種シリーズ小話:紅譚
▼ 小種28『リアル過ぎる夢』

「ねぇねぇ、真白は誰か良いなーって人居ないの?」

 西日が教室を赤く染める頃、誰も居なくなった教室の一角を陣取って、私たちは今日もギリギリまで話しこんでいた。基本的に話の内容は恋愛体質のユキの恋話をサチと私の二人で聞いていることが殆どだったけど今日も「今度こそは! 一生に一度の恋よっ!」と力説していたユキの話が脱線して私のことにまで飛び火していた。

「私? 私は居ないよ……恋をしたくないわけじゃないけど、もう少し遠慮したい」
「そういえば、浮気されたことがあるっていってたよね。この学校の奴じゃないんでしょ? ったくこの学校なら一泡くらい噴かせてやったのに!」

 ぎゅっと拳を握ったサチに苦笑する。

「そんな勇気ないって。真白には優しくて素敵なお兄様と格好良くて頼りになる弟くんがついてるもんね!」

 にこにこと口にしたユキにサチが納得したようにあぁ月見里(やまなし)弟かー…と頷いた。

「確かに臣兄は優しいしけど、郁斗は頼りになるとは思えないけど……可愛くない弟だよ?」

 お兄ちゃんにはこれまで数え切れないほど助けてもらった記憶もあるけど、郁斗にはどうだったかな? 私は世話を焼いた思い出のほうが強い。
 そう強く納得してそういったのに二人は、またまたーとにやにやする。
 そのあと、どういうわかかうちの兄弟の話で盛り上がってしまい(主にユキが)帰宅を急かす校内放送と音楽に背を押されて私たちは学校を出た。

 丁度校門を出ると、話していて気がつかなかった自転車が直ぐ傍まで来ていて運転手は私の頭をぐいっと抑えて止まった。その勢いに、蛙が潰れたような声を出して足を止めて、苦々しく頭の上の手の主を睨み上げる。

「郁斗……」

 私の低い声は無視して、吃驚していたユキとサチに郁斗は軽く頭を下げ、そのあと私に小さな何かをぽんっと手渡す。私は怪訝に思いつつも一つを開くと

「……エコバック?」

 もう一つは可愛らしいがま口のお財布だ。

「今日は真白が夕飯当番だろ? さっさと買い物行かないと臣が戻るのに間に合わないぞ? 俺は要らないから、今日も珍料理を臣に食わせてやれ」
「ちょ、要らないってどうして? ていうか手伝ってよ。大体こんな時間からどこ行くの? 彼女のところなら許す。そうじゃないならケータイだしなさい。おねーちゃんがそんな悪友には電話でお断りを入れます」

 財布とバックを鞄に仕舞い込みながらそういった私から「じゃあ、そういうことで」と逃げ出そうとした郁の自転車のサドルを掴む。

「離せって! 彼女じゃねーけど、今から女の家っていうほうが問題なんじゃないのか? お前の許す基準がわかんねー」

 口は悪いが心底性格がひん曲がっているというわけでもないから、郁斗は私が自転車を持っているのが分かっているのに無理に漕ぎ出したりはしない。そのくらい分かって私もやるのだから意地悪だと思うけど……こういうのは連帯責任に……。

 きゃんきゃんといい合っている私たちを見守っていたユキとサチが、我慢ならないと噴出した。

「やっぱり仲良いよね。月見里姉弟は」
「そんなことない(です)」

 郁斗とハモった。
 お互い睨みあったが益々二人の笑いのツボを刺激してしまったようだ。このあと郁斗と別れたらほぼ確実に郁斗の話題になるだろうと予想されて、二人に冷やかされるのと郁斗に嫌味をいわれるのを秤にかけて後者が勝った。

「じゃあ、私、夕飯当番みたいだから先に帰るね」

 ごめんね。と、締め括って、自転車の荷台を陣取った。突然乗ったから自転車は一瞬大きく揺らいだが、踏ん張ってくれた郁にちょっと感謝。

 はいはいと手を振ってくれた二人に見送られながら、郁斗は自転車を漕ぎ出した。物凄く不本意だと思うけど、無理に下ろしたりしないのも分かってる。二人の姿が見えなくなるところまできたら私は郁の服を引っ張って声を掛ける。

「降ろして良いよ」
「は? なんで」
「なんでって遊びに行くところだったんでしょ? 私一人で買い物して帰るからここで良いよ」

 私の台詞に郁は、なるほどーと頷いたのに自転車のスピードは一向に変わらない。疑問に思って再度呼びかける。

「別にいーよ。大した用事じゃないし。それにお前強引に人の自転車に乗っときながら、今更弱気発言すんなよ。なんか真白って押しが強いくせにかなり小心者だよな……」

 はー……と郁が零した溜め息が重たかった。
 私は正直面白くなかったけれど、郁斗が手伝ってくれるというところは嬉しかったから一応「ありがとう」と呟くと照れくさそうに「ああ」と返事が返ってきた。
 でも結局、買い物を終えた帰り道、郁斗と並んで帰っていると臣兄に偶然会って荷物持ちも夕食当番も代わってくれた。
 私と郁斗は美味しい晩御飯に有り付くことが出来て万々歳だ。

 * * *


 そんな風にリアルでは私はいつも二人に構われていて異世界でも

「マシロちゃんお土産買って帰りましたよー」

 と毎夜勉強会には差し入れを持ってきてくれるアルファに餌付けされ

「おやつはこの問題が解けてからだよ」
「この間参考にしたいっていってた本ってこれか?」

 エミルやカナイに優しくも厳しく世話を焼いてもらい……

「私はきっと貴方しか愛せません」

 猫には理解しがたい愛情を注いでもらっている。

 帰らなくてはいけなくなったとき、それまでに私はみんなに何かしてあげられること、残してあげられるものなんてあるのだろうか?

 どちらが私の本当の居場所なのか、時々分からなくなってくる。

 でも、私は夢を見ている。
 夢だから私にとても都合が良くて、優しくて……そのはずなのに、時々みんなの心に触れると痛む気持ちはどうしてなのか……私は本当に……分からなくなってくる。

「今度こそはっ! 一生に一度の恋よっ!」

 ふと、口癖のように叫んでいたユキの台詞を思い出す。もし、もしも私が、ここでそんな恋をしてしまったら……それでも私はリアルを選べるのか、な……?

 どうしようもない不安が私の中でぐるぐると渦を巻き体の奥で燻っている。

 

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