種シリーズ小話:紅譚
▼ 小種38『騎士との再会』
※ 神様お願い・種屋との再会(頑張ったご褒美)王子との再会。は本編に組み込み済み ※

「ねぇ、アルファは?」

 今日は雨だ。

 朝からというわけではなかったけど、日が傾きかけた頃突然降り出してしまった。
 多分、通り雨だと思うけど……このどんよりした空に雨脚を見ていると、不安を掻きたてられる。

 ギルド依頼から戻ってきた私は、アルファを探したけれど見付からない。見付かったのは食堂でのんびりお茶をしていたエミルとカナイ。
 二人だけだ。
 ばたばたと駆け寄った私に、おかえり、と微笑んでくれたエミルは挨拶そっちのけにした私の問い掛けに「え」と声を詰める。

「ほっとけよ。直ぐ戻るだろ?」

 ぺらりと膝の上に載せた本を捲りながら、そういったカナイに私は眉を寄せた。

 私が探している理由は分かっているはずだ。
 そしてその必要性がないと判断しての、この対応だとは思う。思うのだけれど……。

「でも、心配だよ。外少し冷えてきたし」
「それでも、止めとけって。アルファの機嫌の悪さは半端ないんだか……」
「カナイはマシロが心配なんだよ。僕も心配。乱暴はしないと思うけれど、気分の優れないときは心無いことを口にしてしまうものだから」

 カナイに最後までいわせることなくそういったエミルは、困ったように微笑んで立ったままの私の手を座ってと引いた。
 私はその力に促され歩みを進めたが大きな窓に打ち付けるように降ってくる雨粒に、心がぎゅっと苦しくなる。

「やっぱり、駄目だよ。私アルファ探してみる」

 すっとエミルの腕を解いた私を、エミルはもう一度引き止めた。
 顔を見れば仕方ないな。というように、微笑んでいる。

「じゃあ、多分居るかな? ってところを教えるから、そこに居なかったらもう探しちゃ駄目だよ?」
「どうして?」
「そこに居なければ多分王宮だから。今からマシロの足で王宮に行くのは少し心配だからね。もし、どうしてもというときは付き合うよ」

 にっこり優しくそういってくれたエミルに私はこくんと頷いた。

 ***


 私はエミルからアルファの居場所を聞いて、とりあえず傘はさっきまでさしていたものが手元にあるからタオルを取りに部屋に戻り直ぐに目的の場所を目指す。

 雨が降ってくると普段はぱらぱらと館内に散っている生徒が集まっているのか人口密度が高くなる気がする。
 擦れ違うほかの生徒と、挨拶もそこそこに私は小走りで急いだ。

 向った先は、屋上庭園。
 屋根のない場所だからこんなとこに雨が降っているときに、わざわざくるような物好きな生徒は他に居ない。他の扉より重たくなっている、昇降口の扉を肩で押し開いた。

 すぅっと冷たい風が頬を撫で雨の匂いを運んでくる。

 私の探し人は直ぐに見付かった。
 身の丈ほど在る大剣を抱え込み柵に寄りかかってぼんやりと雨に濡れていた。別に忍び寄ったつもりもないし、息をひそめたつもりもない。
 アルファのことだから、私が扉を開けた時点で気がついていると思うのに、アルファは私を見ない。
 隣に立って、今更無駄にも思えるものの傘を差しかけたけど、ちらりともこちらを見ることなく雨雲を睨んでいた。

 吐く息が少し熱持っている。

 手元に在る剣を振るっていたのかもしれない。
 私は腕に引っ掛けてきたタオルをアルファの頭にふわりと被せた。

「……邪魔」

 そして、やっと不機嫌そうなアルファの声が聞こえた。
 私は当然のその言葉に答えることが出来なくて、何もいわずに隣に立ったまま、アルファと同じ空を仰いだ。

 分厚くて黒い雲が覆っている。
 雨……本当に止むのかな? こうして見上げると永遠に止むことがないような気がする。

「何か用事?」
「ううん。別に……アルファを探してたの」
「用事もないのに?」
「うん」

 普段のアルファは、子どものように天真爛漫でキラキラしている。でも今は一言一言が突き放すように冷たくて心が折れそうになる。
 その普段とのギャップがアルファの心の傷を表しているようで、私はやっぱり離れたくなかった。

