種シリーズ小話:紅譚
▼ 小種13『真白の思い出』

 頬に触れる風が初夏の香りを運んでくる頃になると思い出す。
 日が暮れるとまだ肌寒さの残る季節。私と郁斗は一つしか違わないから、物心付いたころからは双子のように育った。引っ込み思案の郁斗は、いつも私の後ろに隠れてきゅっと私の手を握っていた。

 それまでの私は、お兄ちゃんっ子で臣兄にべったりだったけれど、郁斗が私の手を離さなくなったから、私はお兄ちゃんの手を離した。

 あの日は、近所で行われる季節はずれのお祭りで、お父さんとお母さんに都合が付かなくて三人だけで出掛けていた。臣兄は私より六つも年上だから私にしたらいつも大人のような気がしていた。

 小さなちょうちんがたくさん並んで神社の境内を照らし出す。
 出ていた屋台も近所の人が設営しているものが多く、各所で貰い物をしていたら直ぐに手一杯になった。それらを少し消化しようと、お宮の周り縁にお兄ちゃんに抱っこしてもらって座らせてもらうと郁斗と仲良くたこ焼きや綿飴を頬張った。

 お兄ちゃんも暫らくはその傍で一緒に食べていたのだけど、学校の友達に会ってしまって、立ち話をしていたら、きゃあきゃあと騒ぐ女の子まで増えていた。

 お兄ちゃんは困った顔をしていたけど、私から見ても優しくてカッコイイお兄ちゃんは人気者でも仕方ないなと思う。
 くぃくぃっと郁斗に袖を引かれて顔を向けると。

 怯えていた。

 確かにあのテンションは付いていけないし怖いかもしれない。

 私は郁斗の手を取って、ぴょんっと周り縁から飛び降りると「散歩しよっか?」と郁斗の手を引いた。
 五月蝿かったから、静かなほう、静かなほうを目指して歩いた。いつも散歩に来たり遊んだりしているところだから、迷子とか全然心配していなくて直ぐに戻るつもりだった。

「お姉ちゃん、ここどこ?」
「お宮さんの奥だよ。郁ここ好きでしょ?」
「暗くてよくわかんないよ」
「分かるよ。ほら、あっちにおっきな鯉が泳いでる池があって……」

 私が伸ばした指先のほうに確かに池はあるはずだ。
 茂みの向こうに……でも辺りの様子は昼間と雰囲気は全然違っていて、凄くどんよりと恐ろしいもののような気がして、私はおどおどと手を下ろした。

 お姉ちゃん? と、心配そうな郁斗の声に「大丈夫」と答えるように握った手に力を込める。

「行ってみよう!」
「えー、やだよ。お兄ちゃんのところ戻ろうよぉ」
「大丈夫、大丈夫だよ。郁は怖がりだね?」
「そんなことないよっ!」

 私たちはお互いの怖いという気持ちを打ち消すように声を張り上げて結局進んだ。がさがさと茂みを掻き分けると予想通り池に出た。
 ぽちゃんっと魚が跳ねた音に、びくりと肩を跳ね上げたけど、それは直ぐに収まった。

「すごいね」
「キレーだね」

 沢山の小さな光が舞っていた。各所で明滅を繰り返しながらほわりほわりと水辺を漂う姿はとても綺麗で怖いなんて思っていた気持ちは直ぐに消えて……私たちは暫らくぼんやりとそれを眺めた。

「いくーっ!! ましろーっ!!」

 ややしてお兄ちゃんの声が聞こえてきて、こっちだと私たちは大きく手を振ってお兄ちゃんを呼んだ。お兄ちゃんにもこの景色を見せてあげたくて一生懸命呼んだ。
 お兄ちゃんはすごく急いだようで、上がった息を整える間もなく私たちを抱き締めた。

「は、はな、れちゃ、駄目だって! いった、のにっ!!」
「お兄ちゃん?」
「こわ、かった」
「え?」
「気が付いたら二人ともいなくて、攫われたんじゃないかと思った。怪我をしたり迷子になってたり怖い目や酷い目にあってるんじゃないかと思った」
「お兄ちゃん……」

 お兄ちゃんの腕は痛いくらい強かったけど、その中から抜け出すことも出来なくて……何よりいつでも格好良くて優しくて何でも出来るはずのお兄ちゃんが泣いていたから、私はすごく悪いことをしたのだと始めて気が付いた。
 お兄ちゃんに触発された郁斗も泣き出した。

「おねーちゃんがいこうっていうからーっ!!」

 ……末っ子はいつでも自由だ。
 郁斗の一言で全部私が悪いことになったような気がして、私はきゅっと唇を噛み締めて涙を堪えた。

「おねーちゃんがわるいー。ふぃー、わるくないー……おねーちゃん、すきー」

 郁斗の話が支離滅裂になってきて、お兄ちゃんは、ぷっと吹き出した。やっと私たちを解放したお兄ちゃんはわしわしと頭を撫でてくれた。

「真白は郁を護ってくれてたんだよね? ずっと、手繋いでてくれたんだよね」

 まだ繋がれたままだった私たちの手に自分の手も重ねてにこにこと笑ってくれたお兄ちゃんの姿に、ほっとしたら折角我慢していたのに私まで泣けてきた。

 * * *

 辺りに飛び交う蛍の動きが止まって見えると思ったら、私が見上げているのは満天の星空だ。
 大好きな二人との大切な思い出。夢になんてみちゃうことがあるなんて思わなかった。

「マシロちゃん?」

 心配そうに声を掛けてきたのは郁斗ではなくて、金髪美少年のアルファだ。
 隣で寝ているのも臣兄じゃなくて王子様だ。

 大丈夫ですか? と、続けてくれるアルファに大丈夫と答えて私は降ってきそうな星空を仰ぐ。
 同じに見えるのに、浮かんでる月は二つで……きっと星の並びなんかも全く違っているのだろうと思うとすごく不思議で、やっぱりまだどこか信じがたくて……もう、どっちが夢だったのか分からなくなりそうだけど、もし覚めたら……私は……わたし、は……ふわ……

 再び眠気に襲われて、私は夢に落ちていく……。

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