種シリーズ小話:紅譚
▼ 小種24『愛ゆえに』

 カナイ様はとても気高く美しく高貴なるお方。類稀な術師系素養を全て兼ね備えた鬼才。

 わたくしと年齢の違いも殆どないというのに既に最上級階位を卒業し研究員として勤務したのち(その間の話はあまり伝えられず空白で気になるところではありますが、各学園の研究室は守秘義務が徹底されているということもありますし仕方ありませんわ)王宮にあがられた。

 大聖堂、いいえ、世界の全てが憧れる存在。

 その隣に立つのは其れに似合う人物でないといけないとわたくしは常日頃思い、それはわたくししか有り得ないと確信していたというのに。

「行けよ」

 と背を押されたあの小娘。黒い髪に黒い瞳なんてとてもじゃないけれど地味な面構えだというのにカナイ様に対してあの態度。
 カナイ様にとってよろしくない存在だと思い危惧して排除して差し上げようとしただけですのにあのように叱責されるなんて。大体あのときはマシロが普通に氏を名乗るほうが悪いのであってわたくしに非などなかったと思いますわ。

 これまでだってわたくしが悪い虫からカナイ様をお守りしていましたし、そのときには一度たりともわたくしをお叱りになるようなことはなかったというのに……。

 あのマシロという小娘の何がそうさせるのかわたくしにはさっぱり分かりかねます。
 大体、女性でありながら図書館の生徒でいられるなんて信じられることではないですわ。大抵の女性ならば学問を諦めるか、種を飲み他の学園への入学を希望するのが常だと思いますの。本当に計り知れない得体の知れない娘ですわ。

 ―― ……ん?

 これは偶然? いいえ、必然。わたくしの宿敵……いえ、あんなものそんな大層なものではありませんけれど、消えて欲しい人物の筆頭に上げるマシロが大聖堂寄りの広場で馬鹿みたいにぼーっとしているなんて。

「あら、貴方」

 絡まずにはいられなくて思わず掛けたわたくしの声にマシロは、少しだけ驚いた風に子どもみたいな目を瞬かせて見上げてくる。

 わたくしが一瞥すれば自然と恐れをなした表情を見せたというのに…。

 わたくしが釘を刺そうとした矢先。闇猫がふらりと現われてわたくしを遮ってしまう。お父様から闇猫の危険性は嫌というほど聞かされていて、決して近づいてはいけない、関わってはいけない人物にあがっていました。

 それなのにわたくしとしたことが売り言葉に買い言葉食って掛かってしまい後には引けなくなってしまった。ですから美人薄命とはよくいったものだと覚悟を決めたというのに……

「ほら、モリスンももう行きなよ」

 と張り詰めた空気を両断し、わたくしを解放した。わたくしは悔しくて悔しくて、呪いの一つでも掛けて去りたかったのに、闇猫がわたくしにそれをさせなかった。本当に嫌らしく憎い存在。世界に疎まれるのも頷きますわ。

 十分距離をとってから、うしろを振り返るとマシロは闇猫と戯れていて……本当に妙な子だと感じて僅かな畏怖を感じ……るわけありませんわっ!

 あんなこ憎たらしい子!
 わたくしにあれで恩を売ったと思っているようなら覚悟しておくと宜しいですわっ!

 次に会うことが有りましたら!
 有りましたら!

 ……そのときは、少しだけお礼をして差し上げますわ!
 わ、わたくしは恩を受けっぱなしは気に入りませんの!

 ただ、それだけなのですから!

 ***

 ―― ……マシロ……ヤマナシ

 もう一度だけ口の中で確認するように呟いてモリスンは踵を返した。

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