「私、元の世界に帰ってたとき、雨が降ったらいつもアルファのことばかり考えてた。とても遠くてもどかしかったから……」

 今なら……と私の話の途中で、アルファは柵に預けていた体重を戻し、抱えていた大剣を鞘に納めた。ちんっと柄の部分が鳴ると同時に手のひらサイズになってしまう。

 そして頭からずり落ちて、肩に掛かっていたタオルを頭に被せなおしわしわしと拭きはじめた。

「雨、止むよ」

 ぶっきらぼうにそういってアルファは踵を返して歩き始める。それを追い掛けるように私も駆け出すと本当に雨が上がった。

 私は傘を畳んで、空を仰いだ。

 まだ黒い雲は広がっているものの、その切れ間から夕暮れ時の空が覗いている。

「早く」

 と昇降口で待っていたアルファに急かされて、私は足に弾いた水が掛かるのも気にせずに駆け寄った。

「雨は、止むんだよ」
「え?」

 傍まで寄った私の肩をタオルで拭いながらぽつりと零す。
 私はアルファの顔を見たがアルファは私を見ていない。だから視線が絡むことはなかったけれど「雨は止むんだ……」と繰り返したアルファに頷いた。

「だから、僕のことは放っておいても良いんだ。止む雨と同じで、僕も直ぐに気が晴れる。付き合う必要なんてない」
「でも、付き合っても良いんだよね?」

 すかさずいい返した私にアルファはやっとこちらを見て目を丸くした。
 そして、暫らく沈黙したあと、堰を切ったように笑い始める。今度は何事かと目を丸めるのは私のほうで……どうしたものかと戸惑われた。

「マシロちゃん、ほんっと、お人よしですよね? いや、もう、お人よしとかそんなレベルじゃなくて、馬鹿? うん。きっとそうだと思う」

 あははっとお腹を抱えて笑っているアルファに今度は私が眉をひそめる。

「あのね! 私は!」

 一言物申そうと思ったのにそれは叶わなかった。

「アルファ?」

 突然アルファに抱き締められた。
 普段小柄だと思っているけど、こうやって抱き締められると体格差が結構ある。
 やっぱりアルファも男の子なんだなと今更ながら実感。実感しても、怖いとか、嫌だ、とは思わないのは変な慣れが出来てしまっているからだろうか?

「濡れててごめんなさい。でも、少しだけ……」

 細い声でそう告げられて私はこくんっと頷いた。辺りが少し明るくなってくるとアルファの腕に少しだけ力が加わった。

「エミルさんやカナイさんだって、そっとしておいてくれるのに、どうしてマシロちゃんは放って置いてくれないんですか?」

 う……それはやっぱり迷惑だってことだよね。

「女の子って良く分からないです」
「ご、ごめん」

 思わず謝った私にアルファは不思議そうに、どうして? と、口にしたあとくすりと笑いを零して猫や犬のように擦り寄ってきた。

「本当、分からない……でも、こうして抱き締めると柔らかくて気持ち良いですね」

 それはつまり私が太っていてぷにぷにだといいたいのだろうか? ぎゅっと力を入れたアルファの背中をギブアップというようにぽすぽす叩くと少しだけ緩んだけど、離れてくれるわけじゃないようだ。

「おまけに脆いし」

 それは仕方ない。

「……ふふ、僕ね、マシロちゃんは、やっぱり元の世界で何も怖いものもなく、安全に生活出来るのが一番だって思ってて、だから、ブラックがどうしても! って騒いだとき正直少し反対でした」

 軽い調子で続けるアルファに私は「え」と声を詰めた。
 喜ばれるばかりじゃないとは思っていたけれど、こんなに近くに反対している人が居るのはちょっとショックだ。そんな風に動揺した私にアルファはくすくすと笑いを重ねる。

「でも戻ってくれてやっぱり凄く嬉しい。大好きです。ずっと僕らの傍に居てくださいね」

 そう無邪気に告げてアルファは腕を解くと、離れ際、私の頬にちゅっと唇を寄せた。予想していなかったことに私はいっきに顔が赤くなるのが自分でも分かる。
 アルファの触れた頬を押さえてアルファを見ると「真っ赤ですよ?」と笑ったあと、雨上がりの空のように綺麗な笑顔で

「おかえりなさい」

 そう、告げてくれた。
 急なドキドキは潮が引くように凪ぎいて変わりに胸の奥がほんのりと暖かくなる。こうして迎えてくれる人たちに私はありったけの感謝を込めて、やっぱり、こう答える。

 ―― ……ただいま…… ――

 でも、なぜだかアルファに懐かれるのは、犬や猫に好かれるのと同じような気がするのは、気のせいだろうか……?

 

←back  Next→ ▲top

ぱちぱち拍手♪