種シリーズ小話:紅譚
▼ 小種22『ツミホロボシ』

 出来上がった薬を持って、エミルとアルファはギルド事務所まで足を伸ばしていた。依頼に合った薬を届けて、折り返し依頼を受けた。

「怒らないんですか?」
「んー? どうして」
「だって、僕のせいでマシロちゃんは怪我をしたんです」
「マシロが怒ってないのに、僕が怒る必要ないよ。それに、猛省してるみたいだし、それで良いんじゃないかな?」

 にっこりと何の毒を含むことなくそう告げたエミルに、アルファは口を閉ざした。

 罪を起こせば罰せられ、そして許されたいと思っていた。
 けれど、今自分の周りに居る人たちはあまりに優しくて他人に甘くて……許されることより責められたほうが良いと思ってしまうくらいに、解放的だ。

 アルファは小さく溜息を落とした。
 柄にもなく、レンガの数を数えて歩いているように俯いているアルファに、エミルはくすりと笑みを零した。

「自分で自分を責めることのほうが限度がなくて辛いよね。誰かがそこに線を引いてくれれば、これだけのことをすれば許されるって明確にしてくれれば、その罪は終わったことに出来る」
「エミル、さん?」
「ごめんね? 僕はそんなに優しくないんだよ。だから、自分で間違ったと思ったときは自分で向き合って欲しい。そして、それが出来る人間を僕は決して責めないよ。自分で自分が許せないアルファを僕は許す」

 エミルの言葉の真意が良く分からなくて、アルファは首を傾げたが、エミルはその話を終了させ別の話に変えた。

「それにしてもどうしてそんな依頼受けたの?」
「え、ああ。ストレス解消です。同じような内容で三種類出てたので全部受けました」

 アルファはにこにこと笑って依頼書の束を振った。依頼者は大聖堂研究員からのもので魔法具の試作品調整を手伝うものだった。

「エミルさんは図書館に戻っていてくださいね」

 いって三叉路でエミルとアルファは別れた。

 * * *

 ―― ……どんっ!

 だだっ広い実験場に盛大な雷が落ちる。
 アルファが手にしている魔法具からだ。魔法素養のないものが一時的に魔術もあわせて戦闘に使えるというものを開発中らしいが……。

「使い心地どう?」
「最悪です。物凄い無駄ばかりが詰め込まれてる気がします。振り下ろすときに、少し腕に違和感が残ります」

 ファイル片手に歩み寄ってきた、無精ひげに眼鏡口の端ではタバコを銜えている研究員――因みに火はついていない――着流した白衣のポケットに片手を突っ込んで、手元のファイルを覗き込み眉を寄せる。

「片手で使う剣には不向き……か、安定感がなくなるからか?」
「んー……というか重心にブレが出てるんですよ。両手剣なら少しは使えるかもしれませんが、実践向きではないですね」

 持たされていた剣を眺めつつ、淡々と答えていくアルファを眺めていた男はふんふんと頷きつつ「良いねぇー」と笑う。その声に素直に眉を寄せたアルファは研究員を睨んだ。

「いやぁ、実践向きじゃないってのは良いね。うん。良いよ」
「は? 実践に使えるように作ってるんじゃないんですか?」
「ん……んぁ〜あ。そう! そうだ。そうに決まってるじゃないかっ! アルファ。うん」

 馴れ馴れしく肩を抱かれてアルファは眉を寄せる。

「はっはーん。天賦の才を持つといわれる誉れ高いアルファルファ様には失礼だったかな? まさか俺も、貴殿のような方が来られると思ってなかったからねー」

 でも、いっぺんにやってもらえると経費が浮いて助かるよと笑う。わけの分からない男だ。

「次は槍を試してもらっとこうかな。こっちの片手剣は、もうちょっと重心をずらしとくよ」
「は?」
「良いんだよ、実践で使い物にならなくて」
「ちょ、ちょっと待ってください。武器が実践で使えなかったら、それを持つものは命を落とす」
「お? 結構優しいこというんっすね? 大丈夫大丈夫。最初から使えないと分かっているものを、戦場で使おうなんて馬鹿は居ない。アルファはまだ若いから、小競り合いしか見たことないのか……」

 いって研究員はドーム型の天井を仰ぐ。

「あんな面倒なものないに越したことない。そんなものの役にしか立たないものは、だらだら進めていけばいいんだ。かの天才魔術師だって、成功させなかった代物だ。それだけ厄介なんだよ」

 天才魔術師。そんなくだらない呼ばれ方をするのは二人しか知らない。アルファはなるほどと頷き、新しく差し出された槍を手に取った。

「ほいじゃ、続けましょ」

 そして非難するように研究員はくるりと背を向けて歩き始めると、ふと足を止め振り返る。

「なぁなぁ、カナイに女が出来たってホント?」
「嘘です」

 アルファの即答に、ひらひらと手を振って安全区域まで来ると「ほい、どうぞ」と続けた。

 * * *

 ずくずくと疼くこめかみを押さえて、アルファは帰路を急いだ。
 最後に実験された代物は面倒だった。体力を魔力化させて無理矢理、魔術を発動させるものだった。しかし、研究員がいったようにあんなもの成功しないに限る。
 エミルもきっと明言するに至っていないとはいえ『恒久平和』を望むだろう。そして、自分が傷つけてしまった彼女もきっとそういうのが好きだろう。

「ということは平和が続けば、少しくらい罪滅ぼしになるかな?」

 ぽつっと零したアルファの声を拾うものは誰も居ない。
 かつんかつんっと足先でレンガを弾くのを眺めながら歩いていた顔を、ふと上げた。

「お茶の時間までには終わらせたかったのにな……」

 ぼやいて一度足を止めると、こつこつと足を鳴らし遅れた時間を取り戻すようにアルファは駆け出した。

 今、無性にみんなの顔が見たくなった …… ――

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