種シリーズ小話:紅譚
▼ 小種18『悪戯心』(アルファ視点)

 凄く気分が良かった。
 久しぶりに目的を持った剣を揮う高揚感もあったのだと思う。でも、それよりも何となくすっきりした気分だった。

 足元はぬかるんでいて宜しくはなかったけれど、空に浮かぶ二つ月はくっきりとその姿を映し出し星々も煌いている。

 気持ちが良い夜だと思う。

 そんな夜風に瞼を落としていると、風に混じって獣の臭いがした。風上に目を凝らすと赤い光が点在している。お出ましのようだ。
 軽く数えて、一、二、三……村長さんの話の数くらいは居そうだ。

 ぴたりと吹いてくる風が止んだ瞬間、それらは地を蹴り躍り出てきた。

 彼らの攻撃は単調だ。
 だから直ぐにケリがつく。

 あまりにあっさり片付いてしまって物足りない。ちらりと後ろを見ると、ぼんやりとどこか遠くを見詰めているマシロちゃんが目に入った。

 ほんの少し悪戯心が騒いだ。ふふっと零れる笑いを飲み込んで一匹見送る。

「マシロちゃーん! そっちに一匹逃げた」

 叫ぶと慌てた様子できょろきょろしている。

 ―― ……ふふ、可愛い。

 そして、落ちた。
 噴出して笑いそうなのを堪えて逃げた最後の一匹に追いつきあっさりとしとめる。彼女までは、まだ少し距離があった。

 だから僕は何の心配もしていなかった。

 座り込んで泥んこになってしまっている彼女を見て、僕はいつも通り「もう大丈夫ですよ」と、声を掛け立ち上がり辛いのかな? と手を差し伸べるとその手を見詰めて顔をあげ僕を見る。

 ―― ……え?

 何かに驚きを感じた。
 でも、おどおどと手を伸ばしてきたのに気が付いてその手を取ってあげようと思ったら、慌てて引っ込められる。

 オ カ シ イ。

 でも、何がどうしてそう思うのか分からなくて、僕は彼女の前にしゃがみ込みその顔を覗き込んだ。

「どこか打ち所が悪かったですか?」

 その問い掛けに答えた声が震えていた。
 見上げてくる夜の色を映したような瞳が濡れていた。

 本人は笑ったつもりかもしれないけれど、僕は今までこんなに下手くそな笑顔を見たことはない。


 僕は馬鹿だった。
 女の子の弱さに気が付けなくて、心だけじゃなく身体まで傷をつけてしまった。心から僕の心配をしてくれて心から何か分かろうと頑張ってくれた子なのに。

 ―― ……傷つけて、泣かせた。

 マシロちゃんはそのあともずっと頑張って泣かずに居てくれたし、平気な顔をしてくれていたけれどその傷は深いものになったと思う。

 * * *

 翌朝早く、アモンガレンに立ち風にそよぐアルク草を見詰める。

 マシロちゃんが見たらきっと喜ぶと思う。
 きっと女の子はこういうのが好きだ。
 柔らかくて、綺麗で、香りの高い、そんなものが好きだと思う。

 多分。

 僕には良く分からない。
 僕にはこれまで、剣しかなかったし、これからだってきっとそうだ。

 エミルさんは僕にそれ以外を求めてくれると思うけど、でも、やっぱり僕に出来るのはそれだけだ。それだけじゃないと駄目なのに、それ以外の高揚感に浮かれ、彼女に怪我をさせ自由を奪った。

 僕は男としても騎士としても最低だ。

 馬鹿みたいに泣きそうになって慌てて両手で顔を拭う。

 ―― ……早く帰ろう。

 急いで、アルク草を採取する。
 ガラスケースに収まったアルク草は、翼を広げた鳥のようだ。地面で幾ら羽を広げても決して飛ぶことは叶わない……哀しい草だ。
 そんな草だから人に夢を見せるのかもしれない。

「大丈夫? 歩けますか」
「平気平気」

 昨日より顔色は数段良くなっていたことに、胸を撫で下ろす。抱えて帰ったケースに入ったアルク草を見て「私も見たかった」と零されて初めて、おぶってでも連れて行ってあげるんだったと後悔した。

 喜ぶだろうと思ったのに……僕はやっぱりまだまだ女の子の扱いが分からない。

←back  Next→ ▲top

ぱちぱち拍手♪