太平洋戦争開戦の日の写真
 昭和16年12月8日といえば、太平洋戦争(当時は大東亜戦争といった)の開戦の日ですが、すでに60年を過ぎてしまった今日ではその日のことを記憶している方も少なくなってしまいました。

 ここで私自身の場合をいいますと、この日警防団(消防組と防護団を昭和14年統合したもの)の訓練があり、早朝自宅で仕度をしていてラジオの臨時ニュースを聞いたように記憶しています。この日の訓練は会地・伍和・智里・山本の4か村の団員が会地小学校の校庭に集合して行われ、飯田あるいは県の警察署から係官が来村して大がかりに行われたものでしたが、日本の開戦、真珠湾の戦果などを職員室の窓に出されたラジオで聞き、気分の高潮した訓練が行われました。
 その後、偶然にもこの写真を入手したもので、これだけ大勢の人を写した記念写真も珍しいと思いますが、開戦の日を写した写真というのも現在ほどにカメラの普及していなかった時代ですから、きわめてまれだったと思います。

 この写真に若干の説明をつけますと、中央のバレンは向かって左から会地・山本・智里・伍和で、その前に腰をかけてサーベルをもっているのは飯田又は県から検閲に来た警官です。その右の和服姿は当時の会地村長 原弘平氏、その右が会地警防団長 小笠原正賢氏、その右が伍和警防団長、次が智里警防団長の武居勇氏、その右が山本警防団長、次が会地の小頭塚田又次氏と思われます。また中央より左方の背広等の3人は、伍和・智里・山本の村長のようです。
 なお、ここに写っている人数は570人余です。  (H5・12)
 
はじめに 総合目次 足あと10章 リンク集 さんまのメモ 更新記録

 【訂正とお詫び】
  当時の村長、原弘平氏所蔵の写真の裏書きから、この写真は開戦の当日ではなく、
 昭和13年4月23日の撮影と判明しました。訂正してお詫びします。
  開戦の当日、この写真と同様に大がかりな訓練が行われたのは事実ですので、
 その雰囲気を知る参考にして下さい。               (文責 さんま)