種シリーズ小話:紅譚
▼ 小種12『モリスン女史』

 ―― ……きゅっ

 真っ赤なリボンの形を整えて大きく頷く。今年こそはちゃんと受け取ってもらうっ! プレゼントの基本中の基本を再確認してモリスンは頷いた。

 プレゼントを抱えて寮から出ると待ち合わせをしたわけでもないのに、わらわらと同じような包みを抱えた女子生徒が集まる。

 これでは到底抜け駆けは無理だ。

 自分が無理なのだから、他のメンバーも同じように無理だということに胸を撫で下ろし「参りましょうか?」と声を掛ける。

 予想通り入り口で足止めを食う。

 話が通るまでに、また時間が掛かりそうだと苛々しているとふと目に留まった。

 ―― ……珍しいもの。

「あら、貴方図書館の学生ではなくて?」

 声を掛けられて足を止めた女生徒を、改めてまじまじと見詰めると見慣れない制服。
 図書館の学生には女性が少ないから滅多にお目に掛かれる制服ではない。

 コツコツと足音高くモリスンが歩み寄ると、萎縮したように肩を竦める。妙におどおどした生徒に見えた。

 モリスンは、品定めをするように見たあと尋ね人の名を継げる。対峙した女生徒は僅かに頬を引きつらせどちらのカナイ様かと訪ね返す。
 どちらもこちらも一人しか居ないということも分からない人物を捕まえてしまったかと眉を寄せた。

「おい」

 モリスンが言葉を重ねようとしたら、彼女が突然よろけたので目を丸くすると、その後ろに居たのは尋ね人のカナイだった。カナイは彼女に何事か囁いて人ごみの外へと押し出したが、あまり聞こえなかった。

 体温が急上昇しバクバクと心臓の音が五月蝿くて、外野の音など気に留めるほど耳に届いてこない。

「カナイ様っ! お誕生日おめでとうございますっ」

 モリスンが甲高い声を上げそう告げると木霊の様に次々と重複する台詞にカナイは険しい顔つきのまま「ああ」と応える。
 カナイは次々と差し出されるプレゼントに、あー……と唸って眉を寄せると盛大な溜息を吐いた。しかし、黄色い声を聞きつけた勇気ある図書館学生が「モテる男は辛いな」とぽんっと、明らかに同情ではなく皮肉った声を掛けてきた。

「あー……丁度良かった」
「は?」

 カナイは、すっとその手を取ってにやりと口角を引き上げる。
 な、なんだよ、と尻込みする生徒に「味わってみると良い」と呟いてすぅっと瞳を細めた。
 続けてカナイがぱちんっと指を鳴らし、自分の立っていた場所へとその生徒を引き寄せ入れ替わると、騒ぎの対象が移った。

 彼女たちが口々に口にしていることは変わらないが、明らかな人違いにたじたじになっている男子生徒。それを見届けてカナイは「適当に人払いしといてくれ」と締めくくると、大仕事をしたとばかりに両手を突き上げながら図書館の外へと出て行った。

 正面玄関のステップに腰掛けて、一息吐く。

 暫らくしたら騒ぎも収まるだろう。
 まだまだ未熟な彼女らに、自分が掛けた幻視。そう安々と解かれるとは思えない。最後まで騙されて大聖堂に戻ってくれることを確信しつつも一応収束までは見届けよう。

 彼女らの誰一人、自分という人間の中身を見ているものが居ないことは良く分かっている。これまでもそうだったし、きっとこれからもそうだ。

「俺が何をやったか知りもしないくせにな……」

 呟いて頭を抱えると膝に埋めた。
 一部の人間しか知らない自分の過去……未だに時折夢に見る。自分が如何に高慢で慢心に満ちた馬鹿な人間だったかということを。
 取り返しのつかない過去を振り返るより、今を、前を、と教えてくれたのはエミルだ。そのための足がかりも用意してくれた。

 それでも暗鬼に囚われる。

 ぐしゃぐしゃと頭を掻きまわし、後ろに手を付くと空を仰いだ。

「馬鹿馬鹿しい」

 その呟きが風に攫われ消えて行くと、変わりに正面玄関からきゃらきゃらと華やかな団体が外に出て行った。カナイはその団体の後姿を見送りつつ「もう来んなよー」と小声で囁いて指先だけ振った。

 最後尾で出てきたモリスンがなんだか腑に落ちない様子で、ふっと足を止め図書館を仰ぐ。カナイは刹那ぎくりとしたが、直ぐに踵を返したので、ほっと胸を撫で下ろした。

 彼女はそろそろ騙すのが難しくなってきたようだ。


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