種シリーズ小話:紅譚
▼ 小種20『星に願いを』

 星といえば、七夕物語が私たちの世界では有名だ。
 今、シル・メシアはとても過ごしやすい季節だし、夏というわけではないだろう。夜空を見上げればミルキーウェイを形作っているような星たちの観測も可能だ。

 だから縁がないのかなーと思いつつ中庭で夜空を見上げていたら、エミルたちが集まってきた。

 また、一人でふらりと部屋を出ていたことを叱られはしたけれど、注意してくれたあとは責めたりはしないからみんなそれなりに優しい。
 結果的にみんなで星を眺めている形になったから、七夕の話をしてあげた。

「―― ……というわけで、彦星様と織姫様は一年に一度しか会うことが許されなくなったの。七夕の一夜だけ星の川に橋が掛かってそこで待ち合わせ。でも雨が降ったら川が溢れて橋が掛けられない……だから、七夕の夜だけは晴れて欲しいなと思うんだよねー」

 続けて、七夕飾りにお願い事をすることとか付け加えるとカナイが甚く感心していた。

「橋も自分たちで何とか出来ないのに、他人の願いはほいほい叶えてまわるのか?」

 ―― ……なんか違う。

「でも一夜の逢瀬なんてロマンティックだよね。僕は絶対嫌だけど」

 ―― ……うわぁ、にっこりあっさり拒否なんだね。

「自業自得なんだから別に良いんじゃないですか? あ、お願い事叶えるのも罪滅ぼし?」

 ―― ……あんたが一番可愛い顔してシビアだね。

「でも、お星様に願いを掛ける。なんてこと、ここではやらないの? 私の居た世界では七夕祭り以外にも流れ星に願いを掛けたりするよ?」

 へー、と感心するアルファに、何かあったかなぁと考えてくれるエミル。そんな中カナイがぽつりと零す。

「お前のところって他力本願が主流?」
「そういうわけじゃないけど、良いじゃない夢があって。いっとくけどね、結構大変なんだよ。流れ星への願いなんて流れちゃうまでに三回も願いを唱えなくちゃいけなくて」
「ええっ! そんな高速詠唱が出来るんですか?!」
「いや、詠唱とかそんな大それたことじゃなくて……」

 なんだかことごとく話がかみ合わない。
 シル・メシアの人だって素養に頼りきりじゃないか。それって殻に篭りきりの気がする。
 でも、それはまだここでの生活時間が短い私がいえるようなことではないからとりあえず黙る。

「シル・メシアで星といえば、星詠みかな? 僕は詠み解くことは出来ないけれど、この夜空に浮かぶ星一つ一つに意味があって、生があるんだ。明るい星が多いと見えない暗い星のことも詠み解かなくちゃいけないから、とても難しいことだよね」

 裸眼では確認できない星までも見通したいというように、真剣に夜空を仰ぐエミルにつられて私も空を仰ぐ。

「キレー……」

 結局その程度の感想しか述べられない私に、三人の笑い声が聞こえた。素直な感想を述べたまでなのに、なんだか居た堪れなくて改めて話を振る。

「み、みんなはもし星に願いを掛けるなら何をお願いするの?」

 突然の振りに、みんなふと真剣な顔になって考えてくれる。
 基本的にここの人たちはみんな真面目だ。真正面からぶつかりすぎな気もするけどね。ブラックとかならきっと「内緒です」とかってはぐらかして考えることもしないだろうし、願いなんてあの人にはないのかも知れない。
 そんな中一番に答えを出したのはアルファだ。

「マシロちゃんがずっとここに居てくれますように!」

 あははー、無理ー。

「月まで届く階段でもあれば良いが、それじゃあ、登るのが大変だよな。だとしたら、やっぱり、もっと簡単で単純な異世界へのアクセス方法でも思いつけば良いんだけどな」

 ……なんかもう願いじゃなくね?

 凄く時間の掛かっているエミルを置いてアルファが私の願いは何かとせっついてくる。

「んー、やっぱり元の世界に帰れますように、かな?」

 素直に答えるとアルファからのブーイング。困るけどちょっとだけ嬉しい。

「あー、無理。僕は欲張りだから願い事一つになんて絞れないよ」

 それは、凄く意外な答えだった。
 エミルなら「みんなの願いが叶いますように」とか可愛らしいことをいってくれそうな気がしたのに。
 まじまじと見詰めてしまっていた私と目が合うと、エミルはにこりと微笑んでふわふわと私の頭を撫でる。

「今限定なら、僕にマシロの願いを叶えて上げられる力を下さいってところかな」

 他人に其れを成されるのはちょっと嫌だと思うから。と付け加えたエミルに、優しいだけの人ではないのだなと改めて実感した。

 * * *

 気分良く部屋に戻った私は、ふらりとやってきたブラックにも同じ話をしてみた。興味深そうに話を聞いていたブラックは私が七夕物語を終えるとにこりと微笑んで

「私なら面倒臭いので父神を消しますね。私とマシロの仲を引き裂こうなんて生かす価値ありません」
「……私とあんたの話じゃないから。それに仲といえるようなものないから」

 私はブラックがいうと思ったあまりにも彼らしい台詞に呆れつつも突っ込む。
 それにブラックはワザとらしく駄々を捏ねてみせる。猫耳がしょげても可愛くないから、可愛くないぞ? かわい……嘘、ごめん、ちょ、マジで、可愛いからこっち向かないで。

「ええー、酷いです。マシロは私のものじゃないですかー」

 その部分を決定事項にするな。
 はぁ、と嘆息した私は気持ちを新たにブラックに星への願い事も聞いてみる。

「ないです」
「えー? 何か一つくらいあるでしょう。お願い事」

 ブラックは、うーんっと唸ったがやっぱり「ないです」と重ねた。

「私に叶えられない願いなんてありませんし、もしあったならそれだけの価値のない。取るに足らないものだったというだけのことです」

 そんなもの必要ないんですよ。とにっこり。
 なんだろう、この背中が寒くなる感じは……私はそうなんだーと適当に相槌を打ち、マシロの願いはなんですか? と、分かりきったことを振ってきたので同じように口にしようとしたら片手で口を塞がれた。

「ふがっ」

 抗議の目を向けてもブラックの余裕の表情は崩れない。そして、つぃと残りの距離を縮める。

「口に出さなくても分かります。けれど、貴方の願いは私の願いの強さには叶わない。星如きに私の邪魔はさせません」

 鼻先が触れる距離で、呪いの言葉を囁かれ手で塞がれた上から口付けられる。
 直接触れるわけじゃないのに身体中が、かっと熱を持って慌ててブラックを突き放した。数歩私から離れたブラックはくすくすと楽しそうに笑っている。

 私の夢は、よりリアルになって、私はどんどん夢に捕らわれていく気がする。

 彦星様、織姫様。
 どうか私に平穏な毎日を返してください。

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