■■ 種シリーズ小話:紅譚 | |
▼ 小種39『術師との再会』 ※ 神様お願い・種屋との再会(頑張ったご褒美)王子との再会。は本編に組み込み済み ※ 私はカナイを探していた。 理由らしい理由はないけど、この天気が良い日に、あれは何をしているのだろうか? とふと思った。多分、禁書の辺りか、もしくは個室に篭ってると思う。 エミルが珍しく、アルファと出掛けたからカナイも日干ししたほうが良いと思うんだけど、ああ、そうなるとシゼも連れて出たほうが良いかな? でもシゼはラウ先生の用事で忙しいかもしれないし……。 ラウ先生、気がついたら自分の用事、他人に全部やらせてたりするのすんごく上手そう。使い慣れてるんだよね。 私も何度それに唆されたか……まぁ、別に私は大した用事を頼まれることないから良いけどさ。 「入るなら早く入れ」 ぼんやりと当たりをつけた個室のドアノブを握ったまま固まっていると、後頭部を、こつんっと固いもので叩かれた。 振り仰げば探し人カナイだ。 抱えていた本の角で叩いてくれたらしい。もうちょっと加減をね、して欲しいよ。私はこれでも 女の子だ。 私は痛いなー、とむっとしつつも、ドアを開いた。 既に中央の机には何冊もの古臭い本が山と積まれている。そしてカナイの手には百科事典くらいの本が三冊新たに握られている。 私は壁際に寄って、カナイが追い抜くのを待った。 「次は何を始めたの?」 机の上に載せられた本の表紙を目で追う『古代魔術と近代魔術の違い』『新訳:絶対領域の作り方』……私には首を傾げるものばかりだ。 「別に、暇だから読んでるだけ」 「……愛読書にしては固いよね……相変わらず」 「お前に読めっていってるわけじゃないんだから、良いだろ? 俺が何を読んでいようと」 尤もなことを口にされ、私はそうだけどね、と肩を竦めた。 カナイは持ち込んだ本に目を通そうと、眼鏡を顔に宛がおうとして……ふと、手を止めて立ちっぱなしの私を見上げた。 「何か用か?」 「遅いよね。その問い掛け」 なんというかカナイは可愛くないから、つい私も可愛くない対応をしてしまう。 一応一段楽するくらいまでは待ってやろうと、傍の椅子を引っ張り出して腰掛けつつそういった私に、特に用事がないということを悟ったのか、カナイは眼鏡を掛けて分厚い本の表紙を開いた。 「アルファとエミルが居ないの」 「ああ、王宮に行ったんだろ? 確かそういってた気がする」 いいながらカナイは片方の耳につけているカフスに軽く触れて、やや沈黙したあと、一人頷いた。 そういえばエミルが耳にしているやつと少し似ている……仲良しのお揃いアイテムかな……微笑ましいで済ませて良いのかな? 「うん」 ま、良いやと思い私が手近にあった本のページをぱらぱらと捲りながら頷くと、カナイは軽く肩を竦めて作業を続けた。 室内にはカナイが本のページを捲る音と、私が時々零す欠伸の音しかない。 私はぼんやりと窓から見える空を仰ぎ、時折飛び去っていく鳥を目で追う。 別に嫌だとは思わないしのんびりとした平和な時間だなとも思う。 「カナイはさぁ……」 「んー……?」 「私がこっちに戻ることに反対だった?」 ぼんやりと問い掛けた私にカナイは手を止めて顔を上げる。軽く中指で眼鏡を持ち上げて正すと素直に不思議そうな顔をしているのがちょっと面白い。 「アルファは最初反対する気持ちがあったっていってたから、もしかしたらカナイも私が居ないほうが良かったのかなって」 「別に? 別に俺はどっちでも良かった。それにアルファだって居ないほうが良いって意味でじゃないだろ?」 あれでもあいつは懐いてる。と、笑ったカナイに確かに犬猫に懐かれているのと同じ感じがすると苦笑した。 「俺はお前が戻る戻らないよりもエミルがそれを望んだことと、未開のものを探求するほうが重要だったし。