酷酔夢譚 KOKUSUIMUTAN

千倉発

酷酔夢譚

1996.6.29-


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酒を飲みつつ見た聞いた考えた

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97/07/04 スーパードライ

ウインブルドン準決勝はヒンギスとクルニコワ、ともに16歳という。16歳といえば日本ではまだ高校1年生。学校クラブでテニスの上手な子供がいたとして、果たしてここまで成長することが可能なのだろうか。

僕は、かねがね思っているのだが、学校教育という場でクラブというものを取り込むこと自体が無理な話ではないだろうか。昔の人は「倶楽部」という字を当てた。ともに楽しむ部である。ところが教育というのは「教え育てる(もっともeducationを教育と訳すことが適切かどうかは疑問があるが)」ということで時には教育する側の目標達成のために苦痛を伴うこともあるだろうし、そもそも指導する側が生理学やら心理学やら運動理論やらスポーツ技術に精通しているとは限らない。彼らは別に授業を受け持ったり学級経営をしたり校長試験の受験勉強をしたりとクラブ活動だけが仕事ではないのだから精通を求めることは奇跡を願うことと同じかもしれない。だから、思い切ってクラブ活動を「学校教育」から切り離してしまうのがよろしい。その役割を民間に任せてもいいだろうし、公が受け持ってもよい。学校施設を提供するのもよい。学校という機構にすべてを任せようとすることに無理があるし、また学校が全てを引き受けようとするところに思い上がりがある。