種シリーズ小話:紅譚
▼ 小種17『雨日和』

 雨が降っている。雨季の時期以外でこの国では珍しい。だからきっとそう長くは続かないと思う。
 でもきっと僕の友人の雨は止まない。
 窓の外を眺めながらぼんやりとそんなことを考える。

 アルファも、カナイも、もう十分苦しんだ。解放されても良いのに本人たちがそのことを絶対に許さない。

 かたんっと部屋の窓を開いて手を伸ばしてみる。手のひらに容赦なく落ちてくる冷たい感触がくすぐったく感じる。
 大地を潤すはずのこの雫が彼の心を涙で濡らす。はあ、と溜息を零すとそれを拾うように声が掛かった。

「おはよー、エミル! 雨が降ってるなんて珍しいよね」

 窓の外へ少し身体を出すとぶんぶんっと隣室から同じようにしてマシロが手を振っている。おはよう、と返すとふわふわと綿飴みたいに柔らかい笑顔を向けてくれる。

「濡れるからあまり身体を出さないほうが良いよ」
「うん、ありがとう」

 でも大丈夫。と、重ねると彼女は空を仰いだ。曇天の空からは緩むことない雨粒が降り注いでいる。顔に落ちる雫に冷たそうに瞳を細めたあと彼女は部屋の中へ引っ込んだ。
 僕も窓を閉めようかと手を伸ばすと、彼女にしては珍しく気遣わしげに「エミル」と名を呼ばれた。うん? と頷いて顔を出すと、さっきとは逆で「引っ込んで引っ込んで」と手でぱたぱたと押し込まれた。

「何か辛そうな顔してたけど、大丈夫?」

 ―― ……驚いた。

「え? そんなことないよ」

 なんとか普通にそう答えたつもりだったけれど、どこにも無理は生じていないか自分でも不安になった。オカシイな。

「そっかな? 見間違いなら良いんだけど。何か心配事とかあったら聞くよ? ま、役には立たないと思ってもらったほうが良いけどね」

 自分でいってふふっと笑いを零す彼女に釣られて笑ってしまう。

「このあとケロッと晴れたりしないかな? そうしたらきっと虹とか掛かるよね。今日はアルファ借りちゃうから寂しいかも知れないけど、雨が止んだら虹を探そう? 私も探すから」

 そうしたら同じものが見られるよね? そう締め括る。
 きっといつもの屈託ない笑顔で口にしているのだろうなと簡単に想像付く。

 彼女は何も知らないから、裏もなく常に真っ直ぐで真っ白だ。だから、きっと僕らみたいに特別にされている人間には彼女が救いに見える。

 * * *

「あいつら大丈夫かな?」

 雨の日にアルファがふらりと出て行ってしまうことはいつものことだけれど、それに同行者が居ることは今日が初めてだ。そのせいかカナイも気が気じゃないらしい。
 いつもなら図書館の奥深くに引っ込んでいるくせに、今日は大きな窓のある広間まで出てきている。

 雨脚は随分弱まってきたと思うけれど相変わらずな天気だ。

「大丈夫だよ」
「まー……あいつ、空気読まないからな。アルファのご機嫌なんて気にならないだろうけど」

 本人が聞いていたら、きっと物凄く怒るだろうな。と、思うことをさらりと口にしたカナイに笑いが零れる。それに……

「カナイが心配なのはマシロなんだね?」

 くすくすと笑いながら口にすると、珍しくカナイが真っ赤になって否定する。今日は本当珍しいものが見られる日だな。

「雨が上がったらさ……」
「ん?」
「散歩に行こうか?」
「何か用事か? だったら、俺が」

 遣いに行こうといってくれそうなカナイの台詞を遮った。

「虹を探しに行こう」

 にこにこと口にした僕にカナイが固まった。そして、大きく一つ深呼吸。物凄く真剣な顔で僕の両肩を掴む。

「最近、何か強いストレスでも感じてるのか? そうだな、そうだよな。変なもん拾って、色々忙しいからな……今日はゆっくり休め」

 失礼だな。

 思って眉を寄せたくなるが、カナイが余りに真剣だからぷっと吹き出してしまう。

「違うよ、僕は大丈夫。大丈夫だよ」

 笑いが止まらなくなってしまった僕にカナイは益々眉を寄せる。

「今朝、約束したんだよ」
「は? 約束?」

 いって窓の外を見上げる。それに釣られるようにカナイも小雨になってきた空を見た。

「同じものを見ようって……」

 同じ高さから、同じものを、同じように見る。
 誰とも出来なかったこともきっと彼女となら出来る気がする。

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