期待には応えたかった。失敗だけはしたくなかったし、それ以外は考えなかった」 いわれてみればそうだな? どうだったんだろう? と、本当に今更そこに疑問を持ったのかカナイは顎に手を添えてうーんっと唸った。私は呆れるやら、らしいと納得するやら、不思議な気持ちだ。 「お前はどうだったんだ? 無理矢理ブラックに攫われたのか?」 「え? 私?」 きょとんと目を丸くした私にカナイは「そう、お前」と重ねる。 私、私は…… 「私はここに帰りたかった。ブラックは私に手を差し出しただけだし、その手を取ったのは私。私の意志で今ここに居るの」 きゅっと握った右手を左手で包み込んでそっと撫でる。 「すんごーく変な世界だけどさ、私、ここが大好きみたい」 私はシル・メシアが好きで、ブラックが好きでみんなが大好きで……だから、帰りたいと思った。それは私一人の力ではどうにもならないお願い事だったけど、こちらでもそれを望んでくれた人が居たから、叶える力を持った人が居たから、だから私は今ここに居られる。 「ありがとう」 何の前触れもなくそう口にした私に、カナイは虚を突かれたように目を丸くする。 私自身突然すぎたと思う。 思うからきっと絶対笑われるか馬鹿にされるかどっちかだろうと思ったのに「お前……」と口にしたカナイは物凄く意外そうに 「結構可愛いな」 口にした。 私は一瞬いわれた言葉を理解するのに時間が掛かった。カナイ自身自分の口から出た台詞を分かっているのか分かっていないのか……「は?」と目を瞬かせた私に、はたと気がついたように、がたんっと大きな音を立てて立ち上がった。口元を覆って真っ赤になって、カナイこそ可愛らしい。 「く、口が滑った」 へにょへにょと再び椅子に腰を降ろし、はぁと脱力したあと、挙動不審気味に眼鏡を外しレンズとか拭いている。 「滑ったってことはそう思ってるってことだよね?」 「―― ……っ」 「へーほーふーん。そうなんだぁ?」 からかいたくなったって仕方ないと思う。 だってあのカナイだもん。 にやにや重ねるとカナイは真っ赤な顔のまま、きっ! と私を睨みつける。睨まれても怖くないよ? だってちょっと可愛いんだもん。 カナイは私に何かいいたそうにしたが、丁度良い嫌味も何も動揺のあまり浮かばなかったのだろう。かたんっと立ち上がり「出掛ける」と口にした。 「私も行く」 ちょっと苛めすぎたかな? と、反省しつつ立ち上がった私をカナイはマジマジと見下ろして、ふぅと息を吐く。カナイのそういう仕草はちょっと色っぽい。「何?」と首を傾げれば、いや……と、首を振りふと窓の外を見た。釣られるように私も外を見たけど、別に何か変なものが飛んでいたりはしない。 「お前が五体満足で戻ってきて本当にほっとした。そのとき、俺は初めて自分にこの素養があって良かったと思った。確かに、お前が居れば研究テーマには困らないし、時間と暇を持て余すこともない」 だからきっと……といいつつ戻ってきたカナイの視線と目が合った。 「マシロが戻ることを俺自身望んでいたんだと、そう思う」 「え…… ――」 外の陽気のように柔らかく微笑んでそういったカナイに思わず見惚れてしまった。今度は私が赤くなってしまう番だ。 言葉の詰まった私から、カナイは視線を逸らすとワザとらしく咳払いして「兎に角」とぽんっと大きな手を私の頭に乗せる。 「お帰り」 いって、わしわしっと髪の毛を乱してカナイはさっさと扉へ向って歩き出しノブを回した。思わず放心していた私は重さの消えてしまった頭に手を乗せて、我に返ると 「ちょっ! ちょっと待って! 私も行くっていってるじゃんっ!!」 乱れた髪を直しながら慌ててカナイの後姿を追いかけた。
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