 いつからそこで待っていてくれたのかカフェエプロン姿の店員さんに二人同時に平謝りした。

 

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