種シリーズ小話:紅譚
▼ 小種29『秘密の理由』

 この場にそぐわない姿が今日はそこにあった。
 朝食を取る生徒でそろそろ賑わってくる頃の食堂の入り口で、ぐんっ! と、背伸びをしてきょろきょろと探し人をしている風な二人。愛らしさすら感じる長い耳は、探知機にでもなっているかのように動いている。

「居ないねーテラ」
「居ないなーテト……」

 しょぼーんっと愛らしく長い耳が萎れているのを見ると思わず救いの手を差し出したくなる。見守っていた寮生たちが声を掛けようとした瞬間。
 一人がぴょんっと跳ねた。

「そうだっ! 寮まで行こう!」
「それが良いねっ! 行こう」

 寮は関係者以外立ち入り禁止だと引き止める暇もなく、正に飛び跳ねるように二人とも食堂をあとにした。

「あの軍艦、酷いね」
「軍艦はないね」
「「うん、ないない」」

 予想通り、寮監に止められ寮の玄関となるロビーで待ちぼうけを食うことになった。

「んー? そのウサギ耳って、もしかしてギルドの管理人?」

 今朝は少し寄り道をしすぎて時間が遅くなってしまったと急ぎ足で寮に戻ってきた寮生がロビーの一角でぶちぶち不貞腐れている二人を発見し顔を覗き込ませる。顔を上げたテラはテトの袖を引き「ほらほら」と耳打ちする。
 テトもこくこくと頷きつつ首を傾げた相手を他所に、ぴょんっ! と、立ち上がり指差し確認。

「アルファルファ」
「きっとそうだよ。金髪に碧目……チビだし、何より」
「「素養がないのに図書館生!」」

 声を揃えた二人にご指名を受けたアルファは、はーっと嘆息し面倒なことに首を突っ込んだような気がすると肩を落とした。長い時間一緒に居るせいかこのところ溜息がカナイに似てきたように思われる。

「チビは余計。二人の方が小さいだろ? ったく、子どもはこれだから嫌だよ」

 面倒臭いなーというのを隠すことなくそう口にしたアルファの態度を気にするでもなく二人はぴょこぴょこと話を続ける。

「アルファ、みんなを集めてよ」
「良い話があるんだ」
「髭が入れてくれないんだ」
「軍艦のクセにケチだね」

 ねーっと顔を見合わせた二人にアルファはもう一度溜息を落とした。

 * * *

「―― ……で、連れて来たのか?」
「僕、汗を流してくるのでチビちゃんずの話、聞いといてください」

 アルファは寮監に事情を話して、入館を許可してもらうと自室まで連れてきてカナイに押し付けると自分は浴室へと消えた。それとほぼ同時に先に声を掛けられていたエミルが部屋に入ってくる。

「王子だ!」
「本当だ、王子だ!」
「……お前ら指差し確認はやめろ」

 とりあえず、二人を耳で捕まえたカナイは部屋の奥へと押し込んだ。苦笑して入ってきたエミルは「マシロの部屋にも声は掛けたんだけど」といって肩を竦める。返事がなかったということだろう。だから先に話を始めてくれとカナイに頼まれてテラとテトの二人は顔を見合わせたあと、にこりと頷いた。

