▼ 小種25『風評』(マシロ視点)
「……大荷物。手伝おうか?」
ラウ先生を手伝って資料運びをしていたら、みんなに遅れてしまった。
でもまぁ、この時間といえば丁度ランチタイム。食堂に居ることは分かっているから、私もそれを追いかけようと思って急いでいると大きな荷物を抱えたアリシアに出くわした。
見つけてしまっては、そのまま素通りも出来ない。
私がひょっこりとアリシアの前に顔を出しそう告げると、アリシアは大きく瞬きをして私だと分かると「ああ」と声を上げた。
「どこに運ぶの?」
「中庭でランチにしようと思ってたの」
「ランチって……じゃあ、これ、もしかしなくてもお弁当?」
アリシアの手から大きな袋を一つ取り上げて中庭のほうへ足を向けながらそう問い掛けるとアリシアは「当然でしょう?」と片方の眉を引き上げた。可愛い顔をして、そんな恐い顔しないでください。
「もしかしなくてもアリシアお手製?」
「当然でしょう?」
アリシアは同じ台詞を重ねた。
そうかー、当然なのか。アリシアも外見に似合わず大食い系なのかな? アルファと同類。
「……今物凄く失礼ないこと思わなかった? いっておきますけど、これはあたしが一人で食べるわけじゃなくて……」
私の思考を読んだアリシアが、拗ねたようにそう口にしたけれど最後まで口にするまでに「アリシアさーん」と数人の生徒が駆け寄ってきた。
アリシアはさっきまでの膨れた面はどこへ行ったのか極上の笑顔で「はーい」と答える。この早代わりはなんだろう。
追いついてきた人たちは、慌しくアリシアの荷物を取り上げてにこにこと先を歩く。もちろん私も手ぶらになったからそのまま引っくり返して食堂に行こうと思ったのに。
「珍しいね。姫がこんなところで一人でいるなんて」
前を歩いていた一人がうしろを振り返りつつそう口にした。というか姫って誰だ。アリシアは居て当然なのだろうからそうすると私か?
困惑した私が首を傾げると、もう一人の生徒が口走った方の小脇をついて黙らせた。
なんなんだ? 眉間に容赦なく皺を寄せた私にアリシアがぼそりと教えてくれる。
「貴方のことよ。エミル様が王子だから貴方は姫。そんな風に呼ばれていることも知らないの?」
余ほど他人に興味がないのね。と笑うアリシアに私は肩を落とすしかない。
「因みに、エミル様はご存知だと思うわよ」
「ええ? エミルってばそれなのにいわせてるの?」
「エミル様は気にされないわ、その程度のこと。それに貴方と対で呼ばれるのは悪くないみたいな感じだったけど」
私は、あはは……と笑うしかなかった。
そして足を止めそれじゃあ……と踵を返そうとしたのに「アリシアさん、姫も一緒で良いですよね?」と引き止められてしまった。
アリシアは、いつものお花畑みたいな華やかな笑顔でもちろんと頷いたけど、ホントかな?
中庭にあるベンチに広げられたお弁当にちょっと吃驚。
「これ全部アリシアが作ったの?」
「もちろん。お料理得意なのよ」
声のトーンが違うよ。アリシア。でもこういうのは触れちゃ駄目なんだよね。うん。
「姫は料理とかしないの? アリシアさんのスゲー美味いよ」
私が否定しなかったから姫は決定なのだろうか? なんか今更突っ込めない。
「皆さんっ! 彼女にはマシロってとっても可愛らしいお名前があるのだから、そちらでお呼びしないと失礼だと思うわ」
変わりにアリシアが可愛らしく指摘してくれた。姫呼ばわりしていた人も一瞬でその通りだと頷いてごめんねマシロちゃんといい直してくれるけど……私は”ちゃん”なんだ?
他にもまだ人が来るようで、その準備を整えてくれている間も私はそわそわとベンチから腰を浮かせたり沈めたりしていた。流れ的に着いてきてしまったけどエミルたちが心配してると思う。
「私、エミルたちが待ってると思うから……ごめんね。ランチはまた日を改めて一緒させてもらえると嬉しいんだけど」
埒が明かないからなんとか頑張って切り出した。
「ねぇねぇ、姫はどうして王子についてもらうことにしたの? 王子は分かるけどさ、大抵つるんでる二人はちょっと」
と、そこで区切ってみんなが個々に顔を見合わせると「なぁ」と声を揃える。なんだか嫌な感じだ。
「アルファとカナイが何?」
「ん、いやぁ、何っていうか、畑違いっていうか、なんで図書館になんて居るんだろーって感じだろ?」
みんながいうことも分かる。
分かるけどエミルの事情を知っているなら、そういうところは目を瞑って然りだと思う。「それは!」と切り出そうとした私の話なんて聞いちゃいない。
「カナイって確か大聖堂の有名人だろ?」
「ああ、俺聞いたことあるよ。確か一時は研究所につめてたんだろ? あんなエリートコース歩いてて、わざわざどうして王子付きになるんだか」
「アルファはあんな華奢くて女みたいな顔してるくせに本当に騎士階級持ってるのかねぇ?」
「使えないから、王位から程遠い王子のお守りなんてやってんじゃ……」
「五月蝿い」
―― ゴツ!
