種シリーズ小話:紅譚
▼ 小種30『迷子の仔猫』

「今日は猫ですか?」
「そう、猫よ」

 マシロは日が傾き赤く染め始めたレンガ道を足元ばかりを見て時折「チェシャー、チェシャちゃーん」と呼ばわりながら歩いていた。その隣でいつの間にか足並みをそろえていたブラックは、この間は犬を探していましたよね? などと軽口を叩く。

「ブラックも猫なら、迷い猫くらい探し出してよ!」
「……あまり楽しそうではないお話のようですが?」

 ふわぁっと悪びれる風もなく欠伸を零しながらそう答えたブラックに、マシロはそうねと踵を鳴らして乱暴に足を進める。

 もう直ぐ日が暮れてしまう。マシロは少し焦っていた。

「猫なんて放っておけば家に帰るか、それが嫌なら野良になりますよ」
「あのねっ! 飼い猫なの。室内しか知らない仔だといってた……急に野良にだってなれるわけないでしょ」
「ならゆるゆると環境に慣れれば良い。そのくらいの適応力あるでしょう」

 飄々と口にするブラックに、マシロは苛々しながらも「用事がないなら帰れば良いでしょ」といい放って一つ深呼吸。真面目に相手していたら気が持たない。

「飼い主だってとても心配しているの。野良になれば良いなんて、あの仔はどこかで幸せになれるなんて思ってられないんだよ。ギルドに依頼してお金を払ってでも探して欲しいっていってるんだよ……」

 ぶつぶつと口にしたマシロについて歩きながら、ブラックは少しだけ考える素振りを見せたが結局マシロがいうことは良く分からないということに行き着いたのか「それはそうと」と勝手に切った。

「もう直ぐ日が暮れますよ? どうするのですか?」
「まだ探すよ。流石に真っ暗になったら考えるけどまだ視界も悪くないし……」
「王都の治安はそれほど悪いとは思いませんけれど、暗くなって女性が一人歩きしているようなところでもないと思いますよ。優秀な術師にでも頼んだらどうですか? パーティでしょう」

 ブラックの言葉にマシロは一度足を止めて肩を落とした。

「カナイのこと? この間手伝ってもらったら酷い目にあったのよ……そこらじゅうの猫を集めちゃって……探し猫も見付かったけど新たな迷い猫が凄い数出てきて……全部送り届けるのに凄く大変だった……。因みにエミルに頼んだときもほぼ同様の結果になったしアルファは途中で飽きちゃったのよね」

 みんなこういう地味な作業には適さない人材なのよと締め括って、はぁと嘆息したマシロにブラックはそれは楽しそうですねと微笑んだ。マシロの眉間の皺は気にならないようだ。

「私が見つけたら何か私の願いを叶えてくれますか?」
「―― ……」

 にこにことそう持ち出してきたブラックをマシロは暫らく見つめたあと首を振って猫探しを再開した。

「ちょ、ちょっと、マシロ? どうして無視なんですか?」
「いーよ、ブラックに何を求められるか怖いから自分で探す」

 あっさりそう口にしたマシロにブラックはブーイングだが、それを無視して最初に戻るわけで……。



「チェシャー、チェシャちゃーん。居ませんかー?」
「……マシロ? 暗くなりましたよ。今日は諦めて明日にしては如何ですか?」
「もう少しだけ、あと少しだけ探す。きっと心細いはずだから」

 深い深い溜息が聞こえたがマシロは聞かなかった振りをした。ぽつぽつと灯り始めた街灯では視界が心許ない。探すにもそろそろ限界を感じつつも止められないで居た。

「分かってますか? 裏通りに入ってますよ。夜の街は貴方向きではないです。悪漢にでも襲われたらどうするんですか?」
「悪漢って、私を襲うような物好き居ないよ。大丈夫、大丈夫」

 そして重ねられる溜息。

「マシロは一体どんな安全地帯から来たのですか? 少なくとも私は襲いますよ?」
「―― ……分かりました。すみません。表通りまで戻ります。そして探しながら図書館まで戻ります」
「ものっすごい、棒読みで、何となく傷付くのですが……そうして頂けると嬉しいです。あ、それよりも、ねぇ、マシロ。私が見つけたらこのあと一緒に食事でもどうですか?」
「見つけたらね」

 踵を返して来た道を戻り始めたマシロの思っていなかった返答にブラックはぴんっと尻尾を伸ばした。

「本当ですか? じゃあ、何にしましょう。マシロは何料理が好きですか?」
「だから見つけたらっていってるでしょう?」
「今、マシロの足元に擦り寄ってきた猫がそうじゃないですか。先程からちょろちょろしていましたよ」

 いわれて足元を見たマシロは本当に擦り寄ってきていた猫を発見して額に手を当てると「ああ」と零した。
 薄灰色の短毛に尻尾の先だけが黒いという特徴的な猫だ。間違いないだろう。

「……見つけたなら教えてよ」
「それじゃ、私に何の得もないじゃないですか。それに私以外が着いて来ているのにも気がついていないマシロは可愛らしかったので」
「―― ……悪趣味」

 がっくりと肩を落としつつも足元の猫を抱き上げて、ひと心地ついたマシロの腕を取り「早くギルドに届けて、食事にしましょう」と微笑んだブラックにマシロは怒りの矛先を失って、重たい溜息を一つ吐くに留まった。

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