中国残留孤児問題に思う

 「在留法人はこのまま放置せば大部分流民化し、冬ともなれば死者続出すること明白なり」。こう述べて女性や子供、病人をはじめ帰国を要する者約80万人の内地送還を東京に懇請したのは終戦直後の駐満州国大使である  ▲だが東京の方針は終戦の際に外相の訓令ですでに決まっていたのだ。「居留民は出来うる限り(現地)定着の方針をとる」。悪名高い「現地定着方針」である。引き揚げ事業は翌年5月まで行われず、その間におびただしい数の一家離散の悲劇が日本人を襲ったのはいうまでもない  ▲いま平均68歳の中国残留孤児は、このとき7歳だ。どんな意味でも自らの境遇に責任などあろうはずがない。国はその子たちを帰国させないとの方針を示し、その結果現に帰れなくなった。孤児らがいう国による「3度の棄民」のそもそもの始まりだ  ▲2度目は59年の特別立法で多数の孤児を死者扱いし、帰国事業を打ち切ったことだ。そして3度目が永住帰国に道が開かれた後の理不尽な帰国制限や、不十分な生活支援策である。日本語をよく話せぬために就労もできず年金も乏しい状況で、生活保護を受ける孤児は7割になる  ▲その孤児らが国を相手取って起こした国家賠償訴訟の判決で神戸地裁は、孤児の帰国を遅らせた国の責任をはっきり認め、孤児への自立支援策が北朝鮮拉致被害者に対するものより貧弱でよいわけがないと断じた。原告の一人は「やっと日本人として認められた気がする」ともらした  ▲国の犯す過ちはしばしば歴史に巨大な裂け目を生み出し個人の運命をのみ込む。そこから聞こえるうめきやなげきに聞こえないふりをする国と、その声をしっかり聞き届けてよりよい明日に生かす国がある。どちらが「美しい国」だろうか。
 



 お見込みのとおり、この文章は私のものではありません。歴史を簡潔になぞり、残留孤児の厳しい現状と政府の責任を正面から取り上げています。そして「美しい国」のイメージを問う。付け加えるものはありません。「しんぶん赤旗」? いえ、「毎日新聞」の12月2日「余禄」の全文です。

ついにイノシシ捕獲
 6日夜、わが家の裏の畑に仕掛けたワナにイノシシが入りました。100キロもあろうかという大きな雌のイノシシでした。大勢の人が見に来ました。みなさんが帰ったあとでイノシシに聞いてみました。
 私「なぜこんな街中に出てきたのか」
 イ「山には食べるものがありません」
 私「つかまったら命がないと思わなかったのか」
 イ「既に大勢の仲間が犠牲になっています。もともと私たちは毎日が命がけです」
 私「私の畑と私の実家の畑に何度も来ていたようだが」
 イ「共産党の議員に人間の自然破壊の結果をリアルに知ってもらいたくて」
 「可愛い目をしていた。なんとか助けてやれなかったのかねぇ」という人がいました。

12月議会は8日開会
 この議会では市の組織・機構の変更が中心議題になります。一般質問は14・15日です。


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