あれ? 私は素手で近いほうを殴ったのに妙に鈍い音がした。同時に数人その場に痛いと蹲る。隣をちらと見るとアリシアは素知らぬ顔をしているが、手の届かなかったほうの手元に水筒がごろごろと転がった。
水筒は……痛いだろ……。
くだらないことばかりぴーちく囀る口をお持ちだから同情はしないけど。
「貴方たちがいうような話は、私は知らないけど、カナイもアルファもそんなことをいわれなくちゃいけない人じゃないし! 二人とも何か事情があるんだよ。それを邪推してそんな風にいうのはどうかしてる。因みに、アルファは強いよ。アルファはちゃんと場を弁えてるから力の使いどころを知ってるの。むやみやたらに力を誇示するようなのは痴れものっていうのだと思うし、それこそ! 騎士らしくないと私は思う」
みんなは私の怒りにおろおろと「助けて」というようにアリシアを見たが、アリシアは全く違うところを見ていた。
グッジョブ! アリシア。
「エミルにしたって、王位継承順位がどうというのにどれほどの価値があるのか知らないけど、そんなものはエミルを計る物差しにはならないでしょ? エミルは他人に対してそんな目を向けたりしないし、貴方たちよりずっとちゃんとしてる」
そうでなくちゃ、いきなり異世界から落ちてきました。なんて私の面倒を買って出てくれるようなこと出来ないと思う。
なんだかそんなことを考えると凄く悔しくなってきて拳に力が篭る。
そんな私の背をそっと押したのはアリシアだ。
「あとはあたしに任せて」
と耳打ちする。
折角のランチを私が居たためにこんな風にしてしまって申し訳ないやら情けないやら……ごめんねと謝罪しようとしたら、ひょっこりとエミルが出てきた。
「こんな所に居たの? あれ、もしかして今日はここでランチ?」
「え、ああ。違うよ。違う」
「そう? それならみんな待ってるよ」
にっこりと 私に手を伸ばしてくれている。
私はちらと座り込んだままの二人と、その他を順番に見たあとその横を通り過ぎてエミルの手を取った。
「どうということはないけど、あまりマシロを苛めないでね?」
あれ? 怒らせないでが正しいかな? と、笑顔で首を傾げたエミルに、どうしてだか全員「今後一切関わりません!」と声を揃えた。
そうしてもらえるに越したことないけど……何もそこまで怯えなくても。
行こうか、と足を進めるエミルに続きながらアリシアを振り返り小さく手を振ると、にこりといつもの笑顔を向けてくれたから私はちょっとだけほっとした。
* * *
「……エミル、もしかして聞いてた?」
「んー……、うん。まぁ、少しだけ」
食堂までの道のりをゆっくりと歩きながら問い掛けた私に、エミルは苦笑して曖昧に答えた。
「えっと、その。気にすることないよ。あんなの、なんていうか唯の風評で……」
「分かってるよ? 僕らはその程度のこと気にしてないよ? 微塵も。唯、そのことでマシロが傷付くのは嫌だ」
ぎゅっと握る手に力を込めてそういってくれたエミルに胸が苦しくなる。
「でも、マシロが僕たちの名誉を護ろうとしてくれたのはちょっと嬉しかったかな? 格好良かったよ?」
にこにこっと悪戯っぽい笑顔を浮かべたエミルに私は一気に頬が熱くなった。
「……きっちり聞いてるんだよね?」
は、恥ずかしい。
足先を見詰めて問い返した私にエミルはくすくすと笑って「出て行くタイミングがなくなっちゃったんだよ」と答えた。そして、ぴたりと足を止めたエミルは私に向き直って、片方空いていた手もそっと取ると真剣な声で「マシロ」と呼ぶから私は顔が赤いままエミルを見上げた。
若草色の瞳が影になって深い海の色に見える。とても綺麗だ。
「彼らみたいな人は多いけど、みんながみんなマシロのいい分を聞いてくれるとは限らない。だから良い? 女の子が真正面から向かって行っちゃ駄目だよ。何かあってからじゃ遅いから、ね?」
「……ごめん、なさい」
「謝らないで。僕は怒ってるんじゃないから。嬉しいのが半分と心配しているのが半分。それだけなんだよ」
そういって微笑んでくれるエミルはお日様のように暖かだと思う。私はこくんっと頷いたけど、でもやっぱりああいういい草は良くないと思う。
『真白の腹は真っ黒だったってことでしょ?』
急にユキとサチの話が脳裏を過ぎった。
こんなの本人は絶対知らなくて良い話しだ。やっぱりエミルには悪いことをしたと嘆息すると同時に
ぐぅ……
お腹がなった。私のお腹空気読め。絶対聞こえたよね!
あぁぁぁぁっ もうっ!!
ぷっとエミルが小さく吹き出したような気がする。穴があったら入りたいっ!
「お昼にしよう? 食堂にカナイとアルファを待たせてるんだ。待つようにいったけどアルファはマテを護れてるかどうか分からないな」
くすくすと笑いながらそういったエミルは、片方だけ手を離し、気分良さ気に廊下を歩き始めた。私はとことこと隣に並んでエミルを見ると鼻歌でも出そうなその横顔にほっと胸を撫で下ろす。
ブラックだって、私は人に恵まれていると認めていた。
私もそうだと確信を持って頷ける。
人を見る目には正直自信を失くしかけているけれど、私を大事に思ってくれている気持ちだけは良く分かる。
だから私はこの三人に自分の命運を託した。
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