「久しぶりだよ!」
「そうそう、久しぶりっ!」
「「Sランクの依頼が来たんだ!」」

 声が揃った二人にカナイとエミルは一瞬いってる意味が分からずにきょとんとしてしまった。テトが、えーっとブーイング。テラがもう一度重ねた。

「Sランクの依頼があったんだって」

 ほらほらと、中央のテーブルに依頼書になる羊皮紙を丁寧に開いた。下位の依頼書とは違い、随分と重厚さを感じる造りだ。
 依頼主の欄には王宮印が押されていた。

「……これって、聖域管理の人の名前だね?」

 極最近会ったばかりの知った名にエミルがぽつりと零した声に二人はそうそう! と、合わせて頷いた。

「んーっと、何々?」

 机の上に広げられていた羊皮紙をするりと取り上げて、カナイが読み上げる。
 依頼内容は極簡単簡潔に記されていた。

『聖域内に住む水竜の沈静化』

 特記事項として挙げられていたのは

 1.聖域内でも特定保護区域・重要物白の木と岩の牢を傷つけぬこと。
 2.水竜を殺さぬこと
 3.聖域全土、湖内汚さぬこと

 残りはギルドの規定と同じとされていた。

「―― ……ギルド規定っていうのは特に何?」

 エミルの問いにテラはにこりと答える。

「死んでも依頼主もギルド事務所も一切責任取りません。ってこと」
「あー……なるほど」

 笑顔で告げる内容ではないと思われるがエミルも笑顔で頷いた。

「でも、好都合じゃないですか? これがあったら許可も必要ないですし、これだけの高額報奨が出るなら借金返済も間に合うし」

 わしわしと濡れた頭を拭きながらカナイの手元を覗き込んだアルファの台詞にテラとテトも「だよねー」と声を揃える。

「これならマシロも助かるよね?」
「マシロも喜ぶよね」

 ねーと声を揃える二人を他所にエミルとカナイは顔を見合わせて僅かに眉を寄せた。

「受けないの?」
「いの一番に持ってきてあげたのに」
「他にSランクを直ぐに受けられる人も居なかったんだけどね」
「「絶対お得だよー」」

 何か問題があるんですかと首を傾げたアルファにエミルは、ううん。と首を振り

「受けるよ。もちろん……」
「水竜はなんとかなるとして、下準備だな……時間との勝負になってくる」

 ぶつぶつと何か計算を始めてしまったカナイを放ってアルファは「受けるってさ」と二人に伝え、エミルはテトが出してきた書類にサインを加えた。
 これで正式に受諾したことになる。請負メンバーに記載された名は三つ。
 自分を筆頭にカナイとアルファだ。

「マシロちゃんは?」

 と首を捻ったアルファにエミルは「これで良いんだよ」と血判を加えて終了する。
 血の証を受けた羊皮紙は全体が一瞬青く光った。それが納まると血の赤は青く変わり契約の完了を示していた。くるくるっと手際良く書類を丸めたテトはそれを大事に斜めに掛けていた鞄にしまって「よーろしくお願いしマース」とテラと声を揃えた。

「マシロにも会いたいけど」
「寝てるんだよね?」
「最近会ってないんだよ」
「寂しいな」
「寂しいよね?」
「でも、残念だけど時間だよ、テラ」
「ああ、本当だ。店の準備をしないと」
「「それじゃあ、マシロによろしくね!」」

 と声を揃えると二人は笑顔で部屋をあとにした。ぱたんっとしまった扉を見詰めたあと、やっとひと心地ついたとばかりにアルファは嘆息する。

「僕、面識なかったけど、このまま永遠になければ良かったと思います」

 誰も居ない扉に向かって呟いたあと、二人を振り返りアルファは怪訝そうに訪ねる。

「マシロちゃんに内緒にするつもりですか?」
「ん? あー、まあ、知らなくても良いんじゃないか?」
「隠す必要もないですよね?」

 アルファの言葉にエミルはくすくすと笑って「そうだね」と頷いた。

「伝えなかった場合と伝えた場合の両方想像付くよね。マシロって分かり易いから」

 エミルの言葉にアルファはうーんと唸った。

「教えたら?」
「多分反対するだろ? 危ないとか無理するなーとか、あいつ思いっきり俺たちのこと侮ってるからな?」

 あー、うーんと首を左右に振りながらアルファは「教えなかったら?」と続けた。

「怒るだろうね。きっとすっごい拗ねるよね。どうせ自分は何の役にも立たないからーとかなんとかって」

 それも可愛いよね。と続けたエミルの気持ちは分からないがアルファは、何か想像できましたと頷いた。

「というわけで無駄に心配されたり騒がれたりするのも面倒だから、ギリギリまで黙っといても良いんじゃないか?」
「うー……」
「メンバー表に加えなかったのは、危険回避のためと事後処理のためだよ。マシロは戻るために着いてきてもらうけれど、この依頼には関係する必要はない。失敗する要素は見つけられないけど、それよりも依頼完了時にマシロがシル・メシアに居るかどうかの保証がない。あの二人に報告するとき厄介になるからね」

 確かにメンバー一人消失ってわけにはいかない。
 アルファは、ほんの少し残念そうに分かりましたと頷いた。喜ぶと思ったのになーと零したアルファにエミルは笑みを深めてアルファの頭をよしよしと撫でた。

「マシロはあれでとても優しいからきっと沢山心配してくれるよ。杞憂だといっても聞かないだろうね。喜ぶかどうかは、今、僕には分からないな……」

 ふぅと息を吐いてそう続けたエミルにアルファはどうしてですか? と重ねた。自分が居た世界に戻れる、借金もチャラになってどこに喜ばない要素があるのかアルファには皆目見当が付かないという様子だ。

「マシロは迷ってる。元の世界に戻れるということはきっと素直に喜ぶと思う、でも、きっと、この世界も名残惜しいと思ってくれると思う……」

 僕の願望だけどね? と笑ったエミルは少し寂しそうだった。

「ちゃんと背中を押してあげないと、ね?」

 うん、いけないよね。と、重ねるエミルは自分にいい聞かせているようでアルファはそれ以上は言及出来なかった。

 * * *

 そんなエミルたちの気遣いは他所に……

「あー! シルゼハイト」
「「はっけーん」」

 ラウと自分用の軽食を食堂から運んでいたシゼに指差し確認後駆け寄ってきた見覚えのある二人にシゼは「ああ」と頷いて足を止めた。

「今、寮棟から出てきましたよね? どうしたんですか?」
「依頼だよ」
「いらーい」
「依頼? エミル様たちですか」

 そうそうと頷く二人から確実に情報は漏れた。

 

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